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 ゾルドの呼び出しに応じ、応接間に姿を現したのは予想外の人物だった。


「ヘンリクス、なぜお前が……」


 目の前にいるのはヘンリクス。

 かつてゾルド達に屋敷の案内をした者であり、ベルシュタイン商会にいた時に雇った男だ。


「なぜも何も、ベルシュタイン商会をクビになったからですよ。私だけではなく、新規雇用者全員がね。あなたがベルシュタイン商会を抜けたせいで金を取り扱う事業は廃止。だから、必要無くなった営業社員は切り捨てられたんですよ。そこでとある人物に勧誘されて、今ここにいるというわけです」


 ヘンリクスは、なぜクビになったかを語った。

 しかし、ゾルドが聞きたいのはその事では無かった。


「なぜ俺を狙った?」


 その理由が聞きたい。

 ただ金を持っていそうだからという理由なら、この場で殺してうやむやにしてしまえばいい。

 だが、何か大きな組織が背後にいる場合は大問題だ。

 ベネルクス連合王国内において、ゾルドは裏社会との繋がりがない。


 もしも、組織的に金を奪いに来たのなら大変な事態になる。

 この金の請求を上手く跳ね除けなければ”美味しいカモだ”と他の組織にも狙われるようになってしまう。

 そういうカモの情報は出回るからだ。

 ゾルドが日本で働いていた時も、カモの情報は同業者間で出回っていた。


 穏便に金を奪おうと考える者達だけならばいい。

 だが、中には実力行使で金を奪おうとする者もいるはずだ。

 そうなると、戦える者がゾルドを含めて少人数しかいないので、実力行使をされた場合対処に困る。

 ゲルハルト達も元軍人なので戦えるだろうが、頭脳労働メインの人材を集めている。

 チンピラ相手とはいえ、複数に囲まれれば危険だろう。


 ヘンリクスがどのようなケツ持ちを持っているのか。

 そして、どこまで要求するつもりなのかを見極めなければならない。

 それまでは、軽はずみな行動はできないのだ。


「お前一人が稼いでいるからだ!」


 ヘンリクスが立ち上がった。

 この場に同席していたテオドールとラウルが、剣に手をかける。

 言葉も荒くなっているので、ゾルドを恨んでいるという事がわかったからだ。


「メーヘレン不動産も、ベルシュタイン商会もお前のせいでクビになった! これは退職金だ! 正当な報酬を受け取って、何が悪い!」


 ヘンリクスにも正当だという言い分があるのだろう。

 だが、ゾルドにも言い分がある。


「いや、不動産の方はお前のせいだし、ベルシュタイン商会の方はヨハンが無能だったからだぞ。俺に言うなよ」

「関係ない! あるところから貰うだけだ!」


 ヘンリクスにとって、ゾルドが一人勝ちした事が許せないようだ。

 拳を握り締め、ゾルドを強く睨む。


「そんな事は無理だ。今も差し押さえを止められているだろ? 王家に働き掛けて、裁判の判決をひっくり返すだけだ」


 ゾルドの言葉をヘンリクスは鼻で笑い飛ばす。


「裁判の判決がどうなろうが関係ない。必ず取り立てるさ。1兆エーロをな」


 100億エーロだったはずが、いつの間にか1兆エーロにまで増えている。

 それだけ、取り立てる自信があるという事だろう。


「私も良い時に誘われた。お前への復讐ができるのだからな。今、俺がいる組織は一気に勢力を拡大している。ベネルクスの裏社会の顔役さ。その力を使って、何が何でも取り立ててやる!」


 ヘンリクスは自分が有利な立場だと思い込み、聞いていない事もベラベラと喋ってくれている。

 ゾルドは気圧されているフリをして、そのままヘンリクスに喋らせた。


「表社会で少し活躍して良い気になっているようだが、お前なんか裏社会じゃ小物なんだぞ!」


”表社会で爪弾きにされるような奴が裏社会に行くんじゃないのか?”


