行きつけの喫茶店
行きつけの喫茶店には、本当にクソほどの愛想のない店員さんがいます。
よく接客業が出来るな、と思ったけれど。
正直自分もそんなに愛想がいい方ではないので、人のことを言うのは止めようと思う。
そんな店員さんのいる喫茶店が大好きなのには理由があって、店員さんも愛想はないけれど雰囲気と容姿は好みだし、出してくれる飲み物も食べ物も美味しい。
後はお店の雰囲気が良くて、割と明るめの明かりにアットホームな感じが落ち着く。
「いつもの、お願いします」
新しく買ったばかりの本を引っ張り出しながら、お店の隅っこの席に座り、注文をする。
最早メニューなんて見ないし、座る席はいつも決まっている。
すっかり常連さんだ。
無口な職人気質のマスターさんとも仲良くはなったが、残念ながら店員さんとは仲良くはない。
挨拶程度はするけれど、所詮は店員と客だから。
うん、一人納得して本を開く。
好きな作家さんの新作ミステリー。
ミステリーなのにどこかしら笑える部分があって、謎解きもしっかりしているから好きだ。
文章も堅苦しくないから、ミステリー初心者の友人にも勧めたことがある。
結果ハマってくれたので大満足。
今回のもきっと面白いんだろうな、とワクワクしながらページを捲る。
耳に馴染むようなクラシックが流れる店内には、芳ばしいコーヒー豆の香りが広がっていて、自分の本を捲る音がダイレクトに聞こえた。
こういうの、好き。
のほほんと、花でも飛ばすんじゃないかって感じで本を捲っていると、ゴンッ、と勢い良く目の前にカップが置かれた。
……置かれたというか、叩き付けられた気もする。
それなのに中身が零れていないのは何故か。
本から顔を上げて瞬きを数回。
愛想のない店員さんを見上げれば、何だよ、みたいな顔をされて少し傷つく。
カップの横にケーキを置かれたが頼んでいない。
「あの、これ……」
「……店長が試作だからって」
ボソボソっと独り言みたいに漏らされた言葉に、私は首を傾げてケーキを見た。
まぁ、確かに見たことないけど。
「食べ終わったら、感想、聞かせろだって」
なるほど、軽く頷けば面倒くさいとでも言いたげな溜息が落ちてくる。
いや、本当、向いてないんじゃない?この仕事。
だって声も小さいから、お客さん多い時なんて聞こえない気がするし。
愛想どうこうの前にタメ語だし。
タメ語に関しては年も近そうだから、私は気にしないけれど。
他のお客さんには敬語なのだろうか。
「……ありがとうございます」
軽く頭を下げれば、一瞬だけ目を見開いてから首だけで会釈する店員さん。
猫背のままカウンターへと戻って行く。
もう少し仲良くなれたらなぁ、なんて思いながらカップの持ち手に指を絡めた。
エスプレッソの深みある香りと、ミルクの甘い香りが混ざり合う。
視線を落とせばそこにはミルクで描かれた猫。
頼んでないサービスに、だから来ちゃうんだよなぁ、と思う。
仲良くなりたいなぁ、そう思いながら店員さんを見れば、目が合って睨まれる。
啜ったカフェラテはいつもより甘い気がして、店員さんに笑いかけた。
じわりと朱が差した店員さんを見て、意外と早く仲良くなれるかもしれないと考え直すのは、数秒後。