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17

 ――魔神降臨。


 その一件以来、俊夫を取り巻く情勢は変わった。


 まずは周囲の視線だ。

 今までは怪しい人物や人殺しといった、決して質の良いものではなかった。

 それがどうだ。

 今では英雄を見るような視線に変わっている。


 どうも、俊夫の話が伝わるにつれて変化していったようだ。


”魔神に遭遇し、騎士団と共に一戦。その後、騎士の命令で街へと知らせに走った”


 という内容が主流のようだ。

 一体、どこの立派な冒険者なのだろう……。


 俊夫も、周囲が勝手に勘違いしているだけなので訂正はしない。

 ただ曖昧な笑顔で場を流すだけだ。




 魔神降臨の情報が出回ってからは大変だった。


 ――他の街へ逃げようとする者。

 ――絶望して暴動を起こす者。

 ――その暴動から逃れようとする者。

 ――暴動に後から加わる者。


 街は混沌としていた。


 俊夫は早い段階で街を出ようと思っていたのだが、街の混乱に巻き込まれるのが嫌でホテルに滞在したままだった。

 しかし、それがさらに俊夫の名声を高める事となる。


 俊夫の事はある程度の住民が知っていた。


 背中に剣を下げた怪しい人物。


 それが毎日のように、街中をうろついていたのだ。

 噂の種になるのは当然の成り行きだった。

 しかも、冒険者ギルド内で中堅どころの冒険者3人を瞬殺したという新人冒険者。

 平和な街には刺激的な噂だ。


 その怪しい人物が神教騎士団の道案内をし、魔神発見の報告をした。

 誰もが怪しいローブの人物は、腕利きなのだと認識したのだ。


 そんな俊夫が泊まるホテルや、その周囲の店に略奪に向かう者はいない。


 暴動の参加者は一般人だ。

 腕利きの冒険者が鎮圧に動いたら、太刀打ちできない。

 だから、俊夫の泊まるホテル周辺は騒動と無関係だった。


 2日ほど過ぎた時、その事に気付いた周辺住民からの要請で、ホテルの前に急遽作ったオープンカフェに居る事となった。


 テーブル1卓にイス2脚の俊夫専用ともいえるオープンカフェ。

 まるで晒し者だ。

 そこに俊夫がいると知らしめるためなので仕方ないが。


 しかし、意外と快適ではあった。

 イスはそれなりに座り心地が良く、近所の手芸店からもクッションの差し入れがあった。

 ホテルが無償で部屋と食事を提供してくれる。

 暇つぶしに本屋が本を持ってきてくれたりもする。


 致せり尽くせりだ。

 これでお酌をしてくれる若くて可愛い娘でもいれば、文句無しだっただろう。


 衛兵が暴動鎮圧で手薄になっているいま、用心棒のような扱いだ。

 それも座っているだけで良い。

 どうせ街が落ち着いてから他の街に行こうと思っていたところだ。

 暴動が落ち着くまでの暇つぶしにもなるし、宿も無料になるので文句は無かった。


 暴動に参加しなかったのは、今の俊夫が金を持っているからだろう。

 2週間前なら、冒険者ギルドや商業ギルドの金庫破りくらいはしていたことは間違いない。




 4日目に大きな動きがあった。


 城に呼び出された俊夫が何事かと思えば、ポート・ガ・ルー国王から直筆の感状と国旗の紋章入りの短剣を賜った。

 おそらく、魔神を少人数で探索してしまい、逃してしまった事の誤魔化しだろう。

 暴動が起きているからパレードなどはしなかったが、失敗から世間の目を逸らすため、功績を立てた者を表彰する必要があったのだ。


 これに関して俊夫は”クエスト達成での評価値上がりすぎじゃねぇの?”とゲームバランスの悪さに悪態をつくだけだった。


 しかし、この日から俊夫の周囲はさらに変わった。


「この兄ちゃん、オレんちの隣のホテルに泊まってるんだぜ」

「マジかよ、スゲー」


(何が凄いんだ。いや子供の言う事に一々つっこんでも仕方ないけどさ……)


