004
一匹殺してしまえば、もう後は作業だった。元から俺の趣味は親父狩りだったんじゃあないだろうか? と思ってしまうほどだった。多分、涙と共にさよならしたんだろう、弱い自分と。或いは、大切な何かを。
自分のメンタルに吃驚だ。この場合、メンタルが強いのか弱いのか、なんとも判断はつかないけど。
酸っぱい口の中を誤魔化すようにドライフルーツを口の中で転がしながら、一時間程の時間をかけて、俺は七匹のおっさん虫を解体する。この密林の中で暮らす生物は彼等だけのようで、他に生き物の姿は一切みなかった。
そう言う異界なのだろう。深く考えたら負けだ。
時間的にも、討伐数的にも丁度良いと、俺はそこで葵と紅蓮の元へと一端戻った。
紅蓮は目覚めていたのだが、おっさんの体液と肉片塗れの俺を見て再び気絶した。葵に指示を出し、ペットボトルの水を顔にぶっかけて無理矢理目覚めさせる。
俺の格好と指示に葵も紅蓮もドン引きしていたが、あのおぞましい生き物を七匹殺したことを伝えると、滅茶苦茶喜んでいた。もう、ほとんど崇拝にも近い熱い視線だった。
確かに昨日までの俺でも、あのサイズの人間の顔を潰せる人間がいると聴いたら、信仰の対象にしても、畏怖の対象になったとしても不思議はない。
それくらい、あの外見は禍々しく、凶悪だった。
首を回収して持ち歩く為に、リュックの中身を出すように頼むと、二人は言われた通りに素早く行動してくれた。ただ、リュックを受け渡す際に、滅茶苦茶俺に対して腰が引けているのが気になった。
化物を退治する過程で、俺自身が化物になってしまったとでも言いたげなその態度を一度見逃し、生首を回収しに俺は密林へと戻った。全部で七体の首をリュックに仕舞いこむと、俺はもう二匹のおっさん虫を見つけると、八本の肢と二本の触手を引き抜き(この頃になると触れることに抵抗はなくなっていた。自分の適応能力の高さが誇らしい)頭部と胴部の隙間に手を突っ込み、二人の元へと急いだ。
勿論、彼女達にこのセクハラ顔のおっさんを殺して貰うためである。
俺だけがこんな目に合うなんて絶対に嫌だ! 二人が綺麗な姿のままなんて許せない!
超狭量な男がここにいた。
それにこのままだと、俺は何か厄介事がある度に先陣を切らされるようなポジションに落ち着いてしまう。それは働きたくないと言う思想に反する。
勿論、俺が率先して先陣を切らねばならない状況と言うのはある。正に今回がそれだった。それは『三人の中で俺が適任だから』であるのだが、しかし虫一匹を殺す程度で一々俺が動いていたら話しにならない。
こんなこと、誰にだって出来る。誰にだって出来ることは、俺がやる必要はない。だから、俺はやらない。
故に、今後のことを考えれば、彼女達にもこの程度は出来るようになって貰わなければ俺が困る。探索者として、彼女達自身も困るだろう。
だから私怨が籠った嫌がらせではあるのだけれど、完全に無意味な行為かと言えばそれは違う。授業の一環。訓練であり、試練だ。そうだ、これは彼女達のことを思っての行為であって、私怨でもなく嫌がらせでもない。自分の掌返しの速さに驚きそうになる。
ああ。こうやって、自分に都合良く物事を改変して行くから、中学生のクラスメイトの顔も思い出せないんだろうな。
あれ? やっぱり俺って下種か? 好感度が落ちていくようなことしか考えてないんだが…………まあ、いいや。そんな自分が大好きだし。
そんな風に、あの二人になんとか化物退治をさせる為の理由を考えている内に、俺はスタート地点へと戻ってきた。現世と異界を繋ぐのは基本的に石造りの鳥居となっている。良くわらからないが、『あちらとこちらを分ける』と言う魔法的な意味合いのもっとも強い形の一つらしい。他の国ではまた違った形をしているようだが、割愛。
