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 ゾルド達が席に着く。

 本来ならば、ゾルド達とパーヴェル達とでテーブルで向かい合って話す予定だった。

 だが、パーヴェルのはからいによりゾルドとパーヴェルは上座に二人だけで座る事になった。

 ゾルドにとっては、ありがた迷惑である。

 しかし、それを口にしては仮初の友人関係が壊れてしまう。

 営業スマイルを浮かべる事で、心中の思いを誤魔化していた。


「お茶をどうぞ。ジャムは何杯入れますか?」


 ゾルドの前に紅茶が出される。

 メイドが居ないので、ソシア側の大臣か高級官僚と思われる者が皆に配っていた。


「ジャムって……。あぁ、そうか。俺はそのままで良い」


 ゾルドはロシアンティーとい物を思い出した。

 彼自身にはジャムを入れて紅茶を飲むつもりはないが、それを否定するつもりもない。

 レモンティーに砂糖を入れて飲むのと、レモンジャムを入れて飲むのとでは大差は無いと思っているからだ。

 ジャムに加工する前か後かの違いで、紅茶の中に入る物は変わらないからだ。

 なんとなく、ゾルドは紅茶を入れてくれた者の顔を見る。


「うぉっ」


 そこにはゾルドの郷愁を誘う、比較的見慣れた顔があった。


(芸能人だ!)


 ゾルドの母は古い映画が好きなので、時々一緒に見ていたから覚えている。

 渋いおじ様といった感じの顔もそうだが、鼻の下の筆髭も印象的だ。


(そりゃ、造形が俺の世界の誰かに似る事もあるよな)


 もしも、ゾルドの母がこの場にいれば、サインをねだっていたかもしれない。

 だが、ゾルドは知っている俳優に似ているというだけで、俳優本人では無い事を知っている。

 ただ、知っている俳優にそっくりな顔を見て驚いただけであった。


「ゾルド、ヨシフがどうかしたのか?」


 隣に座っていたパーヴェルがゾルドに話しかける。

 自分の部下がゾルド相手に不始末を起こしたのなら、処罰せねばならない。


「いや、ちょっと驚いただけだ。頑張れよ、ヨシフ。お前はきっと大物になる」


(俳優としてな)


 魔神との密談に同席させてもらえるような者に”俳優として大成しろ”というのはあんまりである。

 だが、周囲の者達は、ヨシフが政治家として大物になると言ったと受け取った。

 ゾルドはそっくりさんの存在を知っているから、俳優という事を前提に話している。

 その事を他の者達は知らないので、ゾルドがヨシフの才能を見抜いたのだと思い込んだ。


 特にソシア側の出席者の反応が顕著だった。

 ビスマルクはもちろん、ゲルハルト達も作戦参謀や軍官僚として優れている。

 優秀な者達を見抜く力があると、勝手に思い込んでしまった。


”プローインが滅んだから、失業者を雇ってみよう”


 そんな理由で雇い始めたとは思いもしなかった。

 これはゾルドを裏切らず、見事期待に応えたゲルハルトの功績である。


「ヨシフは母上が平民から登用した一人で、能力があるから書記としてそのまま使っている。ゾルドがそういうのならば、いずれは書記長にしてやってもいいな」


 パーヴェルが勝手に将来の人事を決める。

 だが、それに文句を言う者はいない。

 皇帝の権限が強い国なので、パーヴェルが望んだ事は全て実行されてしまう。

 だからこそ、勝手な事をされないようにゾルドが見張らないといけないのだ。


「人事には口出ししないし、好きにするといいさ。邪魔して悪かったな。後は任せる」


”後は任せる”


