02
じっとりと汗ばむ背中とは対象的に、冷え切ってしまった指先を握りしめる。
(どうしてここにいるのさ....)
横目で捉えた姿は何度見てもやはり百瀬萌香、彼女だった。
ほんとうに今日は運が無い。
このくそ暑いのに加えて、謎の同級生とふたりきり、だなんて。
蝉時雨が軽やかで、腹が立つ。
「すわらないの?」
突然話しかけられて、肩がはねた。
まったく、本人は涼しい顔だ。
「....すわる。」
どきどきとうるさく早鐘を打つ心臓。
コンクリートの壁に背中をもたらせかけたけど、一瞬触れたYシャツの感触が気持ち悪かったから、やめた。
モモの隣にしゃがみこむ。
ちらりと顔色を伺うと、風が彼女の髪をなびかせた。
あらわになった横顔は、息をのむほど綺麗で、見惚れる。
初めて間近で顔を見た気がする。
彼女はいつも俯いているか、窓の外を見ているからだ。
おかげでこの艶やかな黒髪は見慣れたものだ。
視線に気づいたのか、ゆっくりとこちらを向く。
どくんとひときわ大きく跳ねる心臓。
ただでさえ何を話したらいいかわからないというのに、見つめられてわたしがどこにいるのかさえ忘れそうになる。
「佐々川涼は、いつもここにいたんだね。」
いつもここにいたんだね、ぼおっとしながら脳内で復唱して、気づく。
「知ってたの、わたしが抜け出してたの。」
うん、と顎がひかれて、言う。
「しんどいならぬければいいのにって、思ってた。」
淡々とした声は相変わらずなのに、こんどはわたしの心にちくりと刺さった。
「....うん、わたしもそう思うよ。」
そう返すのがやっとだった。
目を逸らしたわたしを見て、再び彼女のくちびるが動きかける。
それ以上が怖くて聞きたくなくって、わたしは慌てて笑いかけた。
「それより、百瀬さんはどうしたの。」
彼女の表情は読めないままだけど、ちょっと動揺が滲んだ気がした。
「......モモでいいよ」
「え?」
ばつが悪そうに目を伏して言われた言葉に、逃げられた、という気持ちと驚きに気づく。
「名前....みんな、モモって呼んでるんでしょ? 佐々川涼もそうだと思ったんだけど。わたし名前きらいなの。」
彼女の珍しく取り繕うような人間くさい態度に、また驚いてうれしくなった。
「へぇ....じゃあ、モモって呼ばせてもらうけど、わたしもフルネーム呼びはちょっと嫌だな。」
「....涼」
はずかしそうにつぶやく彼女を、わたしはかわいいと思った。
今まで抱いてたどこか無機質な感想じゃなく、質量も温度もある感情だった。