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ゾルド達の帰宅をバーベキューで祝った翌日、主だった面々がヒルター邸の三階にある元音楽室に集まっていた。
なぜ元なのかというと、音楽室は既に会議室に改装されていたからだ。
壁には大きな世界地図が貼られ、中央には大勢が使えるテーブル。
壁際には棚が設置され、様々な書類が置かれている。
人目に付くとマズイ書類などは、会議室に改装されたここに保管されるようになっていた。
(なんか作戦会議室って感じで、ちょっと雰囲気がでてきたな)
というのがゾルドの感想だ。
形から入るというのも悪くない。
秘密の組織っぽくなってきたので、ゾルドの機嫌も良い感じだ。
もっとも、他の出席者は良い感じどころでは無かった。
ゾルド、レジーナ、ホスエ、テオドール、ラウル。
いつもの五人に加え、ラインハルトとビスマルクはいつも通りだ。
しかし、会議において知恵袋となる軍人組が壊滅状態だった。
「なぁ、会議は明日にしようか?」
「いえ、この程度なら大丈夫です。やりましょう」
元々、半年間もゾルドは会議に参加していなかったのだ。
もう一日くらい延期してもいい。
そう思って提案したのだが、ゲルハルトが断った。
「ハッハッハッ。若いのだから、これくらいで頭が回らんと言う事もないだろう。何事もやってやれない事は無い。始めよう」
この中でもっとも高齢でありがなら、もっとも元気なビスマルクが会議の開始を促す。
軍人組の体調が良くないのは彼のせいであるにも関わらず、彼自身は絶好調のようだ。
昨晩の事。
バーベーキューをしながら、土産に買って来た地酒などを皆で飲んでいた。
比較的若い軍人が集められているので、彼等は各国の酒を舌鼓を打ちながら楽しんでいた。
そこで、ビスマルクが飲み比べを提案したのだ。
しかし、ゾルドに自己紹介も終わっていないのに、ハメを外す姿を見せる事に抵抗がある。
皆が乗り気では無かったところへ――
「なんじゃ、年寄り相手に腰が引けたのか。それでは閣下に頼りないと思われてしまうぞ」
――と言って、ビスマルクが皆を煽った。
血気盛んな若手士官が集められていたので、皆がこの挑発に乗った。
元々はプローインの貴族で、宰相という雲の上の存在だった。
だが、今は違う。
交渉を任されてはいるが、明確な役職があるわけではない。
今はゲルハルトがまとめ役という以外は、皆が同列。
年長者であったり、実績のある者として尊重はする。
尊重はするが、一度くらいはビスマルクの鼻っ柱を折ってやろうと思ったのだ。
結果は若手士官達の惨敗。
飲み比べが終わった後、肉を手掴みで食い千切りながらウォッカをラッパ飲みするビスマルクを見て、皆が敗北感に打ちのめされた。
泥酔し、その場で横になる者。
悔しさでなかなか寝付けなかった者。
そういった者が多くいた。
セーロの丸薬で二日酔いは治るが、寝不足や固い地面で寝た倦怠感は治らない。
せっかくゾルドが戻って来たのに、自分をアピールする場の会議で力が発揮できそうにない。
若気の至りで馬鹿な事をしでかしてしまった。
無事だったのが、まだ若く酒を飲ませてもらえなかったラインハルトとその部下くらいだ。
ラインハルトの部下は全員孤児院から引き取られたかつての仲間。
ゾルドは”異世界なんだから飲みたい奴は子供でも飲めばいい”というスタンスだったが、周囲の大人が飲酒を止めた。
この世界でも、子供の飲酒は推奨されないのだろう。
彼等は酒を飲めない分を食欲で満たしていた。
そのお陰で、ゾルドに醜態を晒さずに済んでいる。
「まずは会議を始める前に、新しい者達の紹介を致します」
今回はゲルハルトが司会、進行役だ。