 そう言いそうになって、グッと我慢する。

 今はまだ情報を得る段階だ。

 ここで挑発して、情報を話さなくなられても困る。 


「しかもだ。一説によればボスは魔神とすら繋がりを持つそうだ。どうだ、凄いだろう」

「へっ?」


 ゾルドは間の抜けた声を漏らしてしまう。

 いや、ゾルドだけでは無かった。

 この場に同席した者全員だ。

 レジーナ、テオドール、ラウル、ラインハルト、ゲルハルト。

 全員が間の抜けた声を出して驚いていた。


「フン、驚いたか。しかもだ。ボスのノルドさんもこの街に来ているんだよ!」


 ヘンリクスの言葉に、一同は沈黙した。

 それを恐れを成したと判断したヘンリクスは話を続ける。


「ノルドさんの力があれば、権力くら痛ぁぁぁい」


 ゾルドは話を続ける事を許さなかった。

 人並みの力で顔面に一撃を食らわせ、そのまま馬乗りになる。

 そして顔面を殴り続けた。


「ビビらせんなよ、このカスが! てめぇのケツ持ちって、ユーグじゃねぇか」


 ここまで話を聞けば、最後まで聞かなくてもわかる。

 パリでの事業を任せたユーグが、ベネルクスにまで勢力を拡張してきたというだけだ。

 背後にどんな大組織があるのかと思ってビビっていたのが馬鹿馬鹿しくなる。


「ま、待て。俺はノルドさんのお気に入りだから、お前は怒りに触れるぞ」

「お前なんて気に入ってねぇ。怒りに触れてんのはお前なんだよ! 俺の女をコケにしやがって!」


 ゾルドの様子を見て、ヘンリクスは何か大きな間違いをしたのではないかと気づく。


「貴方様はどちら様で?」


 顔を殴られながら、なんとかこの言葉だけを絞りだす。

 ゾルドは一時的に殴るのを止めた。


「俺が本家本物のノルドだよ。お前のいうノルドさんってのは、俺の部下のさらに部下に名乗らせている偽者だ。あぁ、チキショーーーーーー! 考えれば考えるほど腹が立つ」


 ゾルドは殴るのを再開した。

 大富豪アダムス・ヒルターに喧嘩を売るような真似のできる組織。

 それが、自分の作った組織だったのだ。

 自分の陰に怯えるような愚かな真似をしてしまった。

 恥ずかしくなったゾルドは、八つ当たりとしてヘンリクスが気を失うまで殴り続けた。


「テオドール、ユーグを連れて来い。それと、自分達の命の値段にふさわしい金額の現金を持ってくるように伝えろ」

「へい! ラインハルト、居そうな場所を知ってたら教えてくれ」

「はい」


 テオドールはラインハルトにユーグがたむろしてそうな場所を聞くと、走って屋敷を出て行った。

 ゾルドの怒りのとばっちりを受けてはたまらない。

 全力で命令を遂行する事で、忠誠心を証明して情けに期待するしかなかった。


「ラインハルト! お前はユーグの組織だと気付いていなかったのか?」


 咎めるような口調でラインハルトを問い詰める。

 わかっていれば、レジーナも思いつめるような事は無かったからだ。


「す、すみません。人手を増やしたのは最近でして。国外の諜報活動が忙しくて、国内にまでは手が回ってませんでした」

「それは私が国外を優先するようにと指示を出したからです」


 ラインハルトとゲルハルトの返答に、ゾルドは頭を強く掻いた。

 ゲルハルトに協力するように言ってあったので、ゾルドの命令通りにそちらを優先していた。

 国内の事まで手が回らなかったのは、単純に手が足りなかっただけなのだろう。

 だから、専属の部下を雇い入れた。

 ラインハルトも優秀だが、ジョゼフのようになるには、まだまだ時間が必要のようだ。


「これからは、ちょっかいを出してきた相手を最優先でやれ。それと、情報の精査に使う人材は必要なだけ雇え」

「はい、わかりました」


 ゾルドは不機嫌そうにソファに座る。


(クソッ、面白くねぇ。ほんの少し狂うだけで、雑魚相手に狼狽するなんてな)