動かすにはそれなりの技術と時間が必要となっており、今回の場合は俺達三人が特定のキーワードを呟いて魔力を通すが、指定時間に教員が迎えに来るまで開くことはない。
葵と紅蓮のコンビは、君の悪い悪趣味な化物を片手にそれぞれ引き摺る俺を見て、その鳥居に縋り付き、泣き叫びながらキーワードを叫び始めた。少し前の俺も、逆の立場なら絶対にそうするだろう。その場から逃げ出そうとしても、密林の何処におっさんがいるか分からない以上、奴等にはこの場から逃げ出すと言う選択肢も相当なリスクとなっているからな。
「よ! 帰って来たぜ!」
フレンドリーに俺が声をかけると、
「死ね!」
葵から口汚く罵られた。
は! 無駄だ。既に俺の心には女子高生の罵倒で汚れる余地など微塵もない。
「こっちに来ないで下さい!」
紅蓮の方は泣きながら鉄棒を構えている。何も考えずに近づいてしまったが、そう言えばとっくの昔に彼女の射程範囲内に入ってしまっている。これは少し不味いか?
彼女達との距離が十メートルと言った所で、俺は取り敢えず両手から化物を放し、ついでにリュックも下ろすと、両手を上げて無害であることを示す。
「良いか、近づくから撃つんじゃあないぞ」
俺の言葉を聴いているのかいないのか、興奮状態の二人は鋭い目つきで俺の動向に注視する中、じりじりとまるで家屋に立て篭もる犯人を説得する警察官のように二人に近寄って行く。もしふざけて「ゴキブリ!」とか言って大きめの干しブドウを投げたらどうなるだろうか? 破滅的な行動を取りたい衝動に駆られる。勿論、実行には移さないけど。
「嘘吐き! 裏切り者! なんであんなの持って来たッすか!」
おっさんと少女達の中間地点で足を止め、答える。なるべくおっさんを見ないように葵は努力をしていたが、やはり意識せざるを得ないのだろう、視線が小刻みに動き、かなり挙動不審状態になっている。
敬語らしい体育会系の語尾は続いているが、俺に対する信用はダダ下がりのようだった。
「何でって、今回の授業を君達がクリアしてないからだろ?」
「さっきは『一人で九匹倒してしまっても構わんのだろう?』とか、超ドヤ顔で言ってたじゃないっすか!」
「ああ。最初はそのつもりだった。が、今は違う。これは必要な試練なんだよ。あの気味の悪い化け物を殺すことによって、俺達は精神的に成長する必要があったんだ。考えても見ろ。お前はこの先、嫌なことがあったらそうやって逃げ出すだけの人生で良いのか? 巨大ナメクジが道を塞いでいたら諦めるのか? 巨大ヤスデが宝箱を守っていてもスルーするのか? 巨大ゲジゲジが両親を殺そうとしていたら見殺すのか? 違うだろ? 逃げてちゃ、勝てねーんだよ。勿論、わかるぜ? 嫌な気持ち。俺だって嫌だった。でも、ここで逃げたらよ、次も簡単に逃げちまうぜ? 乗り越えるなら、今が一番簡単だ。一緒に乗り越えて、探索者になろう。一人じゃあ無理かもしれないけど、俺だってできた。お前らのことを思うと、自然とできた。だから、お前らだって出来るさ。一人じゃあないんだ。俺達は同じパーティーを組んだ仲間じゃないか」
事前に台詞を用意したわけでもないのに、俺の口は自然と熱くそんなことを語っていた。案外、これが俺の本音だったりしたら嬉しいのだが、場当たり的に正論や耳あたりの良い言葉を並べているだけだろう。
