少女漫画のようだ。全力で見なかった事にしたい。
何気ない日常の中で、友人達と友情を築いたり、たまに恋愛で悩んで苦しんだりとか色々ある。
「よく少女漫画にさ、ラブレターとか入れたりとかしてるけど、今でもやってるのかな」
「いやいや、それはないっしょ。今はメール、通信アプリとかの時代だよ?そんな古風な事やる人って逆にレアじゃない」
そんな青春真っ只中の女子高校生の私は放課後に友人と話しながら、靴を履き替える為に下駄箱を開けた。
今時、メアド交換か通信アプリのID交換が当たり前。まぁ、私は交換しようとか言われた事ないけど。そんな事を思いながら、下駄箱の中にある私のローファに視線をやる。ローファの上には一枚のメッセージカードが乗せられてあり、何気なく手に取ってカードを裏返す。そこには、愛のポエムらしき文面がカードいっぱいに細かい文字で刻み込まれていた。なんの意味かはわからないが文字の色はピンクだった。
咄嗟に元の状態に戻し、下駄箱を閉じた。
「どうかした?」
訝しげに見てくる友人の顔を見て、少しだけ冷静を取り戻した。
「…………なんか、見ちゃいけないものを見た」
私は誰かの下駄箱を開けてしまったのだろうか。そう思って、番号確認。うちの学校の下駄箱の番号は、学年、クラス、出席番号の順番で数字3文字とアルファベット1文字の組み合わせで割り振られている。私の番号は、2D13。2年D組出席番号13番。木倉 由乃。番号は間違っていなかった。
という事は、ラブレターの入れた先を誤ったか、それとも悪戯か。どっちだ。
「本当にどうかしたの?」
パカリと友人の手によって再度開けられた下駄箱は相も変わらずメッセージカードが入っていた。
「わっ。ラブレター?どれどれ。『木倉由乃様へ いつも君の事を見つめていました。登下校の時も授業中や、部屋の中いつ何時も君を見てました。由乃をお嫁さんにするために色々と頑張りました。由乃の苦手な料理や家事も一通り熟せるようになりましたし、君の為に有名大学を卒業し、就職するだけです。時は満ちたと思い、今回告白しようと思います。』こわっ!!!!!」
友人の顔は真っ青である。だけど、更に顔を真っ青にしているのは私である。誰だ。こんな手の込んだ悪戯を考えたのは。性質が悪すぎる。
「まだ続きあるけど」
「読まないでよ」
とりあえずあの謎過ぎるカードを持ち帰り、カードに書かれている文章を読んでみる。この時点でおかしいのだがその時の私は自分自身を冷静だと思い込んでいたのだ。仕方ない。
「辻海里?」
文末の最後には学年クラス名前が書かれていた。辻 海里。彼は確かこの間短期海外留学から帰って来たばかりの秀才だ。
栗色の髪はサラサラしていて、アッシュグレイの眼をしていて、まるでお伽噺の王子様だと、女子の間では人気が高い。身長も高くて、成績も優秀で文句なしの美形の王子様が私にこんなカードを送るだろうか。答えは否だ。絶対にありえない。やっぱり誰かの手の込んだ悪戯だとしか思えない。
その証拠に、カードに書かれていたストーカーみたいな事はされていない。登下校もふと何回も後ろを振り返ったが、ヨボヨボのお爺さんが歩いていたり、犬の散歩をしている人が居たぐらいだ。
部屋にも何もない訳だし
「考え過ぎかな」
そうとしか思えなかった。
そして、その考えが覆されたのは、翌日の昼休みだった。
キラキラしい人が私の前に立っている。
職員室帰りの私は人気のない廊下を歩いていた。教室に帰ったら友人とお昼ご飯を一緒にするのだ。いつもの事だが、今日は違う。今日の私のお弁当の中には、私が愛してやまない竹輪の天ぷらが入っているのだ。朝の内にお弁当の中身を確認したので間違いない。楽しみだ。好物が安いって?良いじゃないか。万々歳だよ。我が家のエンゲル係数減らすための手助けだよ。