 ――ゾルドが不在だった。

 ――相手がユーグ達だとは知らなかった。


 たったそれだけで、ゲルハルト達も上手く立ち回る事ができなかった。

 組織作りの最中だという事を実感させられる。


「あなた……、落ち着いて」


 レジーナがゾルドの太ももに手を乗せる。

 こうして触れ合うのも久し振りなのに、ヘンリクスのせいで温もりを味わう暇すらない。


「落ち着いてられるか。ほんのわずかなすれ違いでこのザマだ。これじゃあ、組織なんて呼べない。ただの寄せ集めだ! ここまで酷いとは思わなかった。自分が情けなくなる」


 ゾルドは優秀な人材を集めれば、それで組織として成り立つと思っていた。

 今までに経営者として働いた事がないので、組織という物を甘く見ていたのだ。

 方向性を示せば、それだけで皆が完璧な仕事をこなすわけではない。


 情報伝達、危機管理、その他――


 事態に対応できるように様々な方法を考える必要を感じていた。


「だったら、少しずつ進めて行けばいいわ。最初は酷くても、諦めなければいつかは良くなるはずよ。私達の関係のように」


 レジーナがゾルドを慰める。

 ゾルドとレジーナの出会いは最悪だった。

 だが、今では夫婦同然のように愛し合っている。


 組織も同じ事。

 今は寄せ集めで酷いと感じていても、いつかは組織としてのまとまりが良くなるはずだ。

 ダメだと思ってすぐに諦めていたら、組織作りなんて出来はしない。

 特に魔神陣営という、反社会的勢力ではなおさらだ。


「あぁ、そうだな」


 今後は、ゲルハルトのように”自分の関与しない事だから対応しなかった”では済まさせるつもりはない。

 ゾルドが居なくとも、その場にいる者で考え、行動する組織作りをしようとゾルドは決意した。



 ----------



「おやっさん、姐さん。本当にすんませんっしたーーー!」


 ゾルドに呼び出されたユーグが、いまだに倒れたままのヘンリクスの隣で土下座をしている。

 屋敷に来る途中で、テオドールから事情を聞いていたので、死地に飛び込むような気持ちで訪れていた。

 今にもゾルドに殴り殺されそうなのが恐ろしい。


「おい。その馬鹿を雇った事は良い。だが、レジーンを騙そうとするという事は、俺を騙すのと同じ事。覚悟はできてるんだろうな」


 ゾルドはドスを利かせた声でユーグを脅す。

 ユーグにも誰を騙したのかわかりやすいように、パリで使っていた偽名でレジーナを呼んでいる。


「その事は誠に申し訳ないです。でも、おやっさんも悪いんですよ」

「あぁん! なんだとコラぁ!」


 まるで浮気した女が”でも、あなたも悪いのよ”と言うかのようなユーグの言葉に、ゾルドの怒りは頂点を迎える。


「だって、おやっさんがアダムス・ヒルターだなんて教えてくれなかったじゃないですか!」


 ゾルドの怒りに触れ、ユーグも必死に自分の言い分を言い切った。

 これだけは言っておかねば、ユーグとしても気が済まない。


「……言って無かったの?」


 レジーナの言葉が、静まり返った部屋に響く。

 ゾルドも、自分の中の怒りが急速に静まっていくのがわかった。


「言ってなかったっけ?」


 ゾルドの言葉が困惑に満ちた物となる。

 ユーグは”助かるのは、今しかない”と思い、その点を強調する。


「聞いてねぇっすよ。金を稼ぎに他の国に行くとは聞いてやしたが、ベネルクスとすら聞いてねぇっす。名前を変えるっていうのも聞いてなかったっす」

「あー……」


 今思い返せば、ベネルクス行きも”とりあえず、行ってみよう”程度で、他の国に移動する可能性もあった。

 だから、パリに残るユーグには行き先を伝えていなかったような気がする。


 そうなると――


(あれ……、俺が悪いのか?)


