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 ゾルド達はレジーナの実家に一泊した。

 メルヴィナとは、これから会う事ができなくなるからだ。


 ソシアがオストブルクやポール・ランドと同盟を組み、ガリアの主力部隊を倒す。

 その時、魔族によってガリア本国を襲撃し、一気に蹂躙する。

 オストブルク軍は魔族に対抗しようと対陣したところを、ソシアが側背から奇襲を仕掛ける。

 邪魔者を排除した後は、一気にローマまで突っ走る。

 そして、ゾルドが天神を倒す。


 スムーズに行けばいいが、不測の事態が起きた場合、どの程度の日数がかかるのかわからない。

 しかも、一度始めてしまえば途中で止められない戦争だ。

 メルヴィナとは長い間会う事はできない。

 家族が離れ離れになる寂しさを知っているゾルドは、レジーナに家族と過ごす時間を作ってやるつもりだった。


 しかし、メルヴィナの興味はゾルドにあるようで、お菓子攻勢を続けながら質問攻めをしていた。

 レジーナまで、ここぞとばかりに質問をしてきたので、ゾルドはヘトヘトになってしまった。

 結局、母子の会話よりも、ゾルドを含めて三人での会話となる。

 だが、それはそれで良かったのかもしれない。

 レジーナも、メルヴィナも喜んでいたのだから。



 ----------



「……さすがにサキュバスと仲良くし過ぎじゃないのか?」


 ゾルドがロンドンに戻ると、ゲルハルト達皆が疲れた表情をしていた。

 その顔を見て、サキュバスに生気を抜かれたのだとゾルドは判断した。


「違います。昨日、閣下が出発された後、ロッテルダムからアーサーが手紙を持って来たのです。その内容に関して、夜通し会議していたせいです」


”女遊びに夢中になるあなたとは違うんです”


 ゲルハルトはそんな言葉を言外に含めて、不機嫌そうに言った。

 真面目に仕事をしていたのに、遊んでいたと思われるのは不愉快だ。

 ゲルハルトは手紙をゾルドに差し出す。


「会議するって事はロクでも無い内容なんだろ」


 ウンザリとしながら中身を読み始める。


「ハァ!? 馬鹿だろ、こいつ」


 手紙はソシアが敗北したという内容だった。

 ソシア、オストブルク、ポール・ランドの三ヵ国連合軍がウィーン西方での決戦に敗北。

 パーヴェルは命からがらでサンクトペテルブルクまで逃げて行ったそうだ。

 散り散りになった軍を見捨てて。


「そうです。馬鹿としか言いようがありません。これで彼は軍の支持を失うでしょう。プラハあたりで敗残兵の回収をしてから国に戻るべきでした」

「しかも、このままガリアに攻められると守り切れないから助けて欲しいってか」


 ゾルドが溜息を吐く。

 いや、ゾルドだけではない。

 会議室にいる者のほとんどが溜息を吐いている。

 ここまでソシアが頼りにならないとは思わなかったからだ。


「それで、何か対策は思いついたのか?」


 ゾルドは、まず意見を求めた。

 一晩中会議をしていたのなら何か良い事を思いついているかもしれないからだ。

 自分では思いつかなかったという事もある。


「乗っ取りましょう」

「は?」


 ゲルハルトらしからぬ過激な意見に、ゾルドは驚いた。


「国を奪うわけではありません。実権を奪い、ソシアを我らの思い通りに動かすだけです」

「あぁ、あれか。子供を新しい皇帝にするっていうやつか」


 以前、ビスマルクが言っていたパーヴェルがダメだった時のために用意していた方法だ。


「いいえ。こんな阿呆なら、閣下の口先で都合良く動かせるでしょう。まずは口先でこちらの望む行動をするように誘導してください。それでダメなら、皇帝をアレクサンドルに挿げ替えましょう」


 だが、ゲルハルトはいきなり皇帝を交代させるのではなく、まずはそのまま利用するという穏便な方法を提案する。


「閣下が魔神とはいえ、いきなり皇帝を変えるのは無理があります。反発を受けることもあるでしょう。まずはパーヴェルを使い、ソシア上層部に溶け込みましょう」

「わかった、そうしよう。……ソシアに関してはともかく、俺達はどうする?」


 ゲルハルトはレジーナの方を見る。

 いや、正確にはレジーナのお腹を見た。


「早めにソシアに拠点を移すのが良いかと思われますが……。奥様次第ですね。妊娠中にサンクトペテルブルクまで移動した方が良いのか。それとも出産してからの方が良いのかがわかりません。妊婦は専門外です」