 いくら評価が高くなっても、近寄らなかった子供達が近づくようになった。

 やはり、公式に認められたというのは大きいのだろう。

 今までは俊夫が近くを歩くだけで、親は急いで子供を自分の後ろに隠していた。

 それが今、俊夫に迷惑をかけなければ自由にさせている。


 この露骨な変わりようがよけいにゲームの世界だと、俊夫に強く認識させてしまった。




 そして1週間目。


「いやー、ゾルドさん。大変なご活躍のご様子で」


 エンリケが俊夫のもとに訪れた。

 しかし、今回はエンリケの腰が低い。


「これはこれは、ギルド以来ですね」

「え、ええ」


 エンリケは俊夫に話があるのだろう。

 だが、切り出す切っ掛けを探しているようだ。

 俊夫はエンリケがどんな話を持ってきたのか、なんとなく予想がついたので席を勧める。


「先週の魔神探索の任、本当にご苦労様でした」

「ありがとうございます。エンリケさんもこの1週間忙しかったのではありませんか?」

「ええ、それはもう休み無しでしたよ。家に帰れず詰め所の床に雑魚寝といった具合でした」


 そこで落ち着きの無かったエンリケが、意を決したように俊夫に言う。


「ところでゾルドさん。この間のギルド職員の時の件ですが、ゾルドさんの街からの外出制限が解除されたという事をお伝えにきました」

「そうですか、それは良かった」


 これはエンリケが来た時に予想できていた事だ。

 魔神に暴動、捜査どころではないのだろう。

 それに感状を賜るような相手を殺人で逮捕する訳にはいかない。


 ここは法治国家ではない、人治国家だ。


 殺人犯を表彰してしまったなんてことが表沙汰になれば、王の面子を潰すような行為になってしまう。


 一捜査官にそんな度胸は無い。

 度胸があったとしても権限が無い。

 権限があったとしても国王の権力に潰される。


 ならば、エンリケがここに来た理由は他にあると考える方が良いだろう。

 彼の腰の低さがそれを物語っている。


 エンリケは俊夫の前にそっと袋を置く。


「これは?」


 わかってはいるが、俊夫は聞くだけは聞いておく。


「暴動の間、ゾルドさんが居てくださったお陰で、この辺りは略奪に巻き込まれずに済みました。ですので、これは衛兵一同からのお礼……。というわけです」

「ほう、衛兵一同(あなた)からですか」

「はい、衛兵一同(わたし)からです」


 犯人として捕まえようとしていた事はともかくとして、アルヴェスに差し出し、いびり殺させようとしたことを忘れて欲しいという事だろう。

 それらしい名目を付けて、堂々と金を渡そうというのだ。


 俊夫としては断る理由がない。

 金には困ってないが、貰える分は貰っておけばいい。

 それに衛兵との関係改善は悪い事ではない。

 しかもこちらから頼むのではなく、相手から友好的な関係を求めてきたのだ。


 俊夫も謝る相手を追い込むほどの鬼ではない。


 俊夫は手を差し出し、エンリケが握る。

 和解の握手だ。


「エンリケさんはお役目でしたからね。不幸なすれ違いがあったとはいえ、誤解が解けて良かったと思いますよ」

「そう言ってくださると助かります。本当に申し訳ありませんでした。ところで、ゾルドさんはこれからどうされるのですか?」

「実はそろそろ街を出ようかと思ってたんですよ。魔神を探すのに協力できればと思いまして」


 それを聞いてエンリケの顔が露骨に明るくなる。

 自分の悪事を知る者が、街から出ていく事はさぞ嬉しい事だろう。


「それは素晴らしい! さすが魔神探索の功労者だけありますね」

「いえいえ、人として当然の事ですよ」


 白々しいやりとりではあるが、それでエンリケが納得するなら安い物だ。

 言葉はタダなのだから。


「エンリケさんは、これからどうされるんですか?」

「私ですか? 私は衛兵として真面目に働きますよ。暴動の後始末だけではなく、魔神が現れた事で周辺警備にも駆り出されます。これからも忙しいでしょう」

「そうですか、大変ですね」

「ですから、その前にこうしてゾルドさんにお会いできて良かった。それではこれで失礼します」


 要件が済んだ以上、居心地の悪いところに長居はしたくないのだろう。 

 エンリケはそそくさと立ち去っていった。


 エンリケが立ち去ったのを確認して、懐に袋をしまい込む。


(結構重いな。後で数えてみよう)


 予想以上の重みに頬が緩む。

 金を数えるのは心の癒しだ。


 そして、ある人物の事を思い出す。


(そういえば、あいつは俺に一言も謝ってねぇな。プレイヤー様によぉ)


