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 ゾルドは、しばらくレジーナと話をした後、厨房へ向かった。

 ヒュドラの肉を夕食に出してもらうためだ。

 厨房に姿を現したゾルドを、料理人達は驚きの表情を浮かべて出迎えた。


「これは旦那様、お帰りなさいませ。厨房に足を運ばれるとは珍しいですね」


 料理人達が驚いていたのは、ゾルドが厨房に来た事だ。

 普段は誰かに伝えて料理や酒のつまみを用意させる。

 だが、ゾルドが自分から厨房に近寄る事は無かった。

 もっとも、これはレジーナを厨房に近づかせないために、ゾルドが厨房に近づく事を避けていただけだ。


”屋敷の主やその妻が軽々しく厨房に入ったりして、下働きの邪魔をするものではない”


 そう言い聞かせる事で、ゾルドはレジーナによるバイオテロを防いでいた。

 それに味見役をさせられるのが嫌で、使用人達に退職されたりするのを防ぐためでもあった。

 わざわざ彼等にトラウマを植え付けるような真似をしなくてもいいだろうという、ゾルドにしては珍しい配慮をしている。


「ヒュドラの肉が手に入ったから、今日はそれを出してもらおうと思っている。手の空いている者は全員包丁なんかを持って裏庭に付いて来てくれ」

「裏庭にですか? わかりました」


 肉が手に入ったのなら、まな板の上にでも置いてくれればいい。

 わざわざ裏庭に向かう理由とは何か?

