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「うおっ――」


 俊夫は思わず、驚きの声をあげた。

 目を覚ましたらゴリラ顔の女が横に寝ていたからだ。


 昨日はテーラーで服を特急料金を払い、早く仕立てあがるように注文し、とりあえず1着だけ既製品の貴族服のような物を買っておいた。

 その後はヴィルマを連れて宝石店へ行った。

 そこで、100万エーロ以上のネックレスをプレゼントしていた。

 一晩限りの相手に支払うには高すぎる。

 しかし、後悔してももう遅い。


 昨晩は部屋を暗くしたら、顔は気にならなかった。

 だが、こうして寝覚めで化粧の落ちた顔をドアップで見るのはきつい。

 洋ゲー特有の顔を化粧無しで見るのは、いつまでも慣れそうにない。

 せめて外国映画の女優のような顔ならば、喜んで楽しめていたのに。


(それでも、まだまだ頑張れそうなくらい元気なのが悲しいな)


 スタミナ消費量減少の効果が、こんなところにまで及んでいた。


(今日はローゼマリーだ。スレンダーな可愛い子だった。ヴィルマとは反対のタイプだし、それはそれで楽しめそうだ)


 まずはシャワーを浴び、朝食を食べてから用意をしなくては。

 俊夫はヴィルマをベッドに寝かせたまま、シャワーへと向かった。



 ----------



「さぁ、どうぞ」


 俊夫は先に馬車を降りて、ローゼマリーが馬車を降りる時に手を差し伸べた。

 自動車と違い、車輪も大きい馬車から降りるのはかなりの段差がある。

 女性へのエスコートとして、手を差し伸べる必要があるのは、なんとなく俊夫にもわかったからだ。


「ありがとうございます」


 ローゼマリーは微笑みながら、俊夫の手を取る。

 馬車を降りる仕草から、エスコートされる事に慣れている様子だ。

 こうして、男の相手をしなくてはならなくなっても、育ちの良さが滲み出ている。


 俊夫はシャワーを浴びた後、ヴィルマと朝食を取った。

 そしてロビーまで行き、エミールに言ってローゼマリーと交代させたのだ。

 本来ならここで部屋に戻って、そのまま酒を片手に楽しみたい。

 だが、芸術に興味があるような事を言ってしまった。

 そのせいで、まずはローゼマリーを連れて美術館に行く事になったのだ。


 入館料を払い、館内に入ると俊夫はローゼマリーに言った。


「済まない、ローゼマリー。国元では芸術に興味はあっても、名画と言われるような物は少なくてな。知っている限りでいいから、見る時に軽く教えてくれると助かる」

「はい、喜んで」


 何度も言うが、俊夫は芸術に興味が無い。

”この絵をどう思いますか?”と聞かれたりした日には、答えようがない。

 先に予防線を張っておく事で、知識がない事を誤魔化せるかもしれないと思ったのだ。


 これは偶然ながら、正しい対応だった。

 馬車や船で旅をする世界。

 そんな世界で各地の芸術品を知っているような人間は、まずいない。

 初めて来た街の美術館で、知ったかぶりをするような方が恥知らずである。

 だが、無知だと思われるのが嫌な見栄っ張りは多い。

 ローゼマリーは、素直に教えて欲しいと言った俊夫に少し好感を持った。


 その俊夫が”見栄を張り過ぎて後悔している”と知ったらどう思うだろうか。


「こちらはルネです。優しい筆使いが特徴です」


 ローゼマリーが一枚の絵の前で、画家らしき名前と絵の特徴を言う。

 しかし、俊夫にはわからない。

 いや、なんとなく聞き覚えがある気がした。


(そうか、ルネだ。TVでルネ展とかCMをやっていた気がするぞ! ……まぁ、だからなんだって話だけどな)