少し気分悪そうな表情で、新しく仲間になった者達の紹介を始める。
軍人と諜報員で十三人も増えていた。
一度に名前を覚えるのも一苦労だ。
唯一、門番をしていたゴツイ男がオットーという名前だという事を覚えただけだった。
「記憶力が悪くてな。すぐには名前を覚えられん。しばらくの間、名前を間違うかもしれん。すまんな」
ゾルドは先に謝っておいた。
さすがに一度の紹介で、名前と顔を一致させる自信がないからだ。
名前を間違われるのは、誰だって良い気がしない。
先に謝っておく事で、名前を間違えても”記憶力の悪い人なら仕方ない”と、間違われた際の悪印象を緩和させる事が狙いだ。
だが、ゾルドの発言は別の意味で受け取られた。
”俺に名前を憶えて欲しければ、その力を見せてみろ”
皆がそう受け取った。
本当に名前を覚えにくいから謝ったとは思わなかった。
仮にも神なのだから、記憶力も優れていると思われているからだ。
ゾルドの言葉で、新参者達の表情が変わる。
皆が実力を見せて、ゾルドに覚えてもらおうと思ったのだ。
元々が軍人。
劣悪な環境の戦場で過ごす事を考えれば、多少の寝不足や体調不良程度など本気を出せば気にならない。
「自己紹介も終わったので、第三回天神対策会議を始める」
ゲルハルトの言葉に合わせて拍手が響き渡る。
別に拍手などしなくてもいいのだが、ゾルドがノリでやり始めた事が定例の事となってしまっていた。
「最初に、閣下の旅がどうだったのかをお聞かせ願いたい。どの程度の成果があったのかによって、立案も代わります。どのような魔物と戦い、成果があったのか等を教えてください」
ゲルハルトがゾルドに話を振る。
「じゃあ、ホスエに話してもらおう。力量なんかを見極めるのが上手いからな」
そして、ゾルドはホスエに話を振った。
普段なら説明するのが面倒臭いと思って話を任せるが、今回は別だ。
この世界基準で、どの程度強いかを上手く説明する自信が無い。
ホスエはこの世界で生まれ育ち、見識のある人物だ。
ゾルドだけではなく、テオドールとラウルもしっかりと評価してくれるだろう。
なお、この会議室は音楽室の頃から改装されて、さらに防音性に気を使われている。
誰かがドアの前で聞き耳を立てていたとしても、気にせずに堂々と本名を使えるようになっていた。
「かしこまりました。ゾルド様に代わり、説明させていただきます」
大勢の新人もいる。
ホスエは最初が肝心だと、仕事モードになっていた。
この時、ホスエはあえてゾルドの事を考えて”ゾルド兄さん”とは呼ばなかった。
少人数の内は良かった。
だが、人が増えた今は別だ。
”部下に馴れ馴れしい態度を取られる”と、ゾルドが軽く見られてしまう。
それに、ホスエ自身が”ゾルド兄さん”と呼ぶ事を良しとしなかった。
私的な場ならともかく、公的な場でそう呼ぶ事で自分がゾルドに近い位置にいると誇示する事を避けた。
ゾルドの隣の席は二つ。
一つは言うまでもなくレジーナの分。
そしてもう一つは自分の分。
この席を譲るつもりはない。
ただ親しいからという理由だけで、この席に座っていると思われたくない。
そう思ったホスエは、会議の場では”ゾルド様”と呼ぶようにした。
これは自分への戒めであり、誓いだ。
自分を甘やかさない事で、皆に認めさせる第一歩とする。
それがゾルドの隣に居続けるために必要な事だと、ホスエは考えていた。
「まずはゾルド様の事からお話しします」
ホスエはゾルドの戦闘能力に関して、正確に話し始めた。
ゾルドだからといって甘い事は言わない。
力量を見誤る事で、今後の作戦計画に大きな影響が出ることを恐れたからだ。
しかし、それはそれでゾルドが不満を持った。
(もっと盛ってくれても良かったんじゃないか?)
