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”ストックホルムは寂れた漁村”というのがゾルドの感想だった。

 木造の家が立ち並び、街壁すらない。

 船の出入りは漁船程度で、船の出入りはロッテルダムと比べるまでもなかった。

 写真で”日本のド田舎にある寂れた漁村だ”と言われても違和感はないだろう。

 だが、住人の数だけは多かった。


「みんなー、お客さんだよー」

「おっ、ダークエルフだ。初めてみた」

「隣は旦那さん?」

「魔力以外は冴えない感じだね」

「あぁ、もう。お前ら散れ」


 村に入るなり、様々な種類の精霊が羽虫の如く群がって来た。

 周囲を飛び回る者もいれば、足元に集まる者もいる。

 下手に身動きすれば、踏み潰してしまいそうだ。

 精霊が踏み潰して死ぬのか試したいところだが、穏便な話し合いをしに来たところなので、そんな事はできない。

 傷付けないように、手で追い払おうとするだけだ。


「あー、レジーナだ! 久しぶりー」


 ゾルドが払いのけようとした羽虫――シルフ――の内の一人が、レジーナに声を掛ける。


「あなた……。もしかして、大陸で出会ったシルフ?」


 レジーナが精霊と知り合った事は、魔神捜索中のに出会ったシルフくらいしか覚えが無かった。


”ワルシャワでレジーナの正体がバレるきっかけを作ったシルフ”

”ベルリンでゾルドを手料理で出迎えようとした時に、料理の作り方を教えてくれたシルフ”