 俊夫はモネと勘違いしてしまった。

 とはいえ、それで何か影響があるわけではない。

 どうせ、芸術はわからない。

 画家の名前がわかったところで、それだけ。

 芸術を語れるものではないのだ。


 俊夫にわかる事はただ一つ。

 芸術品は最初に値段を付けた者勝ちだという事くらいだ。

”この絵は1億だ”と立派な肩書がある者が言えば、一億以上で売れる。

 価値がある物かどうか見抜けない者が、その肩書を信じて買うからだ。

”高価な芸術品を買い集めている、見る目がある者”というステータスを得るために。

 俊夫にしてみれば、合法的な霊感商法でしか過ぎない。


 霊感商法は、購入者に”幸運を招く””不幸を払う”という付加価値を付けて売りつける。

 芸術品は、購入者に”センスがある者””購入する余裕がある者”という付加価値を付けて売る。


 幸運か、ステータスか。

 見えない物に金を払うという点では、似た者同士。

 その程度の認識でしかなかった。


「どうかなされましたか?」 


 絵を見ながら、少し考え込んでいた俊夫に、ローゼマリーが心配したように声をかけてきた。

 さすがに、今考えていた内容を話すわけにはいかない。


「いや、素晴らしい絵だ。何かを語り掛けて来るような気がしてね」


 それっぽい事を言って、俊夫はお茶を濁す。


「まぁ、ゾルドさんもですの? 実は私もなんです。良い絵はジッと見ているだけで、語り合っているような気分になっちゃって」

「そうか、やはりな」


 嬉しそうに言うローゼマリーに、俊夫も満足そうに頷く。


(なに、こいつ。マジで言ってんの? ドン引きなんだけど……)


 なぜ無機物相手に語り会うのか。

 俊夫にはさっぱり理解できなかった。

 自分からそういう話題を出しておいて、ハシゴを外すような真似は酷い。

 だが、ローゼマリーは俊夫が本当に芸術に興味があるのだと思い、嬉しそうだった。


「あちらにあるアリスの絵は、様々なタッチで描く天才画家なんですよ。あちらにある絵は、今は亡きエルフの――」

「あら、ローゼマリーじゃない」


 次の作品へ案内しようとしていたローゼマリーに声がかけられた。


「これはマリー様。お久しぶりです」


 ローゼマリーの知り合いのようだ。

 マリーは5人の護衛を連れていた。

 それだけでも、それなりの立場の娘なのだとわかる。

 ローゼマリーよりも、ずっと上の者なのだろう。


 だが、それ以上に俊夫に強く彼女を印象付ける事があった。


(うわ、ブッサ。さすがにこれは可哀想すぎるだろ……。名前がマリーで、ローゼマリーと似ていても、同年代でここまで違うとは)


 そう、マリーはパンストを被って引っ張ったような顔をしていた。

 海外のゲームとはいえ、これは酷い。

 どれぐらい酷いかというと、ゲームキャラと思っている相手に対して、俊夫が憐れむレベルだ。

 結い上げた髪で顔の皮が引っ張られてるんじゃないのか?

 そのように思ってしまうくらいだった。


 マリーは、ローゼマリーに可哀想な表情を向ける。

 その可哀想な顔で。


「ローゼマリー、あなたの家が大変だとは聞いていたけど……。本当に大変そうね」


 マリーは俊夫の方をチラリと見る。

 そこに侮蔑の色が混ざっているのを、俊夫は見逃さなかった。


「でもね、あまりオストブルクの品位を落とすような真似をされると困るの。私に比べればあなたは魅力が無いから、体で安い男を誘うくらいしかできないのだろうけど」

「そんな……。マリー様のようにお美しい方と比べられる事自体が恐れ多い事です」

「えっ」


(逆だろ? いくらそういう設定がされているからって、それは無理がある)