 エンリケの厄介になりそうだったのも、全てあいつが元凶だ。

 街を出ていく前に、お礼だけはしておかねばならない。


 たった一言。


”ごめんなさい”が言えなかっただけで、人生を潰されるのだ。



 ----------



「忙しそうですね、アルヴェスさん」


 俊夫は冒険者ギルドに来ていた。

 そこでは初めて俊夫がギルドに来た時のように、アルヴェスがカウンターで受付をしていた。


「あぁ、魔神の降臨で街を出て行った者や暴動で怪我をした者が多い。それでも従来の依頼に加え、街の復旧作業にも人を回さにゃならん。家を焼け出された住民が職を求めて来てくれるのも良いが、登録や振り分けが大変でな。以前のように暇つぶしに受付している余裕すらない。本気で現場の手伝いをしているくらいだ。それで今日はどうした」


 様子を見る限りは、本当に忙しいのだろう。

 それでもアルヴェスが忙しさをわざわざアピールして来るのは、つまらん用事なら断るという意思表示だろう。

 

「街も落ち着いてきたので、そろそろ街を出ようかと思いまして。それでアルヴェスさんと重要な話をしようかと思いまして」

「重要?」


 曖昧な言葉にアルヴェスは眉をしかめる。

 重要な話などというものは、人によって大きく変わる。

 この時、アルヴェスは俊夫にとって重要な話だと受け取っていた。


 その考え方も間違いではない。


「どの程度、重要だ?」

「そうですね。少なくともアルヴェスさんの人生を左右するくらいは」

「俺のか」


 自分の人生を左右する話。

 気にならないはずがない。

 これを他の者が言うなら軽く聞き流していた。


 ――だが、俊夫が言うのだ。


 魔神関連で、何か言い忘れた事を思い出したのかもしれない。


「緊急か?」

「いえ、私が街を出るまでに聞いて頂ければ結構です」


”緊急ではないのか”


 そう思うと、少し気が抜けた。

 アルヴェスは処理しなければいけない書類の量を見て、時間を計算する。


「そうだな……。1時間ほどしてから、また来てくれるか。部屋に案内しても誰も相手ができんからな」

「わかりました。それでは酒場の方で時間を潰しておきます。時間が出来たら教えてください」


 そう言い残して、俊夫は酒場へ向かう。


 この酒場には良い思い出が無い。

 アラン達を森へ連れて行った時の、腫れ物を触るような扱いを俊夫は忘れてはいない。


 それがどうだ。

 空いていたカウンター席に座ると、ウェイターが素早く注文を聞きに来た。

 手もみをしていないのが不思議なくらいの、へりくだった態度だった。


 俊夫はバターピーナッツとリンゴジュースを頼む。

 この後、アルヴェスと話をするなら酔った状態では不味い。

 アルヴェスに気を使って、という理由ではない。

 話を上手く伝えられるかが大事なのだ。


 サービスなのか、無駄に大盛りにされた炒りたてのパタピーを口に運ぶ。

 ついつい、今の自分と昔の自分を比べてしまう。


(ピスタチオも悪くなかったけど、やっぱりバタピーの方が味に慣れてる分美味い。ゲーム内とはいえ、味がある以上は好きな物食べたいよな)


 おやつの豆だけではない。

 最初の頃は金を使い過ぎないように、食事はパンと塩味の効いた野菜のスープだけだった。

 それが今では、肉だろうが魚だろうが好きな物を食べられる。


(そういえば、ガリア料理のレストランとか行ってなかったな)


 以前、店の前を通った時にウィンドウから中をチラりと見た事がある。

 中ではフランス料理のようなものを食べていた。

 バターや生クリームを使ったソース、その味が懐かしい。


 安価な店では塩やコショウで味付けしたシンプルな味ばかりだった。

 シンプルな味も嫌いではない。

 だが、毎日続けば嫌になる。


(ああいった高級店は暴動の早い段階で狙われたらしいから、この街の店には期待できないだろうな。ヒスパンに行ったら探してみるか。そうだ! もしヒスパンがスペインらへんの国だったらパエリアがあるじゃないか。米だよ米)


 俊夫のテンションが上がる。

 パン食も悪くはないが、たまには米も食べたい。

 隣の国に行く理由が出来た。


 そう、実はこの街を出ていく理由に大した理由はなかった。


 神教騎士団がいるので居心地が悪いということ。

 しかし、俊夫は魔神発見の報告者として怪しまれる事なく暮らせている。


 街の住民に英雄視されて、持ち上げられている現状にも不満があった。

 最初の頃はいい気分になったいたものの、日が経つにつれ飽きてきたというのもあるが、NPC相手に良い気になっている自分に自己嫌悪し始めた事が大きい。

 冷静になると、何か恥ずかしくなってきたのだ。


 なんとなく街を出よう。


 そう思っていたところに理由ができた。

 今では早く行ってみようという気にすらなっていた。


「あのー、ゾルドさんですよね」


 若い娘の声で、思考を遮られた。


「えぇ、そうですよ」


 そこで黄色い歓声が上がる。

 数人の娘が俊夫の周囲にたむろしていたのだ。


 俊夫以外の誰がこんな格好をしているのか、彼女達に聞いて見たい。


「ご活躍お聞きしました。よろしければ握手してください」

「へっ」


 すでに彼女達は腕を差し出し、握り返すのを待っている。

 訳がわからないが、とりあえず俊夫は握り返してみる。


 そしてまた黄色い歓声が上がった。


(えっ、なにアイドル!?)