 どちらも同一個体だった。

 ならば、その時のシルフと再会したのだろうと考えるのが自然だ。


「そうだよー。あの時の人と仲良くなったみたいだね。おめでとー」

「ありがとう。あなたも無事に帰れたのね」


 魔族は忌み嫌われているが、精霊は好かれている。


 ――金づるとして。


 一部の魔道具を作るのに、精霊を組み込まなければならない。

 だが、そのほとんどがフェアリーランドに引きこもっており、たまに観光に訪れる精霊を捕まえるしかない。

 多くの者達に精霊の訪問は素材として歓迎され、フェアリーランドを出て行った精霊は帰ってくる事は無かった。

 このシルフが無事に帰って来れたのは、運が良かったというしかない。


「レジーナ。知っている奴がいるなら、こいつらに道を開けるように言ってくれ」


 周囲を飛び回るどころか、今では頭や肩の上に乗ったりし始めている。

 ゾルドは鬱陶しくなり、一刻も早くこの場を立ち去りたかった。

 そこへ、一人のエルフの男が近づいて来る。


「皆さん、そこまでです。お客様がお困りですよ」


 彼は優しい笑顔でやんわりと注意をする。

 だが、その効果はあった。

 ゾルド達の周囲にいた精霊たちが、少し距離を取る。


「フレイが言うんじゃしょうがないよねー」

「後で話そうぜ。なっ」


 注意をされて離れたが、まだ名残惜しそうにしていた。

 閉ざされたコミュニティで暮らしているから、彼らは外部からの刺激を欲しているのだ。

 変わり映えしない景色と面子には、とっくの昔に飽きている。

 そんなところへ外部から客人が現れた。

 外の話を聞きたいと思うのは当然の事だった。


「身動きできなくなってたから助かったよ。俺がゾルドで、こっちが妻のレジーナだ」


 精霊達が彼の事をフレイと言っていたので、フェアリーランドの代表者であるエルフのフレイだろうと、ゾルドは思った。

 さすがに代表者の名前と種族くらいは聞いている。

 エルフだからといって、エルフ全てがゾルドの敵だというわけではない。

 話し合いのできる相手だっているのだ。


 精霊狩りをする人間達に嫌気が差したエルフは森に隠遁する事を選んだ。

 その中にはフェアリーランドへ移住し、精霊達と暮らす事を選んだエルフ達もいる。

 フレイもその一人だった。


 精霊は純真な者ばかりで、交渉には向いていない。

 フェアリーランドが外部と交渉する必要がある場合は、エルフが代表する事になっていた。


「私はフレイです。フェアリーランドの代表者として、ニーズヘッグさんからお話は伺っております。立ち話もなんですので、私の家へお越しください」

「よろしくな」


 ゾルドとレジーナはフレイと握手を交わす。

 それが当たり前という態度のフレイに、ゾルドは疑問を投げかける。


「お前は魔神やダークエルフに抵抗が無いようだな」


 エルフといえば、天神側として千年前に魔神や魔族と戦った種族だ。

 ゾルドに普通の対応をする方が不自然である。

 わざわざ聞かなくても良い事なのだが、ゾルドはつい聞いてしまった。


「千年間現れなかった魔神よりも、身近なところにいる相手の方が憎くなるものですよ」


 人間やドワーフは森林を伐採し、鉱物資源を採掘しては鉱毒を垂れ流す。

 精霊の事を抜いても、自然を愛するエルフと他種族は相容れなかった、とフレイが話した。


「それに、ダークエルフは広義に解釈すれば、同じエルフ族。人間やドワーフよりも、よっぽど話の合う相手になるでしょう」


 魔族をブリタニア島に閉じ込めた事で、共通の敵がいなくなった。

 そのせいで、協力し合う理由がなくなり、お互いの嫌なところが目に付くようになったのだ。

 今では魔族の方が付き合う相手として、まだマシと思えるくらいに。


「そういう事か。そこのノームとシルフも連れて行っていいか。話に参加して欲しいんだ」


 ゾルドはヘヴィメタルバンドのノームと、レジーナの知り合いであるシルフを指差す。


「えぇ、構いませんよ。ですが、その場合――」

「私も行きたい、行きたい!」

「俺も!」

「なんでその子達だけ? 私も行きたい」

「王様ぁ、私もー」


 フレイの言葉を遮るように、他の精霊たちが騒ぎ出した。

 せっかく外部の者の話を聞ける機会が目の前にあるのに、お預けを食らうのは我慢できないからだ。

 しかも、フレイだけならともかく、ノームやシルフも一緒となれば”自分も聞きたい”となるのは仕方のない事だった。


「――と。まぁ、このようになります」

「家主のあんたが良いなら俺は問題無い。けど、王様だったのか?」


 精霊の王といえば、もっと凄い精霊だろうという漠然としたイメージがあったが、目の前のフレイが王様というのは意外だった。

 エルフの年齢をゾルドには見分けられないが、まだ若そうに見える。


「みんな、私の事をからかっているだけですよ。誰かが”代表って言ったら王様だよね”と言ったせいで、時々そう呼ばれるんです。では、こちらへ」


 フレイはゾルド達を先導して歩き出した。



 ----------



 フレイの家は、代表の家としてはこじんまりとした家だった。

 さらに、多くの精霊達が部屋の中にいるせいで、より一層狭く感じる。

 ゾルドは暖かいお茶を一口飲み、口の中を湿らせると口を開いた。


「この度、通行の許可を出してくれて感謝する。レジーナの腹を見て貰えればわかると思うが、妊娠中に船で長距離の移動はさせられなかったから、非常に助かった」


 まず、ゾルドはお礼の言葉を伝える。


”お礼の一言も無しか”


 という悪印象を持たれたまま会話するより、お礼の言葉を伝えておく方が無難だからだ。


「いえいえ、こちらも色々と思うところがありましたので」


 ゾルドとしては、フレイの返答は好感触だった。

 中立を標榜する精霊達。

 そんな精霊の国であるフェアリーランドが魔族の通行を許可した。

 しかも、ソシアへ向かう軍の通行までもだ。

 先ほどフレイが話した内容を考えれば、天神側陣営に隔意を抱いている証拠だ。


「思うところ、ねぇ……。こちらとしては、より深い関係を望みたいところだ」


 天候を操れるほどの力を精霊達は持っている。

 味方に付ければ、ソシアなどよりもずっと頼りになる仲間となるだろうと、ゾルドは思っていた。

 そんなゾルドに、ノームが異議を唱える。


「俺達は反対だ。天魔戦争に巻き込まれて、フェアリーランドまで失ったらどうする! 殺し合いなんて、やりたい奴にやらせておけばいい」


”そうだ、そうだ”と、外野からも賛同の声が上げられる。

 それはフレイも同意見だった。


「私もこれ以上の関係は望んでいません。ただ、完全に外部との関係を絶つよりも、少しは交流があった方が良いと思ってはいます」


 フェアリーランドは安全だ。

 安全だからこそ、退屈する。

 外部との交流をする事で、フェアリーランドを抜け出して人間に捕まるような精霊を減らそうというのが、フレイの考えだった。


「確かにその通りだ。戦争なんてしたくないよな。だがなぜ、精霊は千年前に中立を保っていたのに、フェアリーランドに押し込められているのか考えた事はあるのか? 戦争するかしないかなんて関係ない。勝者の枠組みに入れるかどうかだ。お前達は中立を保って勝者の枠に入れなかった。今度も同じ過ちを犯すつもりか?」

「!?」 


 中立は”どちらの敵でもない”という意味ではない。

”どちらの敵にもなる”危険性を孕んだ、潜在的な敵として見られる。

 それよりは、自分の味方になれとゾルドは言いたかった。


「俺は魔族だけが味方じゃない。弟のように可愛がってる奴は獣人だ。人間の腹心だっている。特定の種族だけを優遇するんじゃない。全ての種族がそれなりに仲良く暮らしていける世界を作りたいんだ」


 ゾルドは自分の考えを話始める。

 もっとも、ビスマルク言い出した共存の世界を、耳障りの良いようにまとめただけであったが。


「なぁ、レジーナの知り合いのシルフ。お前は大陸側に行って楽しかったか?」

「えっ、わたし?」


 突然、話を振られたシルフが驚く。

 だが、皆の注目を浴びるのは嫌いではない。

 テーブルの中央に降り立つと、大陸での体験を話し始めた。


「んっとねー、ご飯が美味しかった。果物も食べきれないほど一杯あったし、お花のベッドとか良い香りがしてグッスリ眠れたよ。お馬さんが木に繋がれてたから、縄を切ってあげたりもしたんだよ」


