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 レジーナをベッドに運んだ後、三人の女エルフ達が入って来た。

 エルフは若く見えるのに、皆がオバサンからお婆さんに見える。

 かなりの年配なのだろう。

 一緒に来た精霊達が、目障りな事この上ない。


「出産の手伝いをしてくれるのは助かるが、手ぶらで大丈夫なのか?」


 ゾルドの中では、出産は産婦人科で医者が診るものだ。

 桶やタオル程度しか持って来ていない事に不安を覚えた。


「何言ってんだい。こんだけエルフがいりゃ、何も心配いらないよ」


 小太りのオバサンエルフが答えた。

 それでも納得していない様子のゾルドに、さらに説明を続ける。


「どうせ”何か薬が必要なんじゃないか”って思ってるんだろうけど、あたしらなら回復魔法でどうにでもなるって事さ」

「あぁ、なるほど」


 昔の出産は出血や感染症で死ぬ場合もあると、ゾルドも何かで見た覚えがある。

 だが、この世界では魔法のお陰で、下手な産婦人科医に任せるよりも安心できそうだ。


「それで、俺は何をすればいい?」

「女房の手でも握ってな。出産の時に男のできる事なんて何も無いよ」


 ゾルドの申し出を一言で断った。

 エルフの女達も、あくまでサポート役。

 出産はレジーナが頑張るしかない。

 種を蒔く事しかできないゾルドに、この場で出来る事は何も無かった。


「俺も出産に立ち会うのは初めてだ。頑張れよ」


 そう言って、ゾルドはレジーナの手を取る。

 既に十人以上の父親だが、出産現場に立ち会った事は一度も無い。

 こんなに苦しむものだとは思いもしなかった。


 エルフの女達はレジーナに妊娠期間などを質問する。

 そして、魔法でお湯を沸かしたり、レジーナの股間を確認したりしていた。


「なぁ、精霊達を出て行かせてくれないか? さすがにこんだけいるとな……」


 さすがに味方に付けようとしていた相手に鬱陶しいと口に出さないだけの分別はある。

 だが、目障りなのは確かだ。

 部屋の隅で大人しくしているのならともかく、飛びまわったりされるのは勘弁願いたい。

 ゾルドですらそうなのだ。

 苦しんでいるレジーナなら、もっとウザイと思っていると思い、出て行かせるように頼む。


「良いのよ。精霊に囲まれて子供を産めるなんて最高じゃない」


 しかし、レジーナはそんな事を考えていなかった。

 エルフ種として”精霊に見守られながら生まれて来る子供は幸せだ”とすら思っていた。

 ブリタニア島にも精霊はいるが、その数は極わずか。

 多くの精霊に見守られている状況は、レジーナにとっても嬉しい事だった。


「そういうところはダークエルフも、やっぱり同じエルフ種なんだね。……混ざり物の子供を産むのは理解できないけどね」


 皆の視線がゾルドに集まる。

 どう見てもエルフではない。

 純血を好むエルフにとって、異種族との間にできる子供はあまり歓迎できるものでは無かった。


「私も昔はそう思ってたけれど……。好きになったら、そんな事どうでも良くなったわ」

「そんなものかねぇ」


 彼女達は異種族を愛するという事を理解できなかった。

 精霊は好きだが、性愛の対象にはなりえない。

 そして、フェアリーランドには精霊以外にエルフしか住んでいない。

 理解するつもりもなかったし、理解する機会も無かった。


「あたしゃ連れ合いを先に亡くしたから、死ぬ前に試してみてもいいねぇ」


 老婆がゾルドにウィンクをする。


「お断りだ」


 ゾルドはキッパリと断る。

 ゾルドの好みは若い女だ。

 さすがに、何百年と生きて良そうな老婆エルフと関係を持つ気は無い。


「もう、セルマったら。これから子持ちになる人を誘ってどうするのよ」

「そりゃ断られるわよ」


 精霊達が老婆にツッコミを入れる。


「なんだい、まだまだイケると思ってたんだけどねぇ」


 セルマと呼ばれた老婆がセクシーなポーズを取りながら言った。

 その言葉に、部屋の中は明るい笑い声が響き渡る。

 出産の前なのに、重い空気はない。

 出産はエルフにとって命懸けの事ではないという事だ。

 もっとも、レジーナの苦しみを和らげるような魔法は無いので、彼女だけは笑うどころでは無かった。


「頭が出て来たわ!」


 レジーナの股間を見ていたエルフが叫ぶ。

 ゾルドもレジーナの手を握りながら、そちらを見る。


(うわっ、こんなの出て来るのか……)