 偶像(アイドル)という意味では間違ってはいない。


 神教騎士団は憧れるには遠すぎる存在だった。


 適度に近く、適度に遠い存在。

 それが俊夫だったのだ。

 辛い現実から逃避するのに、程よい手頃な存在だったのだ


 しかし、俊夫の心はより遠いところにあった。 


(若くて、体の肉付きもほどほどに良い。けど、顔がなー。目鼻がくっきりしてるっていうと良く聞こえるんだけど、パーツのバランスがなー。街でよく見かけるレベルの顔だから、普通の顔なんだろうけど残念過ぎる。いや、頭にずだ袋でも被せれば十分ヤれるかな)


 かなり失礼な事を考えていた。

 だが、ここが現実の異世界と知っていたなら”このレベルの子なら性格次第で”と妥協しても良いかなと思うレベルである。

 ゲームだと思っているからこそ、妥協せず、厳しい目で人を見るのだ。

 ゲームの中でくらいは理想を追いたい。


 もちろん、そんな考えは顔に出していないので相手は気づかない。


「よろしければ一緒に食べませんか?」


 若い娘からの誘い。

 顔ではよくわからないが、20前くらいだろうか。

 本来なら喜んでいくところだが、顔が好みでは無かった。


「誘ってくれて嬉しいけど、アルヴェスさんの時間が空くのを待っているんだ。大事な話の前に、可愛い子に囲まれて話をしてたら話す内容を忘れちゃうよ。またの機会によろしく」

「えー、そんなー」

「でも仕方ないよ。ゾルドさんとギルド長の話だもん」


 残念がりながら、彼女達は自分達のテーブルへと戻る。

 俊夫とアルヴェスの話なら、きっと大事な事なのだろう。

 邪魔してはならないと思ったのだ。


(評価が上がり過ぎるのもウザイよなぁ。ほどほどで良いんだよ。評価が高すぎるのも逆に不便だ)


 聖人プレイが嫌で天神ではなく魔神を選んだ。

 にも関わらず、なんでこんな愛想を振りまくような事をしなければいけないのか……。


 原因は俊夫だ。

 一度上がった評価を下げるのはもったいないと、それっぽく振る舞うのが悪い。

 ほどほどに評価を下げておけば、こうはならなかった。

 もったいない精神が、この事態を引き起こしていたのだ。


(次の国ではほどほどになるよう調整しよう。とりあえず、顔合わせでいきなり殴られない程度に上げればいいだろ)


 今後の行動方針を考えながら、バタピーをポリポリとつまむ。

 結局、このバタピーはアルヴェスに呼ばれるまでの食べきられる事は無かった。



 ----------



 ギルド長室。

 そこで疲れた顔のアルヴェスが、コーヒーをすすりながら俊夫に聞く。


「それで話とは?」

「えぇ、実はですね。魔神が現れた、そうなるとやはりお金が必要ですよね。戦費ってやつです」

「そうだ。装備を整えるにも、兵士に食わせる飯も金がかかる。よその街から冒険者も送られてくるから、その滞在費も必要だ。それがどうした」


 そこで俊夫は真剣な顔つきになった。


「良い方法があるんですよ」

「なに?」


 そこで俊夫は無限連鎖講――俗にいうねずみ講――をアルヴェスに語る。

 間違いの無いように、ゆっくりとわかりやすく。


 それを聞いたアルヴェスは難しい顔をする。


「確かに金を集めるには良い方法かもしれん。だが、なぜそれを自分でやらん」

「人脈が無いからですよ。アルヴェスさんは首都ではないとはいえ、大都市のギルド長。もしかしたら、王族にも連絡を取れるくらい顔が広いのではありませんか?」

「取れんことはない。仲介をとある貴族に頼む必要があるがな」


 それを聞いた俊夫は満面の笑みを浮かべる。


「それなら幹部にその貴族や王族を招けば良いんですよ。この仕組みは早い段階で会員になった方が稼げるんです。彼らを招く事で、外部からの妨害にも強くなる。それに良い話を持ち込んだと、アルヴェスさんの評価が上がります。アルヴェス商会を立ち上げてもやっていけるでしょう」