 俊夫はそう思ったが、それは間違いだ。


 この世界では、ローゼマリーのような顔を美しいと思う者よりも、マリーの方を美しいと思う者の方が多い。

 これは人間だけではなく、獣人やエルフのように、様々な種族が混在する社会である事が理由だ。

 長い歴史の中で、様々な美的感覚が混ざり合い、このようになってしまった。


 平安美人と平成美人が違うように、時間の流れによる変化もある。

 様々な種族が混在すれば、その変化の度合いも大きいのだ。


 俊夫はその事を知らなかった。

 そして、マリーは俊夫が知らないという事を知らなかった。


「なによ、文句があるっていうの?」

「あるか、ないかで言えばある」


 本来はこういう事は言うべきではないだろう。

 だが、俊夫にも譲れない一線がある。


「ロ-ゼマリーの方が美しい」

「なっ」


 その言葉に周囲がざわつく。

 マリーのお供だけではない。

 離れたところで様子を見ていた者達からも、どよめきが起きる。


「私がローゼマリーに負けるとでも!? 私の方が美しいに決まっているでしょう!」


 マリーは美術館内だという事を忘れ、金切り声をあげる。

 それに対して、俊夫の感情は冷え切っていた。


「いや、それはない」


 感情を無くした顔で俊夫は言う。

 本当に無理なものは無理なのだ。

 マリーを美しいと認める事は、俊夫のプライドが許さない。

 もし、ここが現実の世界であれば、媚びへつらいご機嫌を取っていただろう。

 しかし、俊夫はゲームの世界だと思っている。

 生活に影響のある範囲では、NPCにも気を使う事も仕方ないと割り切れる。

 だが、趣味嗜好に関する部分では、譲る気は無かった。


 俊夫の言葉に、ワナワナと怒りに震えているマリーに俊夫は追い打ちをかける。


「生理的に受け付けないんだ。本当に申し訳ない」

「殺せーーー!」


 マリーの言葉に、護衛が俊夫を取り巻くが、俊夫がそれを制する。


「ここは美術館だぞ。芸術品は時代を超えた人類全体の遺産だ。それを血で汚すつもりか、お前達は」


 俊夫は心にもない事を言うが、マリーの護衛達の動きは止まる。

 そしてマリーに指示を求めるかのように、視線を向けた。

 だが、マリーが新たな命令を出す前に、俊夫が機先を制する。


「マリーと言ったな。可愛くないと言われて、心が傷ついただろう? 君がローゼマリーとどういう関係なのかは知らない。だが、人を傷つけるような言葉を使えば、それはどんな形であれ自分に戻ってくる。どうか、その事を忘れないで欲しい。それと感情のままに、時と場所を考えずに行動に出るのは止めた方がいい」


 自分がブサイクに対して容赦が無かった事を棚に上げて、何か良いことを言っている風な流れを持っていく。


「マリー様。この者の言うように館内での揉め事は避けた方がよろしいかと思います」

「ふんっ」


 マリーはいかにも怒っていますと言わんばかりに、ブサイクな顔をしかめ、よりブサイクな顔になったまま立ち去っていく。

 決してマリーは俊夫の言葉に納得したわけではない。

 美術館内での揉め事を起こすのはマズい、という事を理解する程度の冷静さは持っていた。

 ここにある美術品は、それらを所有している事でオストブルクの国威を高めている。

 素晴らしい物を集める事ができるという余裕を、国の内外に示しているのだ。

 それを傷つけるような真似は、彼女にもできなかった。


「ゾルド様……」

「気にしなくていい。本当に君は可愛いんだから」


 俊夫は、そっとローゼマリーの髪を優しく撫でる。

 だが、ローゼマリーの表情は暗いままだ。


「ゾルド様」

「なんだい?」


 思いつめたような表情のローゼマリーが何を言いたいのか。

 俊夫は彼女の言葉を待った。


「マリー様はこの国の皇女殿下です」

「おぅ……」


 この国に訪れた一番の理由。


”オストブルクの中枢部と繋がりを持って、天神との戦いに利用する”


 その目的が達成できないかもしれない。

 俊夫はやらかしてしまった事を、さすがに反省していた。


 とはいえ”その場のテンションで行動するとロクな事にならない”という反省は一晩しか保たなかった。

 その事を考慮すれば、今回の反省も仮初のものだろう。

 俊夫は口先だけで”反省しています”という類の人間であった。

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