 すでに赤子の頭頂部が見え始めていた。

 そのサイズは大きく、ゾルドが”尻の穴が切れそうだ”と思ったほどの太い大便以上に大きい。

 そんなものが出て来る光景に、見ているだけでも背筋が凍りそうな思いをしていた。


「頭が出たら後は楽よ。さぁ、もうちょっと頑張って」


 オバサンエルフがレジーナを励ます。

 彼女の経験から来るアドバイスなのだろう。

 レジーナはそれを信じて、早く生み出そうといきむ。

 頭が出たかと思うと、その後はニュルンと体が体内から引きずり出され、赤子が産声を上げる。


「産まれた?」

「あぁ、元気そうだ」


 憔悴しきったレジーナの質問にゾルドが答える。

 産湯で洗われている子供は、体のどこにも異常は無さそうだ。

 子供を産んだレジーナの方が心配なくらいだった。

 そのレジーナも、魔法で体力を回復したり、病気にならないようにされている。


「おめでとう!」

「今日はお祝いだ!」

「きっと良い王様になるよ」


 精霊達が二人の子供を見て騒ぎ出す。


「王だって?」


 ゾルドが近くの精霊に聞く。


「そうだよ、王だよ。よくわからないけど、わかるんだ!」


 わからないのはこちらの方だ。

 だが、二人の子供に何かを感じているのだろう。

 子供が産まれた事を喜ぶには大げさ過ぎる。


「こんな事初めてよ。あなた何者なの?」


 ただの人間とダークエルフの子供にしては精霊の騒ぎ方が尋常ではない。

 今になって、出産を手伝っていたエルフ達がゾルドの正体を聞いてきた。


「俺はゾルド。魔神ゾルドだ」

「魔神!? それじゃあ、私達は魔神の子を産む手伝いをしていたの?」


 彼女達も人間に嫌気が差してフェアリーランド来た口だ。

 とはいえ、年寄りほど天神側陣営としての帰属意識が強い。

 魔神の手伝いをした事に動揺していた。


「魔神か天神かなんて関係ない。肝心なのはどんな世界を作るかだろう。天神の作った世界は素晴らしい世界だったか?」


 ゾルドの言葉はエルフ達の胸に突き刺さる。

 少なくとも、フェアリーランドに移住して来た者にとって、良い世界だったとは言えないからだ。


「あなたが作る世界が素晴らしい世界とは限らないじゃない」

「少なくとも、俺の子供は精霊に歓迎……。おい、お前ら。さすがに離れろよ」


 産湯の周辺に多くの精霊が集まり過ぎて子供が見えない。

 もしも、精霊が人肉を食べる種族なら、すでに骨も残っていないだろう群がりようだ。

 見ているだけでも気持ち悪くなり、さすがにゾルドも注意をする。


「精霊に愛されているのね。良かったわ」


 レジーナが安堵の声を出す。

 ハーフエルフの子供でも、精霊に受け入れられたと安心したのだ。

”王”と呼ばれた事が気がかりだったが、悪い事ではないだろうと深く気にしなかった。


「最初はどちらが抱くの?」


 身体を綺麗にされ、布を巻かれた子供をどちらが最初に抱くのか聞かれる。


「レジーナに渡してやってくれ」


 ゾルドはレジーナに譲った。


「良いの?」

「あぁ、ずっと待ち望んでいたんだろ? 最初に抱けよ」

