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 結局、俊夫はローゼマリーだけではなく、5人の女を追加してハーレム状態を楽しんでいた。

 ローゼマリーを気に入ったので実家の借金、2,000万エーロを支払ったりもした。

 なんとなく他の男に抱かれるのは嫌だという、独占欲のためだけに。


 宿泊代などを含めて、この10日間で8000万エーロを使ってしまっていた。

 とんだ散財振りだ。

 慣れぬ異世界生活で、それだけストレスが溜まっていたとしても酷すぎる。


 これは買い物依存症のようなものだ。

 金を使うというのは、ストレスの発散に効果的だった。

 とはいえ手持ちの資金、その3割ほどに当たる金額を浪費した事は猛省していた。

 見栄を張らずに10万エーロの部屋に泊まり、夜は娼館に繰り出せば1,000万エーロも使わずに豪遊できただろう。

”金の賢い使い道だ”と言いながら、根本的な部分で賢く立ち回れていない。


 今回と同じような事は、ここがゲーム内ではなく異世界だと気付くまでは続くだろう。


 人は愚かだ。

 愚かだからこそ、知識や経験で補い生きていく。


 俊夫はまだ若い。

 上手く生きていくための経験が、まだまだ足りなかった。



 ----------



(さて、これからどうしようか)


 今、俊夫はベルリンにいる。

 大通りに面した酒場で、通りを眺めながらビールとソーセージを食べていた。

 真っ昼間から飲むのもどうかと思っていたが、やはりドイツといえばビールとソーセージだ。

 ベルリンに着いてホテルに荷物を置いた後、酒場の看板が目に入ってフラフラと誘われるように入ってしまった。

 服装はローブを脱いで、ウィーンで買った服の中で地味な物を着ている。


(こうやって昼間っから飲んでいるのも、社会復帰が大変になりそう――でもないか)


 俊夫の働いていた会社では、月初めに営業目標を自分で決める。

 もちろん、自分で決める目標というのは形式上の事。

 実質的には、ノルマを押し付けられているだけだった。

 だが、その分ノルマ以上の営業成績を残している場合は、一般企業よりも自由が利く。

 真っ昼間から酒を飲んで、そのまま直帰という事も普通にあった。

 現実に戻った時に、今までの会社の系列に戻る事ができれば、昼間から酒を飲むくらい問題でもなんでもない事だった。


 社会復帰しやすい、社員に優しい会社に縁があるというのは良い事だ。

 それが社会には優しくない会社で無ければ最高なのだが……。


(とりあえず、早く天神を殺さないとな)


 そう思うと、俊夫はグイッとビールを飲む。


「グホッ――」


 俊夫はプロレスラーの毒霧の如くビールを噴き出した。


(なんで、なんであいつが……)


 俊夫はビールを飲む時に、大通りに視線がいった。

 そこで見てしまったのだ。

 8本の足を持つ大きな馬――スレイプニル――に跨った男を。


 その男は、以前出会った時とは雰囲気は変わっていない。

 だが、その肉体は大違いだ。

 以前はボディービルダーのような姿だった。

 しかし、今は違う。


 顔は美しく、俊夫から見ても羨ましいくらい惚れ惚れする美形。

 だが、その男の体は異様だった。

 肩の筋肉は耳の高さまで盛り上がり、体の太さは細い女ならば3人分は横に並びそうだ。

 服を脱がずとも、筋肉の権化だという事は一目でわかる。

 人間というよりも”人外の魔物であるオーガなどの方が種族が近いのではないか”と思ってしまうような男。

 そんな男は一人しか知らない。


 ――フリードだ。


(そういえば、ベルリンに帰るとか言ってたような気がする)


「おい、ビールぶっかけやがって。どうしてくれる」

「あぁ、すまない」


 噴き出したビールに他の客が文句を言うので、洗浄の魔法を使い綺麗にしてやる。

 こんな些事に関わっている場合じゃないのだ。

 料理も新しいのを注文してやって、文句を黙らせる。


「マスター。さっき大通りを通っていた、大きな馬に乗っていた人を知ってるか?」

「あー、あれはフリードリヒ2世陛下だよ」

「陛下ぁ!?」


 俊夫は間の抜けた声を上げる。

 あのフリードが陛下、つまり国王だというのだ。

 そう簡単には信じられない。


「なんだ、お客さんも陛下の知り合いか?」

「俺も?」

「何年か前にも、お客さんみたいな反応をした人がいたよ。陛下は若い頃に家出をして、世界を旅してたみたいでな。お客さんみたいに旅をしている時に知り合った人が、今の陛下を見て驚いたりするみたいだ」

「へ、へぇ……」


(それは、あの筋肉ダルマっぷりに驚いているんじゃないかな)


 確かに俊夫も国王という事には驚いたが、あの異様な筋肉っぷりには負ける。

 おそらく、他の者達もあの見た目に驚いていたのだろう。

 それだけのインパクトがあった。

 酒場のマスターのように、慣れている方がおかしいのだ。


「陛下は凄い。もちろん、見た目の話じゃないぞ。政治は知らないが、ウチにくる客の顔を見ると、俺達平民にも暮らしやすくなったんだなって実感できるくらいだ」

「そうなのか」


 俊夫は正直にいって不安だった。

 何事も筋肉で解決というような、脳筋なのではないかと。

 そんな相手では、友好的な関係を築いたとしても、いつかは足を引っ張られる事になる。

 だが、見た目とは違って理性的な統治をしているのならば、足を引っ張られる事はないだろう。


 それにフリードとは顔見知りだ。

 一度、助けられただけとはいえ、面会の理由として使えるかもしれない。

 まったく面識がないよりはまだマシだ。


(面会はどうしようか。いきなり正面から行っても、門前払いされるだろう。何か搦め手でも使うか)