剣での戦いは素人同然。
魔法に関しては接近しなければ使えない。
その代わり、大型のヒュドラを跡形もなく吹き飛ばす事ができる。
能力の偏りが酷い事になっている。
オブラートに包んでくれても良いだろうと思ってしまうのだ。
「まぁ、それくらいは当然でしょう」
「接近せねば効果を発揮できないというのは痛手だな」
「剣と魔法での遠距離攻撃を特訓して頂かねばならないようだ」
「いや、どちらかに専念した方が良いのでは?」
「体力に余裕があるのなら、休む間も無く鍛え続ければ良い」
「少しガッカリだな」
ゾルドの戦闘能力を聞いて、口々にが意見を述べる。
一部の意見に異議を唱えたいが、皆が真剣に討議している最中に口を挟める雰囲気では無かった。
その流れを止めたのはゲルハルトだ。
「皆の者、今は閣下をどう鍛えるかを話す時ではない。ホスエ殿の話の続きを聞こうではないか」
彼はゾルドだけではない。
テオドール達の事も聞きたかった。
戦力になりそうなら、何か活用の方法があるかもしれないからだ。
「では、次に私の事を」
ホスエは自分の事を話し出した。
とはいえ、主に引率者としての行動だったので、多く語る事は無かった。
それでも、聞いている者達の度肝を抜く内容だ。
「ただの獣人が、ヒュドラを一人で倒せるだと!」
「神教騎士団の団員だったとしても、一人でそこまでできるとは聞いた事無いぞ」
「もしや、団長クラスか!?」
「装備の事を考えても異常だ」
「通常戦闘なら、彼の方が頼りになるんじゃないのか?」
「マジでヤバイくらいヤバイ」
ゾルドと違い、ホスエの方は高評価だった。
これはゾルドの期待値が高かったせいだ。
魔神というイメージが先行して、もっと強いイメージを持たれていた。
そのせいで、ヒュドラを倒しても驚かれなかった。
それに対して、ホスエは神教騎士団にいたとはいえ普通の獣人。
いや、普通の獣人を越えた存在として受け取られた。
「テオドールとラウルの二人は、よく頑張ったと思います」
最後に二人の事を話した。
どちらもスラムの住人から始まり、ホスエに会うまではただのチンピラだった。
指導と装備が良かったにせよ、ヒュドラと戦えるような者達ではない。
ホスエの援護があったとはいえ、ソシアの魔物と戦えていた事に皆が驚いた。
「ただの獣人。それもスラム出身者が、そこまで戦えるというのか」
「しかも指導された期間がたったの一年ちょっととは」
「肉体能力に秀でた獣人という事を差し引いても、生来の才能があったとしか思えん」
「閣下はその才能を見出したのか」
「本人の才能と努力、ホスエ殿の指導が組み合わさって才能が開花したというのか」
「やるじゃん」
二人は高く評価されていた。
元々がパリのスラムの住人という事で、荷物持ち程度だろうとしか思われていなかった。
例えホスエの援護があったとしても、ソシアの魔物と戦える事は素直に称賛する出来事。
嬉しい誤算に、一同の眼差しが二人に集中する。
周囲の視線に、ラウルは恥ずかしそうに下を向いた。
膝の上で手をモジモジさせている。
ホスエにも褒めてもらったりはしていたが、昨日知り合ったばかりの相手に褒められると、どこかむず痒くなってしまう。
一方のテオドールは堂々としたものだった。
背筋を伸ばして椅子に座り、両手は机の上だ。
しかし、その表情までは隠せない。
まばたきの回数が急激に増え、鼻もヒクヒクと動いている。
堂々としているフリだけで、内心では動揺しているのだろう。
ホスエ達が褒められるのはゾルドも嬉しい事だ。
何と言っても、自分の部下。
優れた人材を従えているというのは、上に立つ者としての喜びでもある。
しかし、素直に喜べない自分にも気付いていた。
(俺だって苦労してきたんだから、少しは褒めろよ)
という事を考えてしまうのだ。
もちろん、テオドールとラウルが恐ろしい目に遭っていたのはわかる。
ゾルドも大きな魔物は怖いと思っていた。
しかも、一番酷い目に遭っていたのはゾルドだ。
魔物に噛みつかれ、跳ね飛ばされた。
普通の人間だったら死んでいてもおかしくない事態に何度も遭遇した。
そんな目にあったのに、誰一人褒めようとしない。
それどころか、ガッカリした目で見られる。
(魔神だからといって、少し厳し過ぎじゃないのか?)