「それじゃあ、こっちに」


 レジーナはオバサンエルフから子供を譲り受ける。

 初めて抱く我が子。

 恐々と、しかし優しく抱きしめる、


「私の子……」


 レジーナは頬ずりをする。

 ジャックやカズオ達のように、他人の子ではない。

 自分が腹を痛めて産んだ子。

 腕の中にある小さな命に、涙を流しながら感動していた。


「それで、この子の名前は考えてくれたの?」


 レジーナは出産後、もっとも気掛かりな事をゾルドに聞く。

 カズオやジローのように、この世界の者にとってわかりにくい名前は嫌だと伝えていた。

 ちゃんとした名前を考えてくれているのか、それが心配だった。


「もちろんだ。その子の名前はレス。これはちゃんと俺の家系にふさわしい名前だ」


 ゾルドの本名は佐藤(さとう) 俊夫(としお)


 ――砂糖と塩。


 そして、ゾルドの父は佐藤(さとう) 浩太(こうた)


 ――砂糖買うた。


 レスは佐藤(さとう) レス。


 ――砂糖(シュガー) 無し(レス) となる。


 佐藤家直系男子にふさわしい名前を、ちゃんとゾルドは考えていた。

 ちなみに、ゾルドの母は佐藤(さとう) 琴代(ことよ)

 旧姓南乃(なんの)だ。


「レス。無事に生まれて来てくれてありがとう」


 泣き声を上げるレスに、レジーナは感謝の言葉を言った。

 ゾルド相手に”子はかすがい”という効果は期待できない。

 だがそれでも、二人の愛が実を結んだ事が嬉しかった。


「さぁ、あなたも」


 レジーナがゾルドにレスを差し出す。

 ちゃんと子供を抱いてやってくれという意思表示だ。


「あぁ……」


 ゾルドも子供を抱くなんて初めての事だ。

 抱いて潰したりしないよう、恐る恐る抱き上げる。


「やっぱり、俺には無理だ。落としそうで怖い」


 ゾルドはすぐにレジーナに子供を返した。

 落としそうで怖いというのは言い訳だ。

 非常に弱く脆い存在が、自分の腕の中で無防備でいる。

 その事に、なぜかゾルドは耐えきれなかった。


「もうだらしない。それでも魔神かい」


 そう言いながら、老婆のエルフがゾルドの尻を叩く。

 神とはいえ、子供の扱いにビビる姿を見て”しょせんは一人の男”と判断したからだ。

 同じような姿の男達を、他のエルフの出産で見て来た。

 種族は違えど、男という生態に変わりは無い。


「レス、早く大きくなって私達の王様になってね」

「そうなると、フレイは王様じゃなくなるね」

「だったら、フレイは大臣になってもらおうよ」

「いよっ、お大尽」

「なんかそれ、違わなくない?」


 精霊達がまたレジーナの胸元に抱かれているレスの周囲に群がり、好き勝手な事を言っている。


「この子、まだ目が閉じてるのに精霊が見えてるみたい」


 レジーナがレスの手の動きを見て、そのように判断した。

 確かに近くを飛ぶ精霊を触ろうとしているようにも見える。


「気配とかそんなのを感じ取ってるのかもな」


 そこでゾルドは一つの可能性に気付いた。


(もしかして、精霊関係のスキルを持って生まれて来たのかもしれないな)