 こういう場合、ゲームの世界で人脈がないのが辛い。

 現実の世界ならオーナーの人脈を使って、議員に働き掛けて面談する事もできただろう。

 だが、今はそんな人脈は無い。

 一から全てを作り直さないといけないのだ。


(美術館でマリーと会った時のように、またなにかイベントでも起きないかな)


 なにかきっかけが欲しい。


 そう思いながら、俊夫はビールを飲み干した。



 ----------



「ふぅ……」


 俊夫は立ちションをしている。

 酒場で飲み過ぎたようだ。

 アルコールを取るとトイレが近くなってしまうのが困りものだ。

 酒場で用を済ませたはずだが、ホテルまでの道のりで我慢できずに路地裏に入って用を足していた。


(考え事をしながら飲むもんじゃないな。ついつい飲み過ぎてしまった)


 出していたモノを仕舞い、ジッパーを上げてようとした時に、すぐそばに人の気配を感じた。

 そちらを振り向くと、一人の男が立っていた。


「なんだ――」


 俊夫が声をかけよう口を開いた時、男は俊夫の腹にナイフが突き立てた。

 そして、ナイフを捻って傷口を大きくする。

 こうする事で、助かる可能性が低くなるのだ。

 しかも、心臓を刺した場合と違って即死するのではなく、長く苦しみが続くやり方だ。


 酒が入っている事もあり、突然の出来事にとっさの対応が出来ない。

 ナイフを抜こうとするが、その前に男によって腹を横に大きく切り裂かれ、あまりの痛みに俊夫は地面に倒れ伏す。

 倒れた俊夫を見下しながら、男は吐き捨てるように言った。


「オラァな、ぶっかけるのは好きだが、ぶっかけられるのはキレェなんだよ!」


 下品な事を言う男は、先ほどの酒場で俊夫にビールを吹きかけられた男だった。

 いきなりビールを吹きかけられた事を恨みに思っていたのだ。

 俊夫が酒場を出るのを見て、後を付けて犯行に及んでしまった。

 彼もかなり酒が入っていることから、発作的な犯行だろう。


「ったく。こんなキラキラしたもん付けて、自慢してんじゃねぇよ」


 行き掛けの駄賃として、俊夫が左手に付けている腕時計を取ろうとするが、外し方がわからず俊夫の腕を切り落とそうとする。

 だが、それは俊夫が許さなかった。


「やらねぇよ」


 俊夫は男の顔を掴むと、そのまま力任せに男を引き倒す。

 そして、左手で口を塞いだまま、右手を貫手の形にして胸に突き刺した。

 男はくぐもった声で何かを言おうとしているが、俊夫にはそれを聞くつもりはない。


「スゲェ痛かったから、お前も味わえよ」


 俊夫は、男の胸からへその下まで一気に引き裂く。

 腕で力任せに引き裂いたので、その痛みは刃物によるものの数倍以上だろう。

 彼は人を殺すのには慣れていたのかもしれないが、魔神を殺すには決め手に欠けていた。

 その代償として、自分の命を差し出すことになってしまった。


「畜生、まだ買ったばっかだぞ」


 俊夫の腹の傷は塞がっていた。

 だが、服までは直らなかった。

 普通の服に、修復機能など付いていない。

 ホテルに戻って、ローブを羽織っておけば切られた服は直る。

 それでも、気分が良いはずがない。


 買ったばかりの新車に傷を付けられて”塗装し直せば良いだろ”と言われて納得できる者は少ない。

 直せば良いというものではない。

 まっさらな新品に傷を付けられた、という思いは残ってしまうのだ。

 今の俊夫はそんな気持ちになっていた。


(せっかく、一般的な服で飲みに出てもこれかよ。怪我をしない事を考えれば、ローブを着てる方がマシだな)


 ローブを着ていれば、あんなナイフが体に刺さるという事は無かった。

 アランとの闘いでも、ローブは破れたりしなかった事を考えると性能は高い。


 ローブを着て怪しまれるか、それとも普通の服で怪我をするか。

 新しい服を買ったから着てみようと思っただけで、そこまでファッションにこだわりがあるわけでもない。

 俊夫はローブの方がマシだと判断した。

 怪我をする方が嫌だからだ。

 傷が治るとはいえ、痛いものは痛い。

 そんな思いをしないに越したことはない。


 俊夫は死体から財布を抜き取ると、洗浄のペンダントを使って死体を消し去った。


 ホテルまでの足取りは重い。

 腹の部分を大きく切り裂かれた服について聞かれたら、どう説明しようか。


 だが、まずは上げていなかったジッパーを上げる。

 考えるのはそれからでもいい。


「ヒギィィィ」


 俊夫は皮を挟んでしまった。


「クソッ、クソッ」


 本来なら――


”この国の王がフリードだったので、接触の糸口が見つかった”


 ――と喜んでいたはずだ。


 なのに酔っ払いに刺され、ジッパーで大事なところの皮を挟んで、惨めな気持ちにならないといけないのか。

 股間の傷は治ってもどこか痛みがあるような気分になってしまう。

 俊夫は前かがみになり、どこか切ない気持ちでホテルへと帰っていった。

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