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(暇だな)


 俊夫はグリエルモに連れられて、城へ報告に来ていた。

 しかし、報告に向かったのはグリエルモだけで、俊夫は城の控室で待たされたままだ。

 かれこれ2時間ほどほったらかしになっている。


「おかわりはいかがでしょうか」

「いえ、今は結構です」


 城だけあって良い品質の紅茶を出されたが、そう何杯も飲めるものだはない。

 それに良い物だからとがっつくのはみっともない。


 注いでくれるメイドは、体つきは魅力的であったが40前後のおばさん。

 メイドとはいえ、城勤めだからなのか気品がある。

 このメイドが話し相手にでもなってくれればいいが、”仕事中ですので”の一点張りで相手をしてくれない。


(仕事の一環として、話し相手をしてくれてもいいのに。)


 高級そうなソファとはいえ、長く座っているだけなのは辛い。

 暇でしょうがないのだ。


(こっちの方が職人の手作りって感じで高級感が出てるけど、座り心地は家のソファの方が良いよな)


 あまりにも暇なので、ソファにもたれかかり、目を閉じて現実の世界に思いをはせる。


(ゲーム内の時間がリアル時間だと、職場はもう潰れてそうだな。新しいところに復帰させてくれるだろうけど)


 今までかなりの額を稼いできた。

 交通事故で入院した同僚の事例を考えると、多少のブランクなど気にせず雇ってくれるだろう。

 ダメなら、また父親に仕事先を紹介してもらえばいい。


(親父といえば、現実に復帰したらうんと殴られるだろうな)


 元々、俊夫の父はVRMバーチャルリアリティマシンの購入に反対していた。

 頭に電気信号を送るような物は危険だという理由でだ。


(親父の言う通りだった。仕方がない、説教の一環として多少は耐えよう。幸か不幸か痛みには慣れてきたし)


 ゲーム内での理不尽な暴力や戦闘による怪我。

 その痛みに比べれば父親の拳は大歓迎だ。

 少なくとも、俊夫を思っての行為だという事はわかっている。


(それに対してお袋はな……。泣くんだろうなぁ)


 俊夫の母は感情が豊かだ。

 部屋にいきなり入ってくるなど、デリカシーには欠けるのが難点だったが、俊夫のやる事には寛容であった。

 それでも、今回の事は寛容の枠を超える出来事だろう。


(いっそ殴ってくれた方が気が楽だ。あっ、ヤベェ。今回の件で絶対恋人作れとか言ってくるよ)


 学生時代も”恋人いないの?”としつこく聞いてきた。

 社会人になれば”身を固めて落ち着きなさい”と事あるごとに言ってきた。


 ゲーム機が原因で、目が覚めなくなるような事態になったのだ。

 絶対に”ゲームを止めて恋人を作れ、結婚しろ”と言ってくるだろう。

 もしかしたら、友人関係から年頃の娘を見つけてくるかもしれない。


(別に結婚したいって思う相手がいないだけなんだよな。自分達は一目惚れで結婚したくせに、息子には急かしやがる)


 ある日、エステ詐欺の常習犯だった母が、ローンの組めない未成年者を父の営む闇金の紹介屋に連れて行った。

 その時にお互い一目惚れして結婚したのだと、事あるごとに聞かされてきたのだ。


 自分も、一目惚れするような相手が現れるまで待ってくれと言う気はない。

 だが、良さそうな相手が見つかるまでは待って欲しい。


(でもまぁ、今までは結婚したいとは思っていなかったからな。結婚相手として人生を長く付き合いたいかどうか、これからはそういう目でも女を見てみるくらいはいいか)


 少しくらいは心配を解消させてやろう。

 そう思うと、俊夫の意識は深く沈みこんでいった。




「ゾルド。起きろ、ゾルド」

「ふぇ……」


 体を揺すられ、マヌケな声が出る。

 どうやら寝入ってしまったようだ。

 俊夫の目の前にはグリエルモが立っていた。


(ぐり……、か)