 魔神とダークエルフの血を受け継いだために、何かの力を持っているのかもしれないと考えた。

 ゾルドの知る限り、ジャックもハーピーが得意とする風属性以外の魔法も使える。

 魔神の血には、相手の種族の力を最大限に引き出すような効果があるのかもしれない。

 レスもエルフ系の精霊に関する能力が最大限発揮されたのだろう。

 ゾルドはそのように考えた。


「ねぇ、やっぱり一緒に戦おうよ。その方がレスのためにもなるよ」

「そうだ、そうだ」


 生まれた時から精霊の好感度MAXのレスのお陰で、精霊達が戦争に協力する方へと傾いていた。

 元々、今の境遇に不満を持っていたのだ。

 戦う理由ができたのならば、今度は中立を保つ理由などない。


「ちょいとお待ち。戦うってどういう事だい?」


 その流れに、出産を手伝ったエルフ達が待ったをかけた。

 彼女達は、まだゾルドの話を聞いていない。

 なぜ精霊達が好戦的になっているのかがわからなかった。

 そんな彼女達に、ゾルドが軽く説明をしてやる。


「そういう事だったのかい。でも、安全な暮らしも良いもんだよ」

「みんなで仲良くできる世界が、本当にできるのなら良いんだけどねぇ」

「どうせ、人間やドワーフとは考えが合わないしね」


 長く生きているだけあって、ゾルドの言う事を鵜呑みにはしない。

 精霊達が単純すぎるだけだ。


「どうするのが良いのかは、皆で話し合って欲しい。これは、出産を手伝ってくれたお礼だ」


 ゾルドは内ポケットから焼き菓子が詰め込まれたバスケットを取り出し、それぞれ一つずつ手渡した。

 これはゾルドが自分で食べるために、多く注文しておいたものだ。

 その一部をお礼として手渡した。


「おや、良いのかい?」

「どうぞ、どうぞ」


 ゾルドは笑顔で返事をする。


(こんなド田舎にいるんだ。砂糖をふんだんに使ったお菓子に飢えてるんだろう? ありがたく受け取れよ)


 ゾルドは村の様子を見て思った事がある。


”食料には困って無いようだが、嗜好品は不足しているのではないか?”


 魔法で植物を栽培するにしても、雪に覆われた土地では限度があるだろう。

 その場合、麦などが中心でお菓子に使うような物は後回しになるはず。

 事実、精霊達が今にも飛びつきそうな様子を見せている。

 ゾルドの予想は大きく外れてはいないようだ。


「お前達の分もあるから安心しろ」

「やったー」


 精霊達は狂喜乱舞し、部屋の中を暴れ回る。

 ウザくなったゾルドは、リビングに向かう。


「フレイ、無事に生まれたよ。助かった」


 さすがに人妻のあらわな姿を見るわけにもいかず、リビングで待っていたフレイに話しかける。


「元気な産声が聞こえたので、すぐにわかりましたよ。おめでとうございます」

「ありがとう。良ければこれを精霊達と一緒に食ってくれ」


 テーブルの上にお菓子や果物を置く。

 すると、部屋からゾルドの後に付いて来ていた精霊達が飛びついた。


「この気候で育つ物は限られますから、外の物はありがたいです」


 フレイが礼を言うが、ゾルドの耳には入って来なかった。

 精霊達の食べる姿に気を取られていたからだ。


(こいつら、果樹園農家にしてみたらイナゴと変わらない害虫みたいに思われるだろうな……。まぁ、天神に勝った後の事なんて知らねぇけどさ)


 背中に羽が生えているシルフのせいで、本当に虫が果物にたかっているように見える。

 その姿を見て、精霊狩りは魔道具の素材にされるだけではなく、害虫駆除の一面もあるのではないかとすら思えて来た。

 だが、ゾルドにはそんな事はどうでもいい。

 力さえ借りられれば、農家が困ろうが知った事ではない。


「精霊達が大自然で暮らす。その方が自然なのかもしれないな」 

「……そうですね」


 フレイもゾルドの意見に賛同した。

 ゾルドは虫のような存在として自然にいる方が自然だと言ったのだが、フレイは窮屈な思いをさせず、もっと自由に暮らさせたいという思いで言っていた。


「奥様も出産されたばかり。今日は我が家に泊まって言ってください」

「ありがとう、助かるよ」


 ゾルドは礼を言って、レジーナのところへ向かう。

 出産で体力を消耗しているはず。

 レジーナにも何か食べさせた方が良いと考えたからだ。

 同時に、新しい心配事もなんとかならないか考えていた。


(生まれたばかりの赤ん坊とか、長距離移動させていいのか? 俺の子だし、体力はありそうだけど。レジーナも、もう一日産むのを我慢してくれればいいのに)


 ゾルドは子供が産まれた事を喜ぶよりも、移動がどうなるのかだけが心配だった。

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