 ――という事に考えが行き着いてしまう。


 情報伝達が上手くいっていなかったので、ユーグ達が金持ちのアダムス・ヒルターに手を出したとしてもおかしくない。

 なぜなら、ユーグはアダムス・ヒルターがゾルドだと知らなかったからだ。


 ゾルドは思わず頭を抱えた。

 この件は自分の手際の悪さの代償が、ダイレクトに自分に返って来たというだけだったのだ。

 それでも、ユーグに責任をなすりつけようと、落ち度が無いかを探ろうとする。


「大体、パリにいたお前がなんでロッテルダムにいるんだよ」


 暗にお前がロッテルダムにいなければ、こんな事態にならなかったと責める。

 しかし、ユーグにも正当な言い分があった。


「パリになんて居られませんよ。裁判所は反革命分子の死刑判決で手一杯で仕事にならなくなったのに、スラムに住む俺達を反革命分子のブルジョワだって金を奪おうとする平民。国が滅茶苦茶になってスラムじゃ食い物が手に入らなくなったから、俺達を頼ってくるスラムの住人。それでみんなで相談して、安心して暮らせる国へ行こうってなったんでさぁ」

「パリはそんな事になってんのか……」


 革命騒ぎも最初は良かったが、戦争が続いている中で国家元首がコロコロと変わり、国家経済は悪化の一途を辿っている。

 そのため、戦争中の国を攻め落とし、降伏させて賠償金を得ようとしていた。

 だが、軍を拡張する事で出費は増え、国内の労働者が減り税収も減るという悪循環に陥っていた。

 ユーグ達はガリア国外に出るだけの金銭的余裕があったので、劣悪な住環境となったパリを離れ、ベネルクスに移住してきたのだ。


「ヘンリクスは裏社会の顔役って言ってたが、どうなってるんだ?」

「ベネルクスは治安が良かったんで大きな組織が無く、小さな組織ばかりだったので吸収しやした。構成員だけでも、全部で二千人くらいはいるはずです」

「そ、そうか……」


 テオドールの部下だったユーグが二千人規模の組織を運営している。

 ゾルドはこの屋敷の使用人を含めても五十人以下。

 それで四苦八苦しているくらいだ。

 部下の部下に器で負けているかもしれない。

 その事実が、ゾルドの心を深くエグった。


「姐さんには申し訳ない事をしたと思ってまさぁ。今回はこれで勘弁してくだせぇ」


 ユーグがいくつかの袋をテーブルの上に置く。

 スラムの住人だったのに普通の革袋ではなく、マジックポーチを使っている事から羽振りの良さが察せられる。

 ゾルドはその一つを手に取り、中を覗いた。


「結構稼いでいるじゃないか」

「へい、こっちでは金持ち相手にもやってますんで。それにジョゼフの旦那に情報料取られないんで実入りも良いんでさぁ」

「ほう」


 その言葉で、ゾルドはユーグの事を危険だと思った。

 パリにいた頃は、貴族や政治家と繋がりのある相手には手出しをしていなかった。

 だが、今のユーグのやり方では、いつか有力者と衝突する。

 いや、すでにゾルドと衝突してしまっている。

 これはジョゼフを使っていれば避けられた事だ。


 ユーグと深い関係を持てば、せっかくベネルクス国内で得た地位を失ってしまう危険性がある。

 この機会に、縁を切っておいた方が良いと判断した。


「本来なら懲罰として全て没収するつもりだったが……。まぁ、こっちも悪かったし、半分だけでいい」


”あぁ、やっぱり取るんだ”


