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 ゾルドがブリタニアに行き、ジャックやニーズヘッグ達と話しに行こうとしたところをビスマルクに止められた。


「フットワークが軽いのは結構。だが、立場に見合ったものではない」


 というのが理由だった。

 どうやら、ゾルドがお土産を渡しに城に行った時も不満だったらしい。


”国家の重鎮”や”言葉の重み”というような言葉があるように、立場のある者には相応の重みが必要だ。

”話をする必要があるから行ってくる”というフットワークの軽さは営業社員としては立派な物。

 しかし、魔神という人の上に立つ者には不要な物でもあった。

 アルベールがアポ無しの来訪を不満に思っていたように、気軽な行動は相手に”軽んじられている”という印象を与えてしまう。


『ウチのボスが、そっちのボスと話したいんだって』

『オッケー。それじゃあ、〇日後の予定が空いてるからその日で』


 たったこれだけのやり取りがあるかないかの差が大違いなのだ。


 ――面会の予約を取る。


 たったそれだけの事。

 だが、この行為は些細な事のようで、自分が礼儀を知らぬ者と軽んじられる事を防ぎ、相手の事を重んじているという意思表示をするのに必要な行為だった。


 ゾルドもビスマルクに言われて自分の行動の軽率さを反省する。

 詐欺被害者には、強い押しに弱い人が多かった。

 ゾルドにとって、突然家を訪ねたりする事は普段通りの行為だったのだ。

 今まではお偉いさんを相手にする事が無かったので、アポイントメントの重要性が頭から抜けていた。


 ビスマルクに注意されたので、今回は先に手紙を持たせた使者を送る事にした。

 選んだ使者はオットー。

 かつてゾルドを”怪しい奴だ”と言って屋敷に入れなかった男だ。

 普通の人間にとって、魔族の国は恐ろしい場所。

 だから、罰として使者に選んでやった。


 使者の往復で大体数日かかる。

 相手の都合次第で、それプラス数日はロッテルダムで待機する事になる。

 だが、ゾルドには、ゆっくりと快適に過ごすという選択肢は与えられなかった。


「もうこんな時間か……」


 ゾルドは寝室に設置された置き時計で時間を確認し、ベッドから身を起こす。

 ホスエから早朝の指導してもらわなければならない。

 旅から帰って来て三日目。

 ゆっくりと寝ていたいところだが、旅から帰って来て増えた新しい日課をこなすために起き上がる。


「んん……。おはよう」


 ゾルドがベッドから下りる時の動きで、横で寝ていたレジーナが目を覚ました。


「おはよう。お前は寝てていいぞ」


 さすがに身重のレジーナをホスエの指導に付き合わせるわけにはいかない。

 ゾルドは返事をすると服を着替え始めた。

 それを寝ぼけまなこのレジーナが手伝う。


「朝から大変かもしれないけれど頑張って」

「あぁ、ラウルには勝てるようになっておきたいからな」


 ゾルドにだって危機感はある。

 面倒な朝練に真面目に出るのも、現状をなんとかしたいという思いからだ。

 殺し合いなら勝てるが、剣術では誰にも勝てない。

 このままでは、自信が持てないまま天神との本格的な戦いに突入する事になる。

 さすがのゾルドも、遊び惚けて困るのは自分だと理解し始めた。


「それじゃあ、いってくるよ」

「いってらっしゃい」


 二人はキスを交わす。

 ゾルドは裏庭へ向かい、レジーナはベッドへと戻っていった。



 ----------



「おはよう」

「おはようございます」


 ゾルドが裏庭に行くと、すでに十人以上が集まって準備運動をしていた。

 テオドールとラウルだけではない。

 今すぐにやるべき仕事を持たない者も参加している。


 ――体を鈍らせないために参加する者。

 ――鍛錬に参加する事で、周囲との親睦を深めようとする者。

 ――テオドール達に触発されて、少しでも強くなりたいと思った者。


 理由はそれぞれだが、ホスエという優れた指導者がいるので活用しようという思いは同じだ。

 元々が戦争に明け暮れていた軍事国家の軍人。

 強さを貪欲に求める者が多かった。

 ホスエとしても、やる気があって真面目に指導を受ける生徒を歓迎した。

 剣の才能が無いゾルドを指導するよりは楽だ。

 多少の人数が増えたところで指導に手が回らないという事態にはならなかった。


「テオドール、ラウル。話がある」


 ゾルドは、いつも通り朝の鍛錬に参加しているテオドール達に声を掛ける。

 できれば早めに言っておきたかった事があったのだ。


「お前ら、これから半年間は五割の減給な」

「えぇっ、なんでなんすか!」

「半分でも大金ですけど、いきなりは酷いです」


 突然の減給処分に、二人は抗議の声を上げる。

 だが、ゾルドとしてもこれは譲れない。


「カマをかけられたからって、娼館に行った事をベラベラ喋るからだ」


 男同士の付き合い。

 その内容をベラベラと話されては、安心して遊びに行く事もできない。

 妊娠中の内縁の妻がいるという事を忘れて遊んでいたのはゾルドだ。

 それを忘れて、ゾルドはテオドール達に八つ当たりをした。

 しかし、ゾルドの言葉に二人は顔を見合わせた。


「なんの事っすか?」

「姐さんに何も話してないですよ」


 二人は否定する。

 身に覚えのない事なので当然だ。


「しらばっくれてんじゃねぇよ。イブがお前達から聞いたって言ってたぞ」


 そうは言われても、身に覚えのない事を認めるわけにはいかない。


「言うわけないっすよ。姐さんよりも、おやっさんの方が大事なんすから」