「由乃」
「あれ、辻君」
階段を昇ろうとして、例の辻君に声を掛けられた。私の中の彼の位置付けは私への性質の悪い悪戯に使わせられたイケメン君である。
「どうかしたの?」
「カード、読んでくれた?」
まだ、悪戯が続いているらしい。
「読んだよ」
手の込み過ぎて気持ち悪かったとは言わない。ホラ、本人内容知らないかもしれないじゃん。ここは空気を読んだ。
「良かった。一目見た時から、由乃は俺の運命の人だと思ったんだ。思ったっていうか、確信に近いものがあったんだけど」
「ん?」
悪戯成功の「やーい引っ掛かった」はまだだろうか。
「ちょっと照れるな。由乃の事が好きすぎて、由乃に何かあると困るから登下校はいつも見張ってたんだ。犯罪とかに巻き込まれないように。家の中でも何が起こるかわからないだろ?だから、ずーっと見てたんだ。だけど、見てるだけじゃ満足いかなくて、でもまだその時じゃないのもわかってるから…。俺、由乃のために色々頑張ったんだ」
ドッキリまだ!!?
頬を少し赤らめ、まるで乙女が恋しているような艶やかで、熱い熱い熱すぎる視線を私に寄越す辻君の女子力が高すぎる。好きな人の為に私頑張るってどこの世界の少女漫画? いや、努力は良い事だよ。自分の為にもなるしね。
だけど方向性間違ったらいけないと思うの。
「海外に留学して色んな伝手を作ったり、君に格好良い所見せたくて、スポーツも勉強も頑張ったよ」
そうだよね。その結果が全国模試50位以内という驚異の成績叩き出したものね。
「由乃が苦手な家事も出来るようになったし」
辻君は一体何を目指してそこまでしているのだろうかと、急に他人事のようになる私は悪くないと思うのだ。
「あ、あのさ、」
「ん?」
さり気なく距離を詰められ、さり気なく私も後ずさり、とうとう後退する事が出来ずに尻に冷たいコンクリートの壁が当たった。
「わ、たし、」
「うん」
顎のラインを撫でられ、徐々に顔を上に向かせられていくのがわかる。なんか変な空気だ。イエス以外は求めていなくて、私は既に辻君のものであるような錯覚を覚える。そんな事はないはずなのに、何故そう思ってしまうのか理解出来ない。私はここでただ赤べこのように首を縦に振る以外にすべき事はないのだ。だが、抵抗するのだ私。頑張れ私!
「その、辻君の事知らないし」
「これから俺の事知って、好きになって。だって、俺達運命の恋人なんだから」
なんか飛躍したが、気にしない。
「その、高校生活でいっぱいいっぱいだし、」
「特にバイトとか部活してないんだから、そんなはずないだろ」
ウグッと息が詰まる。
確かにそうだけど、忙しいのなんて大概、宿題出された時とテスト前ぐらいだけだよ。それ以外は真っ直ぐ家に帰ってドラマの再放送見てるよ。
「そのー…」
言いよどんでると、辻君が私の顔の横に手を付けた。
あ、これ知ってる。今流行りの壁ドンだよね!いやあああああああああ
心が涙で汁だくだ。
「好きなんだ。愛してる。恋人になるよね」
なんでそこ疑問形じゃないの。威圧感半端ない。これは私悪くないバックれたい。ドッキリまだですか。心が涙で海が出来そうなんだけど。
「あの、」
「ん?」
有無を言わせない笑顔で、しかも目が仄暗い。そんな顔で私を見ないでください。病んだ目で私を見ないでください。
「…はい」
「良かった」
顎を固定されて、熱いキスという名で、舌で口の中を弄られ、奴のふしだらな右手はブラウスの中に差し込まれ、そのままいたされようされた所で、「学校じゃいやっ」という必死の抵抗の甲斐があり、放課後辻君の家で貪り食われたのだった。