 それがこの場にいた者の感想だ。

 連絡の不備を認めながらも、半分は没収するゾルドに半ば呆れていた。


「それと、ヘンリクスはこちらで処分しておく。異論はないな?」

「へい、もちろんでさぁ。アダムス・ヒルターに恨みがあるからやらせてくれって言いだしたのはそいつなんで、好きにしてくだせぇ」


 ユーグにヘンリクスを庇い立てる必要は感じなかった。

 優秀な人材ではあったが、ゾルド相手に喧嘩を売って無事に済むはずがない。

 ユーグはパリのスラムで、ゾルドが敵対勢力に何をしたのか知っている。

 自分が生首のオブジェになるのは嫌だった。


「殺す前に、何かやっておきたい事はあるか?」


 ゾルドはレジーナに聞いてやった。

 今回の件で心労が溜まっていたのはレジーナだ。

 恨みを晴らす機会は与えてやりたい。


「そうね、なら一つだけ」


 レジーナは立ち上がるとヘンリクスのもとへと歩み寄る。

 そして、妊婦とは思えない軽やかな動きで、ヘンリクスの股間をヒールで踏み潰した。

 グシュッと、何かが潰れるくぐもった音が部屋に響く。


「おぅ……」


 誰が漏らした声なのかわからない。

 だが、この部屋に居た男達全員がやや前屈みになっている。


 股間を踏み潰されたヘンリクスは、気絶したまま白目を剥き、全身をビクビクと痙攣させている。

 その姿を見て、レジーナは満足そうな笑みを浮かべた。


「少しスッキリしたわ」


 そんなレジーナと対照的に、男達の表情は曇っている。

 痛みがわかるだけに、ヘンリクス相手だったとはいえ何とも言えない表情だ。


「うん、まぁ……。うん、ユーグは今後気を付けるようにな。帰っていいぞ」

「へい、本当にすんませんでした」


 ユーグは持って来た金の半分を持って、逃げるように帰っていった。

”まだスッキリしないから、ユーグのも潰させて”とレジーナに言われてはたまらないからだ。


「イブ、こいつは俺が片付けておく。ジョシュア達に食堂に来るように伝えてくれるか。土産もあるしな」

「えぇ、わかったわ。楽しみにしてるわね」


 レジーナはヘンリクスにはもう用はないと部屋を出て行った。

 今日からは心配事も無くなって快眠できるだろう。


「ゲルハルト。お前は今回の事を教訓に、俺が不在でも対処できるようなマニュアルを作っておいてくれ」

「かしこまりました。今回の件につきましては、私も思うところがあります。是非やらせていただきましょう」


 そう言い残してゲルハルトもどこかへ行った。

 おそらく、部下達のもとへ向かい、そこで相談するのだろう。


「ジョシュアの兄貴、家族との再会をしていて羨ましいです。この現場を見なくて良いんですから」


 レジーナが出て行ったのを確認して、ラウルが思わずこぼしてしまった。

 嫌な奴がやられても、股間への一撃は見ていて気持ちいいものではない。

 今でもまだ、股間にヒュッとした感触が残っている。


「お前達は懐かしいだろうが、ユーグとはもう接触するな。あいつは俺がなぜジョゼフを使って安全な獲物を探していたのかを理解していない。失敗に巻き込まれないよう距離を取れ」

「へい」

「わかりました」


 テオドールとラウルが返事をしたのを確認すると、後で食堂に集まるように伝えてゾルドは二人を下がらせた。

 土産物は全てゾルドが持っている。

 荷物持ちとして、彼等にも土産を渡してやらなければならない。


 そして、最後に残ったラインハルトは、自分がなぜ残らされたのかを疑問に思っていた。


「ラインハルト、差し押さえの判決を出した裁判官の名前を調べておいてくれ」

「構いませんが……、裁判官に手を出すのはよろしくないと思いますよ」


 他人がどんな事件に巻き込まれようが粛々と判決を下すが、身内の人間が犯罪に巻き込まれると判決は非常に厳しくなる。

 法曹界を敵に回すのは得策ではないと、ラインハルトは考えていた。


「関係無い。そいつが差し押さえの判決を下さなければ、こんな事にもならなかった。俺の手で見せしめにしてやる」


 黒幕がユーグだったので、振り上げた拳を叩きつける相手を欲しがっただけ。

 ただの八つ当たりだ。

 今まで散々法律を悪用しながらも、自分がやられると堪えきれない怒りが湧いてくる。

 逆恨みとわかっているが、これだけは譲れなかった。


「わかりました。二、三日以内に自宅を突き止めます」


 ラインハルトも、自分の仕事を行うために部屋を出て行った。

 残されたのは、ゾルドとヘンリクスのみ。

 ゾルドはヘンリクスのもとへと向かう。


「逆恨みといえば、お前もだよな」


 ゾルドはヘンリクスの頭を踏み潰した。

 そして洗浄の魔法ですぐに消し去る。


(逆恨みってのは厄介だな)


 今も自分の中で怒りをぶつける相手を探し、その標的を裁判官に向けたところだ。

 ゾルド自身もいつ、どこで、誰に恨みを買っているかわからない。

 それも、こちらが恨みを買ったという感覚のない、逆恨みを見抜く事などできない。

 しょうもない人間関係でも、今回のように大問題になる事がある。


 ゾルドは組織関係の見直しだけではなく、人間関係の見直しの必要性も感じていた。

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