 特徴的ではあるが、ややこしい名前なのでしっかりとは憶えていなかった。


「すいません、朝から走り回ったりして疲れてたようです。寝てしまいました」


 表向きは心の底から申し訳なさそうに謝る。

 それを見たグリエルモも謝った。


「こちらも、対応に手間取られてしまい放置してしまった。すまない」

「いえ、お気になさらないでください。私が何かお役に立てるような事がありますか?」


 俊夫の申し出にグリエルモは首を振る。


「必要な事は全てこちらでやっておいた。もしかするとポート・ガ・ルー軍を、森まで案内して欲しいという依頼があるかもしれないくらいだ。今日のところはギルドで報酬を受け取って休むといい。ご苦労だった」

「はい、お疲れ様でした。これで失礼致します」


 俊夫は深くお辞儀をして、その場を去ろうとした。

 しかし、一度ドアのところでグリエルモに向き直る。


「あの……、頑張ってください」

「もちろんだとも!」


 グリエルモは自信に満ちた笑みで胸を叩く。

 それに俊夫は満面の笑みで答えた。


(もちろんだとも! だってさ、フハハハハハ)


 自身が疑われないようにするためとはいえ、このような演技をすること。

 そして真剣な相手を嘲笑うこと。

 それだけで俊夫の内面、卑劣さがよくわかるというものだ。



 ----------



 すでに日は暮れそうだったが、俊夫はギルドへ報酬を受け取りに来ていた。


(この後逃げ出すにしても、金は貰っておかないとな)


 わざわざ胡散臭い演技をしてきたのだ。

 その成果を得るくらいは良いだろう。


 それに、1億エーロもあれば当面は遊んで暮らせる。

 世の中金じゃないとはいうが、金で買える物の方が圧倒的に多いのだ。

 金はあって困るものではない。


(さぁ、俺のお金ちゃん)


 俊夫はこれからの豊かな生活を夢見て、ギルドのドアを開ける。


 すると、そこでざわついた大衆の囲まれてしまった。


「なぁ、魔神が現れたって本当か?」

「俺、お前が門でそう言ってたの聞いたぞ」

「この街の駐留軍も出て行ったのを見たぞ」


 冒険者だけではない。

 この街の住人らしき者達も、真実を知ろうと俊夫に詰め寄る。


 戦う力のない人々にとって、街のすぐ近くで魔神が発見されたという事。

 それは命に関わる大問題だ。

 襲撃されるかもしれないというだけではない。

 魔神が現れた街に、わざわざ近づく者はいないだろう。

 そうなると物流が止まる可能性がある。


 港町なので陸路の物流が止まろうとも、船があるので大丈夫そうに思える。

 しかし、船は荷馬車とは製造コストも運べる荷物の量も違う。

 多くの荷物を運べるという事は、船が沈んだ場合の損失も大きいという事だ。

 船の建造コスト、船員の育成コスト、そして熟練期間を考えれば危険は冒せないだろう。

 ポルトに向かう船は極端に減るかもしれない。


 そうなると困るのは民間人だ。


 軍関係はポルトの駐留軍の補給くらいは、他の街から持ってくる事はできるだろう。

 だが、街全体に必要な食料、医薬品を運ぶのは無理だ。

 それだけの量を運び続けるという事は、魔神捜索に割く人手が減ってしまう。

 運べる量はどうしても限定されるのだ。


 物流が止まるという事は、街が緩やかに死んでいくということ。

 魔神の出現が事実かどうかは、街の住人にとって死活問題であった。


 殺気立った大衆に、俊夫は冷静に答えた。


「申し訳ないが、答えられない」

「なんでだよ!」

「こっちは生活かかってんだぞ!」

「教えてくれたって良いじゃないか!」


 さすがに掴みかかって来たりはしない。

 だが、周囲を囲まれ、人の輪が小さくなっていくことに圧迫感を覚えた。


「神に誓って話さないと誓約書を書いたからです。事実を知りたければ、そこをどいてください。私の話を聞いたギルド長が教えてくれるでしょう」


 一刻も早く知りたい大衆は、俊夫の言葉に満足はしていないが道を開ける。

 神への誓約書。

 俊夫は、あんな物がここで役に立つとは思ってもいなかった。


 アルヴェスに説明したらホテルに帰って休もうと考えている俊夫には、その他大勢のNPCに説明してやる義理は無い。


「アルヴェスはギルド長室でお待ちです。どうぞ」


 受付カウンターにたどり着く前に、ギルド職員が待ち構えていた。

 彼もまた、一人の住人として情報を知りたかったのだ。

 俊夫が来るまで受付で待っているなんて、まどろっこしい真似が出来なかったのだ。


 職員の先導により、スムーズにアルヴェスのもとへとたどり着いた。

 職員が礼を失する事のない程度に、心持ち早くドアをノックする。

 