 非常に便利な言葉だ。

 自分には何も理解していない事を周囲に隠しつつ、部下を信頼しているという事をアピールできる。


「かしこまりました」


 ゲルハルト達がカバンから資料のような物を取り出す。

 ソシア側も、テーブルの上に大きな地図を広げ、同じく資料をテーブルの上に置く。


「クトゥーゾフ将軍。今回はゾルド様だけではなく、パーヴェル陛下も初めて会議に参加なされる。軽く今までの話をおさらいした方が良いと思うがどうだろうか?」

「貴殿の言う通りだ。では、私から説明しよう」


 ゲルハルトは説明役をソシア側の将軍に大人しく譲った。

 ここはソシアで、主戦力もソシア軍だ。

 出しゃばって彼らの面子を潰すよりも、面子を守る事を選んだ。

 人間とは愚かなもの。

 些細な嫉妬や恨みで、いつどこで足を引っ張られるかわからない。

 恨みを買わずに済むなら、それに越したことはない。


「ガリア軍がソシアに攻めて来る事は、様々な状況により確定的です。ですが、今は秋。まもなく冬が訪れるソシアには攻めて来ないでしょう。それでも、来年の雪解けの季節になれば、かならず攻めて来ます。その時の我々の兵士数はおよそ三十万程度。ガリアは五十万を超える予想です」


 この情報はゲルハルトから聞いていた。

 元々、彼らが協議した結果、出た結論だから当然だろう。


「ポール・ランドとの国境付近は平地が多く、寡兵での防衛は困難です。軍を立て直す時間を稼ぐ必要があります。ですので、魔族の協力を得て魔物を送り込んで混乱させ、それに乗じて攻撃するといった攻撃的な防衛計画を主に計画しております」

「なるほど」


 ゾルドは物知り顔でうなずいたが、その内心では”攻撃的な防衛計画ってなんだ?”と疑問に思っていた。


「ちなみに攻撃的な防衛というのは、攻めて来させないためにこちらから攻撃を仕掛けるという戦い方です」


 これはゾルドの疑問に答えたというよりは、パーヴェルに対する説明であった。

 そのお陰で、ゾルドの疑問も解消した。

 しかし、同時に新たな疑問が生じる。


「攻撃するって事は、損害も増えるよな?」

「その通りです。魔族と魔物次第ですが、双方共に半数の被害を受けると予想されています。ですが、損害を与え、冬まで耐えきれば戦力は大幅に回復します。そうすれば、防衛に必要なだけの兵士は確保できるはずです」


 武器を持たせれば兵士になるというわけではない。

 最近徴兵した者達が一人前の兵士になるまで時間を稼ぐ必要がある。

 そのために、半数――十五万――の兵士には捨て駒になってもらうらしい。

 だが、この方法には問題がある。


 ゾルドはゲルハルトに問題点を言えと視線を送る。

 ……しかし、ゲルハルトは首をかしげるだけ。

 それもそのはず、二人はまだアイコンタクトで意思疎通できるほどの仲ではなかった。

 やむを得ず、ゾルドは自分の口を開く事にした。


「その方法はダメだ」

「なぜでしょうか?」


 ゾルドの指摘に、クトゥーゾフが聞き返す。

 彼としては、現状でできる事を必死に考えたのだ。

 どんな理由なのかを聞いておきたかった。


「そんなに早い段階で魔族や魔物を使ったら、神教庁が出て来るぞ。そうなったら、普通の兵士じゃ相手にならないだろう。領内の守りやすい場所まで引きずり込んで、冬まで時間を稼ぐのじゃダメか?」