「ふむ。だが、わざわざそんな事をしてどうする? 戦費が必要なら臨時徴税をすればいいだけだろう」

「やだなー、アルヴェスさん。戦費調達は名目ですよ。め・い・も・く。どうせその金をどう運用しているかなんて、幹部以外わかりません。自分達で分配しておけばいいんですよ」


 俊夫の言葉を聞き、アルヴェスは今必死になって頭の中で計算している。

 決して損はしない。

 むしろ得しかないのだ。

 だからこそ、なにか疑わしい。


「ゾルド、取り分の希望はどれくらいだ」

「そうですね、まず地図は欲しいですね。それと乾パンと塩漬け肉、日持ちのしそうな新鮮な果物ですかね。騒動以降、地味に手に入りにくいんですよ」

「お前は欲があるのか無いのかわかりにくい奴だな……。なぜ金を欲しがらない」


 アルヴェスの疑問は当然だ。

 自分は利益を求めず、相手に利益を渡す。

 そんな人間がどこにいるというのか。


「新人冒険者には、以前貰った分で十分ですよ。それに私も魔神探しの旅に出るので、お金を受け取りに来る余裕もありませんしね」

「……良いのか? 本当に」


 生気の抜けた目をしていたアルヴェスだが、疲れを乗り越え目に力を漲らせた。


「えぇ、もちろんですとも。これを正式な謝罪として受け取って頂ければ嬉しいですね。ちゃんと謝罪をしないといけないと、ずっと気になっていましたので」

「謝罪の域を超えているぞ、これは……」


 上手くいけば大金持ちなんてレベルじゃない。

 国を動かせるほど稼げるのではないか?

 そう思うほどの仕組み。

 恨みを忘れて余りある内容だ。


 それを教えてくれるというのならば、遠慮せずに貰っておこう。

 アルヴェスがそう思うのも当然であった。


 そして俊夫はそう思うように仕向けた。

 理由も無く、ただ教えただけでは怪しんで行動に起こすかわからない。


”ポルトの冒険者ギルド長である自分にした無礼な振る舞い。それをずっと気にしていた”


 それらしい理由を付け足しただけだ。

 俊夫がその程度のことを気にする人物ではないと、すぐに気が付けば良かった。

 謝罪と今回の提案が釣り合うかどうかも。

 アルヴェスがその事に気付いたのは、すでに動き出してからのことだった。


 アルヴェスが一筆書くと、俊夫に渡す。


「これを近くの雑貨店に持っていけ。欲しい物を揃えてくれるはずだ」

「ありがとうございます」


 握手を交わし、部屋を出ようとする俊夫にアルヴェスが声をかける。


「本当に良いんだな」

「もちろん、自由にやってください」


 それでは、と俊夫は退出する。

 扉を閉じる時に、チラリとアルヴェスの様子を覗きみると、自分の輝かしい未来に興奮しているようだった。


”足るを知る”


 その言葉を知っていれば、ギルド長として長く安穏とした人生を送れたかもしれないのに。


 アルヴェスは、大都市のギルド長としては比較的若く就くことが出来た。

”そろそろ次のステップへ”という欲が出る程度には、自分の実力に自信があった。

 そのきっかけが訪れたのだ。

 飛びつかないわけがない。


 当然、俊夫は親切心や謝罪でねずみ講をアルヴェスに教えたわけではない。


(良いわけねぇだろうが)


 アルヴェスは知るはずもない。

 ねずみ講で破綻した国がある事を。


(一時的に我が世の春を謳歌するがいいさ。いつか破綻した時、国家経済を混乱させた者として処断される。人生の絶頂期の後、絶望の中でのたうち回って死ね!)


 俊夫は根に持つタイプだった。


 しかし、嘘は言っていない。

 本当にアルヴェスの人生を左右するような話だったのだ。


 ――ただし、悪い方向へ。


 俊夫は欲望という名の毒を置き土産に、この街を去って行った。

これで1章終了となります。

2章は明後日に投稿予定です。

ブックマーク、評価、感想ありがとうございました。

とても励みになりました。

今後ともお楽しみ頂ければと思っております。

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[一言] 確かにこの主人公は善人ではないです。 しかし、作者さんがいうほどのクズにも思えません。 その理由としては主人公は最初から詰んでいたというのがあります。 たとえ、静かに森の中で自給自足の生活…
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