「そうですよ。それに言ったら言ったで、姐さん怖いですもん」

「……もしかして、おやっさんがカマをかけられたんじゃないんすか?」


 テオドールの言葉にゾルドに衝撃が走る。

 まったく想定していなかったからだ。


「いや、待て。テレサも”ジョシュアまで連れて行く必要ないですよね?”って言ってたぞ。知ってなきゃ、そんな言葉出てこないだろう」

「姐さんに協力を頼まれてカマをかけたんじゃないですか?」

「そんなはずが……、あっ」


 冷静に考えると、ゾルドにも思い当たる部分がある。

 テレサが”ジョシュアまで連れて行く必要ないですよね?”と言った部分だ。

 テオドール達がレジーナにカマをかけられたのなら、レジーナもホスエを娼館に連れて行った事は知っているはずだ。

 なのに、なぜあそこで初めて知ったフリをしたのか。


(テレサと組んで、俺を動揺させるためか!)


 最初から知っていたフリをするのではなく、レジーナの詰問が終わったところで追撃を行う。

 事実、その方法でゾルドは動揺してしまった。

 有効だったと認めざるを得ない。

 ゾルドは思わず、レジーナが寝ているであろう寝室のある方向を振り向いた。


「だが、それならなんでジョシュアを連れて行った事を知っていたんだ……」


 この言葉はテオドール達を問い詰める言葉ではない。

 疑問が口に出てしまっただけだ。

 しかし、聞こえてしまったテオドールとラウルは、また顔を見合わせた。


「そりゃあ、おやっさんは共犯者を作ろうとしやすから」

「特に僕達よりも、兄貴のように真面目な人を巻き込んで黙らせようとしそうですもんね」


 ゾルドは驚愕の表情で二人を見る。


「なんで、そこまで……」


 ――知っているんだ。


 驚きのあまり、その言葉が出なかった。

 だが、驚いているのはゾルドだけ。

 二人は平然としていた。


「おやっさんと付き合ってりゃ、半年もせずにわかりやすぜ」

「普段は何を考えているのかわかりませんけど、そっち方面はわかりやすいですから」


 それはそれで驚きだ。

 自分の行動パターンが読まれていた。

 レジーナだけではなく、テオドール達にまでも。


(それじゃあ、本当にレジーナが俺を……)


 旅から帰って来て色々あったが、一番の驚きかもしれない。


 ゾルドにとって、レジーナは都合の良い女だった。

 自分の事を信じて付いて来てくれる。

 他の女を抱こうが、恨み言程度で済ませて、決定的な決裂にはならない。


 そんなレジーナが、自分にカマをかけるようになったのだ。

 他の誰かに騙されるよりも、ずっと衝撃は大きかった。


「まさか、イブが俺を騙すなんて……」


 ゾルドが困惑する姿を見て、テオドールが言った。


「女は子供ができると、女から母親に変わるって聞いた事がありまさぁ。まぁ、子供っていうよりも、家庭を守るために姐さんも考えるところがあったんじゃないっすかね」


 ゾルドの女癖はよく知られている。

 それが原因で、いつかは家庭崩壊招くだろうとレジーナに思われていたのかもしれない。

 ゾルドに深く釘を刺すために、あんな一芝居を打ったのだろう。


「マジかよ。もう、あいつが何考えてんのかわかんねぇよ……」

「姐さんという立派な奥さんがいるのに、女遊びをやめないおやっさんも何考えているのかわからないですよ」


 ラウルの言葉はゾルドの心に刺さる。


「お前だって、色々楽しんでたじゃねぇか」

「僕は奥さんどころか、恋人もいない一人身ですので」


 ニッと笑みを受けべるラウルに、ゾルドはイラつきを覚える。


「クソッ、あいつも成長したな」


 泣き寝入りする女は消え、家庭を守る強い母となった。

 成長した事自体は喜べても、自分への風当たりが強くなりそうだと思うと、ゾルドは素直に喜べなかった。


 だが、それも仕方のない事。

 レジーナが成長せざるを得なかったのはゾルドのせいだからだ。

 女遊びをやめる気配のないゾルドのせいで、レジーナは気が休まらなかった。

 どうすればやめてくれるのかを考えた結果、浮気を知って怒っているという事を伝える事にしたのだ。


 今までのレジーナは悲しむだけだった。

 それでは効果が無いと悟った彼女は、怒る事によって浮気をやめさせようとした。

 

 逆の立場――レジーナが浮気する方――なら、ゾルドは怒り狂ってレジーナを殺していてもおかしくない。

 レジーナがゾルドにカマをかけて、浮気の事実を確認し、怒って釘を刺す事など非常に優しい対応だ。

 今回は悲しむのではなく、怒った後に許した。

 それをありがたく受け止め、浮気をやめるのかどうかの実験だ。

 ダメなら、別の方法でゾルドに娼館へ行くのを防ぐ方法を考えるだろう。


 ――レジーナによけいな苦労をかけている。


 そう思うと、さすがのゾルドでも思うところがある。


(これからは、一人でコッソリと遊びに行こう)


 誰かと行けば、そこから情報が洩れるかもしれない。

 変装して一人で遊びに出かける分には問題はないだろう。

 

(それとも、俺も成長しなきゃいけないのかな)


 もちろん、これは女遊びに関してだ。

 戦闘関係の話ではない。

 幸い、すぐ近くにホスエという参考になる男がいる。

 レジーナ一筋、家族大事な男になるなら、彼を参考にすればいい。


 今はやらねばならない事が山積みなので、この件は後回しにしようとも考えた。

 しかし、自分の妻を大事にできない男が、人の信頼を勝ち取れるはずもない。

 ゾルドも”いい加減に決断しなければならないのでは”と思い始めていた。

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