「ゾルドさんをお連れしました」

「構わん、早く中へ入れ」


 アルヴェスが少し疲れたような声で入室を促す。

 すると職員がドアを開け、俊夫の入室を待つ。


(こういう職員の態度の変わりよう、なーんか腹立つな)


 自分が悪いとはいえ、今までギルド職員にこんな対応をされたことなどない。


 緊急時でも、俊夫はそんな事を考えてしまう。

 自分自身には魔神再臨の緊張感は無いので、それも致し方ない。


 中へ入ると、アルヴェスがすでに応接セットの椅子に座っており、正面を俊夫に勧める。


「遅かったじゃないか」

「すみません、城で待つように言われましたので、勝手に動けませんでした。こちらに連絡は無かったのですか?」

「もちろんあったとも。だが、魔神の報告は確認した者から直接聞きたい」

「わかりました。それでは――」


 俊夫はこれまでの経緯を話した。


 アラン達をセーロの木の群生地まで連れて行ったこと。

 そこで席を外している時、アランが魔神が現れたと叫んだこと。

 恐ろしくなり、街に助けを呼びに戻ったこと。

 そして、アラン達が酷い状態で見つかったこと。

 おそらく魔神が装備を奪い、どこかへ去って行ってしまったこと。


 アルヴェスは俊夫の話を目を強く瞑り、拳を握りしめながら聞いていた。

 一言一句聞き漏らさぬよう、口を挟みそうになる自分を抑えながら。


「それでは……、事実なのか…………」


”嘘だと言って欲しい。”


 そんなアルヴェスの声が聞こえてきそうだ。

 だが、俊夫は首を振る。


「事実だと思います。もちろん、今日、この時に偶然、騎士様を倒せるような強い魔物が居たという可能性もありますが」


 アルヴェスは唇を噛み締めた。


 この街の付近は空を飛ぶ魔物が現れるくらいで、それ以外は狼や熊といった自然動物がいるくらいだ。

 騎士を倒せそうなくらい強そうな魔物が来ていたなら、なんらかの情報が入ってくるはず。

 それがない以上、あの森にいた強者によって打ち倒されたと考えられる。


「お前は今まであの森に入っていて何も気付かなかったのか?」


 アルヴェスは当然の疑問を口にする。


「申し訳ありません。何も気付きませんでした。それにいつもの場所よりも、より深い所に向かっていましたので。本当に申し訳ありませんでした」

「いや、咎める気は無かったのだ」


 今まで報告が無かった以上、気付かなかったとわかってはいる。

 だが、聞かずにはいられなかったのだ。

 アルヴェスは話を変えようと、報酬の話を切り出す。


「報酬の事だが、本当は魔神を発見しても1,000万エーロくらいにしようと思っていたのだ。1億エーロにしてしまったのは”魔神なんかいるはずがない”と、自分でも思い込みたかったのだろうなぁ……」


 アルヴェスが遠い目をする。

 信じたくない事が本当の事だったのだ。

 これからの事を思うと気が重くなる。


 アルヴェスは俊夫の前に、小さな箱を10箱置いた。

 大きさは化粧用の小さなコンパクトといったところか。


「確認してくれ」


 箱の中には見慣れた輝きの硬貨が収められていた。


(プラチナか。けど、額面が大き過ぎるな)


 1枚1,000万エーロ。

 それぞれ箱に1枚ずつ収められていた。

 しかし、これでは買い物をするには不便だ。


「確かに1億エーロ受け取りました。ですが、枚数が多くなるので10万エーロとは言いませんが、100万エーロくらいの金額の硬貨と半分は交換できませんか? これでは買い物すら苦労してしまいます」

「ん、あぁそうか。額面が額面だけに、大きいので渡してしまったな。少し待っていろ」


 そう言い残し、アルヴェスは部屋を出て行った。

 おそらく金庫室にでも向かったのだろう。


(そういえば、プラチナなんてこうして素手で触る事なんてなかったな)