 ソシアに移動するのなら、その移動中が問題になる。

 妊婦を動かしてもいいのか。

 赤ん坊を長距離移動させてもいいのか。

 その点が問題になってくる。


「私は、私は……。邪魔になるというのなら、実家に戻っていても……」


 レジーナも、これからの行動は天神との決戦に向けた重要な行動になるという事を理解している。

 ゾルドの傍に居たいという思いはあったが、邪魔になるくらいならばと一歩身を引いた。


「いや、レジーナも連れて行く」


 だが、ゾルドは連れて行く事を選んだ。

 メルヴィナに娘をくれと言っておきながら、いきなり実家に置いていくのも気が引ける。

 自分の器が小さいと言われかねない。


「先にゲルハルトやビスマルクにサンクトペテルブルクまで行ってもらい、俺達は後から飛竜で向かう。そうすれば、長旅でレジーナに負担を掛けなくて済むだろ」


 ゾルドが提案したのは飛竜による移動。

 飛行機などとは違って巨大な生物によって運ばれるのは怖かったが、それ以上に楽しかった。


「そうですね。魔族からも、魔物を操れる者達を援軍を出してもらう必要があります。いずれにしても、魔族には動いて頂かねばなりません。ですが、神教庁に気付かれないように、できるだけ目立たないようにお願いします」

「ソシアを味方に付けて戦う。なのに、気付かれてはダメなのか?」

「ダメです」


 ゲルハルトはハッキリと言い切った。


「今気づかれてしまえば、ブリタニアへの警戒も強くなります。それに、ガリア軍に神教騎士団が加われば、ソシア軍は耐えきれません。気付かれても良いのは、ガリア軍を追い払って大損害を与えてからです」

「なるほどな」


 神教騎士団は人類国家間の問題に絡む事が無い。

 だが、ホスエのような者が大勢いる神教騎士団が軽々しく動けないというのも理解できる。

 その神教騎士団に動く口実を与えるのは得策ではない。

 政治に詳しくないゾルドでも、このくらいの事なら理解できた。


「移動はフェアリーランド経由でも大丈夫でしょうか?」


 ゲルハルトはニーズヘッグに聞いた。

 ゾルドの世界で言うところの、スカンジナビア半島とフィンランド近辺という北欧一帯がフェアリーランドと呼ばれていた。

 いくらなんでも、プローインやポール・ランド上空を飛んでいけば誰かに気付かれる。

 フェアリーランドを使った経路ならば、天神側陣営に気付かれずにソシアまで移動できる。

 問題は、そこを通る事のできる飛竜がいるかどうかだ。


「フェアリーランドとは中立ではあるが友好的な関係にある。人間達とは違い、魔族なら危害は加えられんからな」


 この世界において、妖精はヒューマンやドワーフによって捕らえられ、魔道具に組み込まれてしまう。

 ただの魔道具に比べて、それぞれの属性を持つ妖精を組み込んだ方が効果が高いからだ。

 天魔戦争に参戦しなかったにも関わらず、その扱いは魔族と同じようなものだった。

 だから、妖精達は北方に集まり、他者の侵入を拒む領域を作った。

 同じく酷い扱いを受けている魔族とは交流がある。

 通行許可程度は出してもらえるだろう。


「それで、どの程度の日数でサンクトペテルブルクまで着ける?」


 飛行機なら数時間の我慢で済むだろうが、竜も早いとはいえ何百キロも出せるわけではない。

 レジーナの負担を考えると、船で早めに移動した方がマシな場合もある。


「私が本気を出せば東の世界の果てまで一日だ。他の者でも、ソシアまでなら一日で着くだろう。無理をせずに、一日フェアリーランドで休んでも余裕を持って二日で着くはずだ」

「早いな」


 巨体であっても、空を飛ぶ生物だけあって移動速度に関しては陸路や海路とは比べ物にならない。

 ジェット機には勝てずとも、この世界ではトップクラスの速度だった。


「ゲルハルト達にはソシアに先に行ってもらう。魔族の受け入れ態勢が整え終わった頃に、俺がレジーナを連れて援軍と共にソシアに向かうっていうのでいいか?」

「それでしたら、連絡要員に空を飛べる者が欲しいですね」


 ソシアは遠く、海路では一月ほどかかってしまう。

 連絡の遅れは致命的になる。

 非常事態に備えて、竜でも鳥でもいいのですぐに連絡を取れる者をゲルハルトは希望する。


「わかった。人化できる者を用意しておこう」


 ニーズヘッグにとっても連絡が取れるかどうか重要だ。

 部下を送り出す事に躊躇いはなかった。


「人化……。そういえば、この変身用の腕輪は千年前の物って言ってたよな。他にも何かあるのか?」


 人化という言葉でゾルドは腕輪の事を思い出した。

 他にも何か有効活用できるものがあるのならば使いたい。


「千年の時が経っても動くのは、その腕輪くらいだ。他に涼しい風を送る魔道具があるが、壊れてしまって動かなくなっている」

「なんだ。残念だな……」


(だが、それも悪く無い)


 天神側にある過去の遺物も使えなくなっているはずだ。

 予想外の物が飛び出してくる可能性が消えたという事だ。

 とはいえ、天神の子供達という恐ろしい存在がいる。

 天神側に脅威的な力がある事には変わりはない。


「ところで、俺の剣の使い方を知らないか? 何かあるようだが、イマイチ使い方がわからないんだ」


 腕輪の話をしたところで、魔神の持ち物として剣の事を思い出した。

 ついでに聞いておこうと、ニーズヘッグに使い方を聞く。

 ただ頑丈な剣として扱うのももったいない。

 自分にも、何か神として凄い事ができるようになれれば良いなと思ったのだ。


「邪聖剣リ・アニメイターですか? 死者に再び命を吹き込み、アンデッドとして蘇らせると言われております。使う時にガーデム様は何かを呟いていたようですが、どのような事を呟かれていたかまでは……」

