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リナリア   作者: チカ
2/3

01

この場所が好きだった。

賑やかな教室をあとにして、しんと静まり返った廊下を、蝉時雨を聞き流しながら抜けて。

錆びた階段を登り、おなじく錆びた重たい鉄の扉を押す。

ギィィ....と耳触りな音をたてるそれを、もう何回開いただろうか。

立ち入り禁止の張り紙は朽ち、錠をしていたであろう鎖も頼りなくコンクリートに垂れていた。

とっくにここは腐っていた。

大きな音を立てないように、後ろ手にそっと扉を閉める。

ぱたん。耳が確認した途端、蝉時雨が大きくなった気がした。

容赦無く降り注ぐ日差しが肌を焦がす。

ゆらゆら揺れる陽炎はわたしの思考も揺らした。

この、管理棟の屋上にはほとんど人が出入りしない。

だから気に入りだった。

(あつい、なぁ。)

なんて、聞き飽きた感想を抱く。

給水塔がつくる影の下へ行こう。

と、視線を持ち上げるのと同時に、男子生徒とすれちがった。

彼はすれちがいざまにわたしをきつく睨みつける。

整った顔をしていた。

ミサキセンパイ。

クラスの女の子がうっとりと口にしていた名前を思い出し、当てはめる。

(きっとあのひとだ。きっと。)

こんなところで何をしていたんだろうか。

あの有名な"ミサキセンパイ"が、珍しいこともあるもんだ。

でも、(わたしには関係ない。)

わたしは特に気にも留めず、影に向かった。


給水塔の影に踏み込み、ぎょっとした。

見覚えのある黒髪と、透けるように白い肌。

そこにうずくまり、うなだれていた。

やがてゆるりと首を動かし、顔をあげる。

なんでこんなところに。

気怠げに真っ黒な瞳がわたしを映すのを見た時、わたしの脳内で警鐘が叫んだ。

面倒臭いことになるよ、と。

やめてくれ、よしてくれと願うわたしの足はなぜか動かずに、彼女はゆっくりと赤い唇を動かした。

「.....佐々川涼」

ころんと呟かれた声は、間違いなくわたしの名前を形作っていた。

「.....なにしてるの、百瀬サン」

ぼんやりとした目に見つめられながら、蝉時雨を聞いた夏の日。

暑さのせいともつかない汗がつぅっとわたしの背を滑り落ちた。



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