 金やプラチナはあくまでも商品だ。

 商品価値を落とさないようにするためだけではなく、指紋を残さないように手袋をはめて触っていた。

 こうして直接手に取って、眺めたことなどなかった。


 ゲーム内とは思っていても、これだけリアルならその輝きを楽しむのも悪くないと思っている。

 なんといっても、目の前にある硬貨は自分の物なのだから。


「待たせたな」


 アルヴェスは少し大きい袋を持ち、部屋に戻ってきた。

 その袋を俊夫の前に置き、確認を促す。

 中には額面100万エーロの大振りな金貨が50枚入っていた。


「それでも大きいというのなら、悪いが商業ギルドにでも行って両替してくれ」

「わかりました、それではこちらはお返しします」


 白金貨の入った箱を半分、アルヴェスの方に返す。

 ここが異世界で、現実であると知っていたら返しはしなかっただろう。

 何か理由を付けて自分の物にしようとしていたはずだ。


 だが、俊夫はここをゲームの中だと思っている。 

 必要以上に稼いでも、どうせ現実には持って帰れないのだ。

 生活に困らぬ金があれば、強欲にならずとも良い。


 持つ者の余裕というやつだ。


 しかし、アルヴェスはその硬貨を受け取ろうとしなかった。

 しばしの逡巡の後、アルヴェスは箱を俊夫の方へと戻した。


「これも受け取ってくれていい」

「えっ、良いんですか?」

「あぁ。もし、この街のギルドがもっと予算があったのなら、10億だろうが100億だろうがくれてやるところだ。お前とは色々あったが、今回の件は本当によくやってくれた。ありがとう」


 そう言ってアルヴェスは右手を差し出す。

 俊夫はその手を取り、しっかりと握手を交わす。


(なんでこうなるのかわからないが、関係改善は損じゃない。長い目で見れば得になるだろう。あっ、そうか! 魔神探索のクエスト達成で評価値が上がったのか。だから、いきなり態度が変わったんだな)


 この世界における天神、魔神の戦争に関する知識のない俊夫は、クエストによる変化だと受け止めた。

 クエスト達成による”ギルドの評価””街の人の評判””善悪のカルマ値変更”

 そういったものは、基本的なシステムとして多くのゲームに採用されている。

 アルヴェスの態度の変化も、評価値の変化によるものだと思い込んでしまった。


「いえ、お役に立てたのなら幸いです」

「もちろん、役に立ったとも」


 そういって俊夫の肩を叩く。


「それでは皆に説明をしてきてはどうでしょうか? 私は誓約書に書いたので、何も話せないと言ってしまったので」

「誓約書は依頼完了までだから、説明を手伝ってくれてもいいんだぞ」

「今日は色々あって疲れました。ホテルに帰って休みたいですね」

「仕方がない。部屋の前に1人置いておく。裏口から帰るといい」

「ありがとうございます」

「今日は本当にご苦労だった」


 アルヴェスは最後に俊夫の肩を叩き、グッと強く握ると部屋を出て行った。

 

(まぁ、金を貰える分には遠慮はしないさ)


 他に誰もいなくなった部屋で、1億5,000万エーロにまで増えた報酬を胸ポケットのアイテムボックスにしまう。

 ここなら、カバンと違い盗まれる事はないだろう。


 ギルド長の部屋だ。

 高級そうな壺や絵画、魔物の皮などが部屋の中にはある。

 流石に今、これらを盗めば俊夫だとバレバレになってしまう。

 収入があった以上、危険を冒す必要はない。

 ギルド職員を殺した時とは状況が違うのだ。

 ついつい、手が動きそうになるのを我慢して退出する。


「私が裏口までご案内致します」

「えぇ、宜しくお願いします」


 部屋の前で待っていたのは女の職員。

 以前、エンリケに『あの人です』と言った職員だった。

 ついつい、俊夫は声をかけてしまう。


「その節はどうも」

「あっ、あの。申し訳ありませんでした。あの時は――」

「良いですよ。疑わしい服装してる方が悪いんですから」


 俊夫がそういうと、女職員はばつが悪そうな顔をして謝りながら、裏口へと案内する。


「それでは、皆さんにもよろしくお伝えください。失礼します」

「畏まりました」


 俊夫は軽く会釈をしてホテルへと向かった。



 ----------



 元凶は俊夫。

 騒動を大きくしたのも俊夫。


 それがなぜ、こんな演技をできるのだろうか。


 常人には理解できない。

 したくもない

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