 料理人達は不思議に思いながら、厨房の裏口から外へ出る。


「ここら辺で良いかな。そこから動くなよ」

「はい?」


 厨房の裏口から適度に近い場所で、ゾルドが料理人を立ち止まらせる。

 肉を取り出した時に料理人達が圧し潰されたりすれば、ゾルドの食欲が失せてしまうからだ。


「よいしょっと」


 ゾルドはちょっと重い物でも持ち上げるかのような声を出し、ヒュドラの首を一本取り出す。

 全長10メートルはある大物だった。


「うぉぉぉ!!」


 ゾルドの背後から驚きの声が上がる。

 この声を聞きたいがために、肉を程良い大きさにせず、首を丸ごと持ち帰ってきたのだ。

 ……なんでローブの内ポケットに入ったのかは、考えないようにしていた。


「フフフ、どうだ。おま――」


 振り返ると、そこには自慢する相手がいなくなっていた。

 地面にはいくつかの包丁などが落とされている。


「……あれ? おーい、どこ行った?」


 ゾルドが声をかけると、料理長が厨房の中から顔を出す。


「旦那様、それは大丈夫なんですか?」


 どうやら料理人達は、首だけとはいえ巨大な魔物の死体に驚いたようだ。

 特に街中で生まれ育った者にとって、魔物というのは縁の無い存在。

 いきなり、目の前に大きな魔物の生首を出されれば驚くのは当然だ。

 ゾルドがヒュドラの首を取り出すと同時に、料理人達は全員屋敷の中へと逃げていた。


「あぁ、すでに死んでいる。魔物とはいえ、さすがに首だけでは生きていけないさ。……それよりも、主人を置いて逃げるのはダメなんじゃないか?」

「護衛は私の仕事じゃありませんので」


 料理長はなかなかシビアな考えをするようだ。

 もう少し高給をくれる主人に対して忠誠心を見せても良いのにと、ゾルドは思った。

 薄情な料理長の態度に溜息しか出ない。

 ゾルドは他の料理人達も一緒に、ヒュドラの首の切断面へ連れて行く。


「まぁ、いい。とりあえず、夕食で出してくれ。腐るほどあるから、使用人達の分も自由に使っていいぞ」

「ありがとうございます。しかし、生のヒュドラの肉ですか……」


 ベネルクスにもヒュドラの肉は出回るが、塩漬け肉や燻製肉ばかり。

 生肉で手元に来ることは無かった。

 贅沢な悩みだとは思うが、これはこれで調理方法に困る。


「ソシアではステーキにするとか、シチューに入ってたな。量はあるし、色々試していいぞ」


 扱いに困ってそうな料理長に、ゾルドはソシアで食べたヒュドラ料理を教える。


「なるほど、普通の肉と同じ扱いで良いわけですね」


 料理長は肉を小さく切って、ライターのような魔道具で炙って齧りつく。

 良く味わうように噛み、そしてうなずいた。


「蛇肉よりも鳥肉に近い感じですね。少しクセがありますが。これなら、料理の幅を広げて試せるでしょう。お任せください」


 実際に食べてみて、どんな料理に使えそうかの当たりが付いたのだろう。

 自信を持って”任せろ”と料理長は言った。


「俺は一度城へ行ってくる。戻って来たら肉が傷まないようにまた仕舞うから多めに切り取っておくように。それと、ほどほどの量なら自由に持ち帰っても良いぞ」

「ありがとうございます、旦那様」


 ――持つ者の余裕。


 ゾルドは金も素材も潤沢にある。

 だから、少しくらいヒュドラの肉を持ち帰っても許すつもりだった。

 彼等はゾルド達の料理人だ。

 毒を盛られたりしても困る。

 少しは気前の良いところを見せておいて、十分に飼いならしておく必要があった。


 そのために、鱗なども懐に入る程度の量なら目こぼししてやるつもりだ。

 自分の物を人にくれてやるのは嫌だったが、忠誠心を買ったのだと思い我慢していた。


「調理方法は任せる。美味そうなのを頼んだぞ」

「かしこまりました」


 この場を料理人達に任せ、ゾルドはホスエを連れて城へ向かう。

 旅の間、馬に乗れるように練習していたので、馬車で向かうより断然早く行けるようになった。

 馬車で一時間以上かかる城も、乗馬でなら気楽に行こうと思える。


(面倒臭い事は先に済ませたい)


 アルベール王子には世話になった。

 だから、さっさと借りは返しておきたい。

 今までの貸しもあるので気にしなくても良いのだが、放置はしておきたくなかった。


”貸しがあるから、返してもらった”


 という事を伝えればアルベールも納得するだろう。

 だが、同時に不満にも思うはずだ。

 人間という物は”確かに借りはあったけど、お礼の一言も無いのか”と不満に思う生き物だ。

 貸しのある相手だからとおざなりにせずに、ちゃんとお礼をしておけば、またいつか助けてくれる。

 面倒な事だが、こういった積み重ねが他者との繋がりを強固な物にしていくのだ。



 ----------



「あなたが来る時は、いつも突然で驚かされますね」


 アルベールがやんわりとゾルドに抗議する。

 王族に会う時にはアポを取ってからにしろと暗に言っているのだ。

 いくらゾルドでも、来れば会えると思われているのは迷惑でしかない。


 だが、そんな皮肉はゾルドには通じない。

 アルベールが王太子になれたのはゾルドのお陰だ。

 それに、今回はお土産も持って来てやった。

 自分と会うのは、当然の事だとすら思っている。


 他人の恨みを買う事を恐れているのか、いないのか。

 そういった詰めの甘いところが、ゾルドの未熟なところでもある。


「いやー、申し訳ありません。ですが、腐る物ですのでお早めにお届けしようと思いまして」

「腐る物……、食べ物ですか? それならば、ここに来る必要は無いと思いますが?」

「はい。私の留守中、殿下に大変お世話になったと聞きました。その感謝の気持ちをお届けに参りました」


 アルベールは首を傾げる。

 いくら”神教庁の関係者であるアダムス・ヒルター”が持って来たとはいえ、いきなり持ち込まれた食べ物を口にするわけにはいかない。

 今のアルベールは王太子なのだ。

 予備であった第二王子だった時とは違う。


 しかも、今居るのは城の中庭。

 挙句に兵士や使用人達に刃物を持たせて集めさせている。

 何をしようというのか、気になった国王レオポルドや宰相ハストンが城の中からコッソリと見ている。

 ベネルクス連合王国に駐留する神教庁の騎士達も暇なのか、中庭に様子を見に来ていた。


「死んでるので、皆さん逃げなくて良いですよ」


 あらかじめゾルドは皆に言っておく。

 一般人の反応は屋敷の料理人達で知っている。

 また逃げ出されても面倒だ。


 ゾルドは袋の中にある魔神のローブから、ヒュドラの首を取り出した。


(インパクトが大事だよな)