 ゾルドはソシアの広大な土地を利用する事を提案する。

 ソシア側は時間を稼げば兵士を育てる余裕ができると考えているようだが、そのために魔族を使ってしまえば、ガリア以上に厄介な相手を呼び寄せる事になる。


 それだけではない。

 ソシア兵の消耗を最低限にする必要がある。

 神教庁が動く前にガリア軍を追い払い、そのまま一気に攻め上がらなければならない。

 魔族の投入を最終局面まで我慢し、ソシア兵の損害を減らす。

 そのためには、攻撃的な防衛計画ではダメなのだ。


 とはいえ、それができるのなら、最初から採用している。

 採用しなかったのは、それ相応の理由があるからだ。


「最初はその線も検討しました。ですが、その場合は川沿いに布陣する事になります。ポール・ランドから先、守りやすいところといえばここになりますので」


 クトゥーゾフは地図に描かれた、二本の大きな川を指でなぞる。

 一本はサンクトペテルブルクの南にある東西に流れる川。

 もう一本はキエフの東を通る、南北に流れる川だった。


「このダウガヴァ川とドニエプル川を中心に守り、川の無いスモレンスク周辺は堅固な陣地を構築する事で守ろうという計画は考えました」

「なら、それで良いのではないか?」


 パーヴェルが横から口を挟む。

 ゾルドが意見しているのを見て、自分も会議に口を挟みたいと思ったからだ。


「それがダメなのです。ポール・ランド国境付近で守る場合に比べ、防衛線は三倍程度に伸びます。地域ごとの兵士数も三分の一になり、あっさりと各個撃破されてしまうでしょう。兵が少ない内は国内に引き込んでの防衛策は取れません」