「なんだよ、結局使えないって事か」


 ゾルドは落胆した。

 魔神専用の剣で、アンデッドを作り出す事ができるというのにお預け状態だ。


「一応、過去の文献を調べさせましょう」

「そうだな、そうしてくれ」


 ニーズヘッグが知らなかった時点で、ゾルドはまったく期待していない。

 もう無理なのだろうと諦めてしまっていた。


「ソシアにどの程度援軍を送るのかといった話はお前達に任せる。俺にはわからんからな」


 ゾルドはそう言い残して退出しようとする。

 謙遜でもなく、本当にわからないからだ。

 理解できない話を聞くのはつまらない。

 正直に話して、席を外そうとした。


「その間、どうされるのですか?」


 ニーズヘッグの言葉に他意はない。

 以前ならば”女遊びするための口実”と受け取って嫌味混じりに言っていただろうが、今回は単純に気になっただけだった。


「子供達の顔を見に行こうかと思う」


 魔族の子供なら、人間よりも成長が早い者がいるかもしれない。

 ジャックのように、天神との闘いに利用できそうなら利用したい。

 子供達がどの程度成長しているのか、ゾルドは少し気になっていた。


「私も行くわ」


 ゾルドに付いていくと言ったのはレジーナだ。

 会議に参加していても話に付いて行けない。

 それに、ゾルドが子供と会うだけではなく、その母親と逢引きするつもりかもしれない。

 会議から逃げ出すのと、ゾルドの監視のために付いていくつもりだった。


「それでは、私も」

「ダメだ。お前は軍の中心人物だ。会議後にしろ」


 カーミラはニーズヘッグに止められてしまった。

 あわよくば、最初に自分の息子と会わせようとしたのだが、彼女には軍のトップとしての立場がある。

 ゲルハルト達と会議で話し合ってもらわねばならない。


「後でアルカードと会ってやるから、会議は任せたぞ」

「はい! かならずですよ」


 カーミラは威勢の良い返事をする。

 ゾルドを見下し、ブリタニアから追い出した女も、自分の子供の事になると別人のようだ。


「それじゃあ、後は任せた」


 ゾルドはそう言い残すと、レジーナと共に会議室を出ていく。

 そして、後宮までの通路を歩きながら、レジーナに話しかける。


「なぁ、お前は子供達に以前会ったんだよな?」


 ゾルドが五兆エーロを稼いだ時、レジーナに一兆エーロを持たせてロンドンへ向かわせた事がある。

 その時、ジャックや他の子供達と会った話をされていた。

 その事を思い出したのだ。


「会ったわよ。確かに子供は可愛いけれど、自分で産んだ子ならもっと可愛いんでしょうね」


 レジーナは自分のお腹をさすりながら言った。

 最近は赤ちゃんの動きがよくわかるらしい。

 レジーナは優しい笑顔で、お腹を見つめる。


「そうだな。ところで悪いんだが、誰がカズオかとか教えてくれないか?」

「えぇっ!」


 ゾルドは子供に興味が無かったので、子供の名前を適当に付けていた。

 一夫、二郎、三子――

 誰にどんな番号を付けたのかすら忘れてしまっており、これから会いに行くというのに名前を思い出せなかったのだ。


「あなた、最低ね。こればっかりは擁護しようがないわ」


 さすがにレジーナでもゾルドに嫌悪感を抱いた。

 自分の子供の名前すら憶えていないのはありえないからだ。


「仕方ないだろ。子供に愛着が湧く前に追い出されたんだから」


 ゾルドだって、普通なら子供の名前を忘れるような事はない。

 あの時は女に夢中で、子供に見向きもしなかっただけだ。

 だが、それを馬鹿正直に言うつもりはないので、それっぽい言い訳をした。


「なら、この子には違和感が無くて覚えやすい名前を付けてあげてよね。忘れないように」


 少し嫌味っぽくレジーナが言った。

 これにはゾルドも言い返せない。

 命名基準はともかくとして、自分の子供にどんな名前を付けたかを忘れるのは”さすがにありえない”という事は自覚していたからだ。


「善処する。だからさ、先に”カズオは可愛いわね”とか名前を呼んでサポートしてくれよ」

「もう、仕方ないわね。名前は男の子と女の子の両方考えておいてよね」


 自分の子には、この世界でも違和感の無い名前を考えてもらえる。

 そう思うと、少しレジーナの態度も和らいだ。

 ジャックは母親のハーピーが名付け、カズオ達は適当に名前を付けられたような感じがする。

 自分の子供だけが、真剣に名前を考えて付けられた特別な存在だと思うと、やはり嬉しいのだ。


(また子供が大勢できた時に備えて、天神がどんな名前を子供に付けてるのかラインハルトに調べさせてみよう)


 隣でゾルドがそんな事を考えているとは思いもせず、レジーナは素直に喜んでいた。

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