 追加でワイバーンの死体も取り出す。

 この二体の魔物の死体を見て、多くの者が取り乱す。

 そんな中、アルベールは王族としての見栄もあるのか、一歩たりとも後退りはしなかった。


「これは……、蛇と飛竜ですか?」

「これはヒュドラとワイバーンですよ、殿下。いやぁ、懐かしいなぁ」


 その場に居合わせた神教騎士団の隊長であるポールが、アルベールに説明をする。

 彼とて正騎士。

 ソシア行きの経験はあった。


「その通りです。実はソシアに商材を探しに行っている時に遭遇したので、お土産に持って帰る事にしました。殿下には留守中に大変お世話になったようですので、お礼としてご笑納頂ければ幸いです」

「お土産というにはまた……、凄い物を持って来ましたね」


 笑顔を作ろうとしているが、アルベールの顔はヒクついている。

 城の中庭に巨大な魔物の死体を置く事も非常識だが、その鮮度も非常識だ。


「ソシアから持ち込んだにしては、まだ殺したばかりのように見えますね」


 この世界にも冷蔵庫のような魔道具はあるが、クール便のように冷蔵して遠距離まで運ぶ馬車はない。

 新鮮な魔物の死体に度肝を抜かれていた。

 ゾルドもこの疑問に答えるための用意をしている。


「えぇ、実は鮮度を保ったまま運ぶ魔法があるんですよ。私しか使えませんけどね」


 困った時は魔法と言っておけばいい。

 それがゾルドの学んだ、この世界の言い訳の方法だ。


「なるほど、さすが凄腕の商人というわけですね」


 天神に密命を受けるような男だ。

 商才に優れているだけとは思わなかったが、こんな大きな物を鮮度を保ったまま運べる魔法を身に付けているとは思いもしなかった。

 きっとまだ何か隠している事があるのだろうと、アルベールは思っていた。


「ヒュドラやワイバーンの素材は、基本的にソシアの冒険者に優先して回されると聞いております。そちらで活用して頂ければ光栄です」


 ゾルドの言葉にアルベールは強くうなずく。

 ソシアの冒険者は、魔物との闘いという人類の最前線で戦ってくれている。

 なので、ソシアで戦えるような冒険者は、装備に関して優遇されていた。

 しかし、消耗される装備を考えると、あまり魔物の素材はソシア国外には持ち出されない。


 魔物と戦うために、魔物の素材で作った武具を消費する。

 そして、倒した魔物の素材で武具を作る。

 その繰り返しだからだ。


 ヒュドラの鱗などの素材はベネルクスにも入ってくるが、裕福な者が鎧を作って家に飾ったりする程度。

 コレクターズアイテムでしかない。

 首一本分とはいえ、魔物との闘いに関しては安全圏に位置するベネルクスには貴重な素材だった。

 ワイバーンも同様に、商業国家とはいえ手に入りにくい物だ。

 それを丸ごと一匹お土産として渡す。

 ゾルドのきっぷの良さに、その場の者は驚いていた。


「まさか、アダムス殿がこれを?」


 ポールがその場に居合わせた者の疑問を代表して聞く。

 そして、ゾルドが首を振るのを見て、少し安堵した。

 こんな大きな物を運べるというだけでも凄いのだ。

 戦闘に関してまで優れているとなると、才能に恵まれ過ぎだろう。


「残念ながら……。私が倒すとこうなってしまうので、素材がもったいないと怒られるんですよ」


”倒せるのはわかったよ。けど、素材がもったいないから、これからは剣で戦ってね”とホスエに注意された事を思い出した。

 剣で戦うヒュドラは非常に恐ろしかった。

 小さい方をチョッピリ漏らして、コッソリと洗浄の魔法で消していたくらいに。


 その事を思い出したゾルドは、苦笑交じりに焼け焦げたヒュドラの鱗を取り出す。

 焼け焦げた鱗を見てポールの顔が引き攣る。


「ハ、ハハハ。良かったですな、殿下。アダムス殿を完全に敵に回さなくて」

「どういう事だ?」