だが、それで良い。あんな奴を殺す為に必要なのは理屈ではなく勢いだ。そして考え過ぎた言葉には理があっても勢いはない。兎に角『良くわからないけど殺した方が良いかも』と思わせるのが最優先。既に俺が七匹も殺していることもあって、心理的には『殺さなくてはならない』と言う方向に傾いている可能性も極めて高い。
そんな俺の思惑が功をそうしたのか、
「私、やります!」
と意外にも紅蓮が震える足で立ち上がった。
「仲間、ですもんね!」
そう言う彼女の瞳は、真っ直ぐに俺を見ている。さっきも『友達』と言う言葉に強く反応していたけど、もしかしたら彼女はその、所謂、友達が少ない人種なのかもしない。まあ、俺も多い方ではないのだけれど、それを苦にはしていない。が、紅蓮は自分から人に近づくことができない割に、人恋しい性格なのだろう。面倒臭い奴だ。
「ああ。俺達は仲間だ。当然だろ」
が、ここは素直に頷いておく。俺の最終的な目標として、頼られていると言うのは悪い話じゃあない。それに、ここでこうやって立ち上がれるのだから、きっと友達なんてきっと幾らでも作れるようになるだろう。
「葵ちゃん! やろう! 大丈夫だよ。ちょっと大きいおじさんくらい一緒に倒そう!」
「えぇ!? ちょっと大きいおじさんの顔だから気持ち悪いって言う話なんだけど!?」
「葵ちゃん! やろう! 大丈夫だよ。ちょっと大きいおじさんくらい一緒に倒そう!」
「えぇ!? 説得のレパートリー少なっ! もうちょっと私を勇気づける台詞を頂戴!」
「葵ちゃん! やろう! 大丈夫だよ。ちょっと大きいおじさんくらい一緒に倒そう!」
「勇気づける台詞もそれなの!? 無理! 勇誠さん! 何でもするから許して」
コミュニケーション能力が低すぎる紅蓮の説得を諦め、何を思ったか俺に助けを求める葵。最初に俺が言い出して現在に至っているのだが、混乱していて短期記憶がクラッシュしているのかもしれない。
良い傾向だ。このまま、わけわかんないまま、勢いに任せて殺させよう。
「大丈夫だ。殺してみれば案外大したことはないから。それに、良いのか? ここで殺せなかったら、お前は未来永劫、俺と紅蓮に『そう言えばあの時、葵だけビビって殺せなかったんだよねー』と語り継がれることになるんだぞ? 明日から相生チキン葵って呼ばれるんだぞ? 例えお前が一流の探索者になっても、チキンだ。殺るは一時の我慢。殺らないは一生の我慢」
「そんな諺ないよ!」
「っち。じゃあ仕方がない。葵の分は俺が殺るよ。それで良いだろ? 紅蓮」
「言え、チキ……葵ちゃんの分は友達である私が引き受けます」
こいつ、いま葵のことをチキンと言いそうになったぞ。仲間と言うか友達が出来たことが嬉しくてハイになっているのか、それとも元々こう言ったキャラクターなのかは判別できない。一週間程度の付き合いでは、彼女の人間性の判断は難しい。
「いや。お前も本音じゃきついんだろ? 俺に任せてくれ。一匹だけでも有難いよ」
「いえいえ。勇誠さんこそお疲れじゃあないんですか? 私も頑張るチキン」
チキンが語尾みたいになった! 思ったよりも、愉快な奴だった。
「俺が殺るって言ってるだろ? ガキは大人しくしとけよ」
「私が殺ります! 勇誠さんは黙っていてください」
「俺が!」
「私が!」
ヒートアップした俺達は互いの顔がくっつく距離でガンを飛ばし合う。
一触即発な空気に、葵がおずおずと手を上げる。
「ケンカしないで! なら、ここは私がやります!」
「どうぞ」「どうぞ」
「はっ! 謀られたっ!」
と、言うわけで、ノリと勢で二人の化物退治が決まった。
本当、こいつらば馬鹿――じゃなくて、阿呆――でもなくて、単純でも、ちょろいでもなく、えーっと、うん。
可愛い奴らだ。