自分に甘いゾルドが、そう考えるのだ。
実際はちょうど良いくらいなのかもしれない。
しかし、そう思ったのはゾルドだけではなかった。
「ねぇ、ちょっと酷過ぎるんじゃない?」
戦力を測るのは構わない。
だが、半年も旅に出ていたのだ。
もう少し労わるような言葉を使っても良いのではないか?
そのように、レジーナがゾルドの扱いに腹を立てていた。
ゾルドも不愉快だったが、レジーナの行動は止めたかった。
(おい、止めろ。空気を読め)
ゲルハルトやビスマルクといったプローイン組が注意をするのなら問題は無い。
だが、レジーナが口を挟むのはマズイ。
今までの話の中で、ゾルドはロクに発言をしていない。
”魔神は自分で意見を言う事もできず、女のスカートの中に隠れて震えている”
そのように思われかねない。
ゾルドの事を知らない者からすれば、今目の前で起きている事が全てだ。
腑抜けだと思われれば、今後に悪影響を与えかねない。
「この人だって、頑張って旅をしてきたの。もう少し優しい言葉をかけてもいいでしょう」
感情のままにレジーナが言葉を放つ。
これはマズイと思ったゾルドが口を開く前に、ゲルハルトが意見を述べる。
「奥様の言われる通りだ。閣下の実力に関しては前もって話していたはずだ。確かに街の一つや二つを吹き飛ばすような魔法を使えるようになったわけではない。だが、以前に比べれば大幅な能力の向上を果たした。その事は正当に評価し、努力を認めるべきだ」
ゲルハルトの言葉に、皆がハッとした顔をする。
高望みし過ぎていたと気付いたのだ。
「申し訳ございません、閣下」
ゾルドの”腑抜けに思われるかもしれない”という心配は全て思い過ごしだった。
疑い深く、人を馬鹿にする性格なので、周囲の人間も同じだと思い込んでしまっていただけ。
ソシアでの戦いで、魔神という肩書きにあった戦い方をできていればよかった。
だが、自分でも無様な戦いをしたとわかっている。
そのせいで魔神という肩書きや、自分の能力を客観的に見れず、自分の事を低く評価してしまっていた。
実際はゾルドが自分で思っているほど、周囲の評価は悪くない。
「千年前の魔神とは別人である事を忘れておりました」
「深く反省しております」
反省した者達が口々に謝罪する。
彼等にゾルドを見下すつもりはない。
魔神という存在に期待していたほどではないが、今のゾルドでも人知を越えた力を持っている。
”レジーナの陰に隠れている腑抜けだ”なんて思ったりするはずがない。
その事を皆の態度を見て理解したゾルドは安心した。
「あぁ、構わない。会議では忌憚のない意見を求めている。これからも臆する事無く発言して欲しい」
安心すれば安心したで調子に乗る。
寛大な態度をとって大物ぶってしまう。
言っている事自体は間違っていないが、ゾルドが言うとどこか胡散臭い。
「レジーナ。庇ってくれるのは嬉しいが、会議中に感情は不要だ。感情は思考を停止させてしまうからな」
今回は大丈夫そうだが、何度も続くのは困る。
今の内に勝手な行動をしないよう、ゾルドはレジーナに釘を刺しておいた。
「ごめんなさい、つい……」
ゾルドの事を思って言った事が、会議の妨げになる。
つまり、ゾルドのためにならないという事だ。
自分のした事が間違いだと気付き、レジーナは悲しそうな顔をした。
「良いんだ。その気持ちは嬉しかった。ありがとう」
ゾルドはそっとレジーナの手に手を重ねて、目を見つめる。
庇おうとした行為自体は悪く無い。
時と場所が悪かっただけだ。
これからも自分の味方でいてもらうために、ゾルドはちゃんとレジーナのフォローをする。
「皆の能力がわかったので、次の議題に行きましょう」
今はゾルド達がイチャつく時間ではない。
見つめ合う二人を現実に引き戻すため、ゲルハルトが話を本筋に戻した。
まだ会議は始まったばかり。
報告しなければならない事も多くある。
脱線している余裕など無いのだ。
リアルの諸事情により、八月に入るまでは二、三日に一度程度の更新になります。
お読みいただいている皆様には申し訳なく思っております。
八月に入れば今まで通りになると思いますので、今後もお楽しみ頂けましたら幸いです。