 アルベールからすれば、ただの焦げた鱗だ。

 それの意味するところがわからなかった。

 これはアルベールが世間知らずなのではなく、分野の違いだ。

 王族は魔物の事を詳しく知る必要などない。

 国の統治が仕事なのだから。


「例えば、ヒュドラの鱗で作られた盾。あれは人間の平均的な魔法使いが使う攻撃魔法を無傷で防ぎます。ただ固いというだけではなく、いくらか魔法に対しても抵抗力があるんです。そのヒュドラの鱗を焦がして殺すような魔法といえば、どれほど強力なのか……」


 ポールの解説を聞き、アルベールもようやく意味を理解した。

 兄のフィリップのせいで、この国は教会だけではなく、非常に強力な魔法使いを敵に回すところだった。


 ヒュドラやワイバーンを気軽にお土産に持ってくる、どこか感覚の狂った男だ。

 平民のような雰囲気を纏っているせいで騙されるが、魔物など虫けらのように殺せるだけの力量を持っているのだろう。

 そう思うと、アルベールの背筋に冷や汗が流れる。

 先ほど言ってしまった皮肉を、時間を巻き戻して取り消したいくらいだ。

 だが、ゾルドはその鱗の事などなんでも無いかのように話を進めた。


「ヒュドラの肉は鳥肉のササミのようでイケるんですが、ワイバーンの方は筋張った肉でイマイチでしたね。煮込みにすれば良いのかもしれませんね。あぁ、そういえばワイバーンの煮込み料理を、ソシアで食べるのを忘れてました」


 そう言って、軽く笑うゾルドにアルベールも合わせて笑う。

 だが、その心中は穏やかではない。

 普通の人間では逃げ惑うしかない恐ろしい魔物も、目の前の男にとっては食料でしかない。


 自分の近くにはポールや近衛兵がいる。

 それでも――


 アダムス・ヒルターは圧倒的強者。

 食物連鎖の上位に立つ捕食者。


 ――彼が敵ではないとわかっていても恐ろしくなってしまう。


(この人を敵に回すような事はやめておこう)


 アルベールはそのように決心した。


 ゾルドはただ差し押さえを止めてくれたお礼に、肉をお裾分けしただけだ。

 しかし、アルベールからすれば、その力を見せつけられたようなもの。


”自分に味方をすれば利益をもたらす。だが、敵に回ればそれ以上の損害を与える”


 遠回しにそう言われている気分だ。


 ただ単にお土産を渡すというだけの行為でも、立場が違えば受け取り方も違う。

 焼け焦げたヒュドラの鱗も、世間話の一環ではなく”自分の力を誇示するために見せられた”とアルベールは受け取ってしまった。

 そう思うと、王太子である自分に気楽に会いに来る理由も深読みしてしまう。


”もしかすると、アダムス・ヒルターは誰もが認めるほど強いので、今まで周囲の者がその振る舞いを許していた。だから、アポを取るという考えがないのではないか?”


 そのように考えてしまった。

 ゾルドは、本人も知らぬ内に誤解を受けてしまっている事に気付いていない。

 だが、それは自分の影響力が高いという事を理解していないからだ。

 影響力が高い人物の行動は、一挙手一投足が注目され、その行動に何か意味があるのではないかと深読みされる。

 少なくとも、ベネルクス国内では大物となっている事くらいは気付くべきだった。


 いや、そもそも魔神なのだから大物としての自覚を持つべきだ。

 ゾルドは自分の立場がわかっているようで、わかっていない。

 きっと、人に言われるまで気付かないのだろう。

レビューを頂き、心より感謝申し上げます。

レビューや感想もありがたいですが、誰かに読んで頂けているという事が何より励みになっております。

ちゃんと完結できますよう、前向きの姿勢で鋭意努力していく所存であります!

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