 シルフはクスクスと笑う。

 馬を逃がしたら人間が困るとわかって悪戯していたのだろう。


「すっごく楽しかった。ここには無い物が一杯あったもん。また行きたいな」


 シルフの話は他の精霊達には羨ましく、フレイには苦々しく受け取られた。


「勝手にフェアリーランドを出てはいけないと言ってるでしょう」


 人間に捕まって困るのはシルフだ。

 だが、だからといって見過ごすわけにはいかない。

 真似をするような者が出ては困るからだ。

 実際、今の話を聞いた他の精霊も大陸に興味が出て来たようだ。


「ごめんなさい」

「まぁまぁ、そう怒らなくても。全て歪な世界が悪いんだ」


 ゾルドはシルフを庇ってやる。


「俺が作ろうとしている世界は、魔族も人間も獣人もエルフも関係無く仲良く暮らせる世界だ。もちろん、そこには精霊も含まれる。特定の種族が社会から排除される事の無い、平和な世界だ。お互いに習慣の違いなどがあるから、多少の配慮は必要だろうけどな。行きたいところに、好きな時に行けるようになるぞ」


 神は厳しい試練を与え、悪魔は甘い言葉で誘惑する。

 言うまでもなく、ゾルドは悪魔の側だった。

 ゾルドの甘い言葉に、精霊達は騒ぎ出す。


「落ち着きなさい」


 フレイが精霊達を宥めようとするが、興奮した精霊達を抑えきれない。


「俺は約束した事は守る。精霊の力を貸して欲しい」


 ゾルドには精霊がどの程度の事をできるのかわかっていないが、天候を操れるというだけで十分だった。

 ロマリア教国や、その近辺の穀倉地帯に雪を降らせて農作物を作れなくする。

 それだけでも、大幅に力が削がれるはずだ。

 戦いを有利に動かせるようになる。


「ゾルドさん、あなたの言う事はとても魅力的に聞こえます。ですが、今すぐ答えを出せるような内容ではありません。精霊たちが落ち着き、他の地域に住んでいる者達とも話し合わねばなりません。正式な返答はもうしばらく待ってください」


 代表者として多少の事は決められるが、フェアリーランド全体に係わるような事は決められない。

 精霊達が乗り気だったとしても、エルフ達が話しに乗る危険性を考えて、宥めるかもしれない。

 ゾルドの申し出は、穏やかに暮らしていたいと考える者にとって、劇薬以外の何物でもなかった。


(まだ協力を申し込んだだけなのに……。実は結構脈があるんじゃないか?)


 ゾルドの想像以上に、精霊達は今の境遇に鬱屈とした思いで日々を過ごしていたのだろう。

 それは事実だった。

 魔族と違い、中立を守っていたのに、今では魔族と変わらぬ扱いをされている。

 いや、交易が出来ている分、魔族の方がマシかもしれない。


”戦わなかったのに、なんでこんな事に……”


 その思いは非常に強かった。


(どうする? このまま押すか、それともフレイの言うように少し話し合う時間を与えた方が良いのか? 精霊は人間とは違うから、判断し辛いな)


 ゾルドが意見を求めてレジーナの方を見ると、苦しそうにお腹を押さえている。

 しかも、お漏らしをしており、床にまでビチャビチャに濡れていた。


「あー、気付かなくて悪かった。フレイ、済まないがトイレを貸してくれるか?」


 フェアリーランドは非常に冷える。

 しかも、いきなり代表者のフレイとの話を始めていた。

 トイレに行きたいと言い出せなかったのだろうと、ゾルドは考えた。


「違うわよ、馬鹿! 産まれそうなの……」

「えぇっ」


 予想外の事態に、ゾルドは驚くだけ。

 最初に行動に移ったのはフレイの方だった。


「ゾルドさん、私の寝室のベッドへ運んでください。みんなは、付近の女性を呼んできてください」

「りょうかーい」


 フレイは素早く精霊達に女性陣を呼ぶように頼んだ。

 さすがに男である自分が出産に立ち会うわけにはいけないからだ。


「なんでもっと早く言わなかったんだよ」

「お腹が痛くなってきたと思ったら……、痛みで何も言えなくなったのよ……」


”よけいな事を言わせるな”という表情をするレジーナに、ゾルドはそれ以上何も言えなかった。

 今の言葉も、絞り出すような声だったからだ。


(やべぇ、予定が狂った)


 出産はソシアでするはずだった。

 こんな事になるならば、船で他のみんなと一緒にソシアへ向かった方が良かった。

 己の判断ミスを悔やみながら、ゾルドはレジーナをベッドへと運んで行った。

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