01
この場所が好きだった。
賑やかな教室をあとにして、しんと静まり返った廊下を、蝉時雨を聞き流しながら抜けて。
錆びた階段を登り、おなじく錆びた重たい鉄の扉を押す。
ギィィ....と耳触りな音をたてるそれを、もう何回開いただろうか。
立ち入り禁止の張り紙は朽ち、錠をしていたであろう鎖も頼りなくコンクリートに垂れていた。
とっくにここは腐っていた。
大きな音を立てないように、後ろ手にそっと扉を閉める。
ぱたん。耳が確認した途端、蝉時雨が大きくなった気がした。
容赦無く降り注ぐ日差しが肌を焦がす。
ゆらゆら揺れる陽炎はわたしの思考も揺らした。
この、管理棟の屋上にはほとんど人が出入りしない。
だから気に入りだった。
(あつい、なぁ。)
なんて、聞き飽きた感想を抱く。
給水塔がつくる影の下へ行こう。
と、視線を持ち上げるのと同時に、男子生徒とすれちがった。
彼はすれちがいざまにわたしをきつく睨みつける。
整った顔をしていた。
ミサキセンパイ。
クラスの女の子がうっとりと口にしていた名前を思い出し、当てはめる。
(きっとあのひとだ。きっと。)
こんなところで何をしていたんだろうか。
あの有名な"ミサキセンパイ"が、珍しいこともあるもんだ。
でも、(わたしには関係ない。)
わたしは特に気にも留めず、影に向かった。
給水塔の影に踏み込み、ぎょっとした。
見覚えのある黒髪と、透けるように白い肌。
そこにうずくまり、うなだれていた。
やがてゆるりと首を動かし、顔をあげる。
なんでこんなところに。
気怠げに真っ黒な瞳がわたしを映すのを見た時、わたしの脳内で警鐘が叫んだ。
面倒臭いことになるよ、と。
やめてくれ、よしてくれと願うわたしの足はなぜか動かずに、彼女はゆっくりと赤い唇を動かした。
「.....佐々川涼」
ころんと呟かれた声は、間違いなくわたしの名前を形作っていた。
「.....なにしてるの、百瀬サン」
ぼんやりとした目に見つめられながら、蝉時雨を聞いた夏の日。
暑さのせいともつかない汗がつぅっとわたしの背を滑り落ちた。