 ――何をするにも、兵士が足りない。


 クトゥーゾフはそう言いたそうだった。

 何もかも全て、恰好付けて自分で指揮を執り、無様な敗北を喫したパーヴェルの責任だ。

 しかし、自分が仕えている相手なので正面切って責任を追及する事もできない。

 察してくれという空気を出すだけで精一杯だ。


「んー、それは違うんじゃないかな。多分、ラウルでも気付くと思うぞ」


 ゾルドは地図を見て気付いた事がある。

 おそらく、クトゥーゾフはソシア人だから当然過ぎて気付いていないのだろう。

 ゲルハルト達は、その存在をよく知らないから考慮する事も無い。


「えぇっっっ!?」


 突然、名前を挙げられたラウルが驚く。

 ラウルはホスエと一緒に護衛として宮殿に付いてきただけだ。

 会議が終わるまで、壁際の席で座って待っているだけだと思っていたのに、会議中に自分の名前が呼ばれるなんて思いもしなかった。

 突然の出来事に、ラウルは息を呑む。

 なお、テオドールは丁寧な言葉使いができないので、ホテルで留守番をしている。


「お前がガリアの皇帝ラウルとして、ソシアを攻める立場として考えろ。ドニエプル川の東側……、キエフの東側だな。そっちに攻めたいと思うか?」

「まさか。ヒュドラやアンデッドがうろつくところを攻めるなんて考えられません。キエフの西側だって十分危険地帯なんですから、兵士がエサになるだけですよ」


 ラウルはゾルドと共に武者修行の旅に出ている。

 その時に現地で大型の魔物を見て知っていた。

 おそらく、この世界で手に入る最高クラスの装備を持っていても、命の危険を感じる事はいくらでもあった。

 人間相手に戦う一般兵の装備では、何万何十万という数がいてもエサでしかない。


 クトゥーゾフはソシア生まれのソシア育ち。

 強力な魔物がいて当たり前、軍を移動する時は大型の魔物を避けるのも当たり前。

 その考えがあるからこそ、軍が魔物に襲われるという考えが抜け落ちてしまっていた。


 ゲルハルトは魔物の恐ろしさをわかっていない。

 プローイン近辺では、魔物がいても小型の魔物。

 人間が普通の剣や槍で対処できる程度の相手だった。

 船で移動してきたこともあり、ソシアの強力な魔物の事を理解できていなかった。


 この会議室の中で、大型の魔物の恐ろしさを肌で実感した事があるのは、ゾルドとホスエ、ラウルの三人くらいだ。

 他の者達は知識では知っていても、本当の恐ろしさを知らない。


「そういう事だ。こっちのダウ……、なんとか川の方だけ集中して守れば良いんじゃないか? キエフ周辺は放っておいても良いだろう」


 ゾルドはダウガヴァ川を指差す。

 地図で見る限りでは、ポール・ランド国境付近と同じか、少し長いくらいの防衛線になるだろう。

 だが、広い平地の続く国境付近に比べれば守りやすい。

 ここで守れば、被害を少なくして守り切る事ができる。

 奪われた土地は訓練の終わった兵士を加え、魔族を先頭に奪い返せば良い。


「それは……、検討してみる余地はあります。いえ、してみるべきでしょう」


 返事をした後、クトゥーゾフが地図を睨みながら何かを考えている。


「まさか、国土の防衛を放棄するなんて……。ソシアの広大さと魔物の存在を甘くみていました」


 ゲルハルトも驚いていた。

 プローインの国土は狭い。

 魔物が敵兵を倒してくれるだろうからといって、国土を敵軍に明け渡すなどという発想は無かった。


「なんでゾルドはそんな発想ができるんだ?」


 これはパーヴェルの発言だ。

 ゾルドからは自分と同じ無能の匂いがしていた。

 なのに、無理だと思われた領内での防衛に可能性を見出す発言をした。

 正直なところ、少し嫉妬を感じている。


「俺は守る物が無いからだ。この川まで防衛線を下げるとなると、一時的にとはいえ見捨てられた地域の貴族とかがうるさいだろ? この国の人間なら色々としがらみを考えてしまうが、俺はそんな事は気にしない。だからだろうさ」


 まさか”シミュレーションゲームのAIだって、ダメージゾーンは迂回する”なんて事から”ガリア軍もソシアの東側には近づかないんじゃないか”と思いついたなどと言えるわけがない。

 それっぽい事を言って煙に巻いた。


「なるほど、皇帝では気が付かないという事か」


 今度は落ち込む。

 皇帝という立場が、自由な発想を阻んでいると思ったからだ。

 そんなパーヴェルを、ゾルドが慰める。


「適材適所ってやつだ。政治家に軍事がわからないように、軍人に政治はわからない。いつか皇帝にしかわからない事も出てくるだろうから、その時は頼りにするさ」


 肝心な”皇帝にしかできないこと”が思い浮かばないが、とりあえずこの場を誤魔化せればどうでも良かった。


「もしかしたら、魔物は関係なくキエフ方面には攻めないかもしれませんよ」


 ホスエが話を聞いて、何か思いついたようだ。

 ある程度の確信がある目つきをしている。


「どういう事だ?」


 ゲルハルトが聞く。

 まさか、身内から新情報が出てくるとは思っていなかったからだ。


「雪解けの季節には、神教騎士団の部隊がソシアの魔物狩りに出かけます。サンクトペテルブルクやモスクワといった大都市のある北部ではなく、キエフの東側。ドネツク、ハリコフ、クルスク、ツァリーツィンといった南部方面の街を中心に活動します。ソシア南部を攻めるという事は、神教騎士団の活動を阻害する恐れがあります。それは避けるのではないのでしょうか?」


 ホスエの言葉にどよめきが起きる。 

 軍人はどうしても戦争相手の事を考えてしまう。

 戦闘状態にならない相手の事は想定の範囲外だった。


「それならば、冒険者に関しても同様です。街が略奪に遭えばその街を活動拠点にしている冒険者が困ります。ガリア軍に通達すればソシア南部からは目を逸らせます」

「それだけじゃない。もし、ガリア軍の一部の部隊が暴走して略奪すれば、冒険者達が自己防衛のために戦ってくれるかもしれん」

「首都方面の防衛に集中しても良さそうだぞ」


 軍人達の議論が活発になり始めた。


”自軍の被害を最小限に、敵軍には最大限の被害を与える”


 それが将官としての役割だ。

 誰だって大損害前提の作戦などやりたくない。

 光明が見えたのならば、そこへ続く道を切り拓いていく。

 その努力を惜しむつもりは無かった。


「南部の穀倉地帯とは一時的に輸送網が途絶えるが、ゾルド様があらかじめ兵糧をソシアに運搬するように指示を出されている。今から備蓄を始めれば、なんとか乗り切れるかもしれん」

「なんと! まさに神の千里眼。そこまで見抜かれておるとは!」


 それからは専門的な言葉を使って議論し始めた。

 ゾルドも専門的な話にまでは首を突っ込めないので、理解のある上司面をして黙って話を聞いていた。

 作戦会議ではいつも首を突っ込むパーヴェルも、この時ばかりはゾルドの姿を指導者の理想像とし、ゾルドの真似をして口出しせずに黙って会議を見守っていた。

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