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君らに、拒否権は、なぁーい

「ここかぁ? 生徒会室……」


 その声が聞こえて来たのは、上代がやって来てから10分ほど経った頃。丹羽が黒板の拭き掃除を終え、ポケットから取り出したあのなんていうの? コロコロしてペタペタして埃取るやつ。あれで学ランの袖についたチョークの粉を丁寧に取って、さて今度は床の掃き掃除を、と掃除用具が入ったロッカーから箒を取り出したところだった。


 まぁハッキリ言わせてもらうと、こいつがどんなに精力的に掃除をしたところで、この部屋に清潔感を感じたことは、なぜだろうか一度もない。別に床にゴミが落ちているだとか、部屋の隅に蜘蛛の巣がかかっているだとか、とういうわけではない。丹羽が自宅から空気洗浄機を持ち込んだおかげで、空気に埃っぽさがあるわけでもない。いやむしろ湿度とかめっちゃ理想的な数字叩き出してるし。


 事実上はとても清潔な部屋であるにも関わらず、この部屋から清潔感を感じることはない。それはおそらく、この部屋にほとんど日が差し込まないせいでもあるのだと思う。


 声がしてから間も無く、がたがたとドアが鳴り始めた。それを難なく丹羽が引く。ほっほーう、これがデジャヴか。


 今度は男子の二人組らしかった。


「うわぁ君、背ぇ高いねぇ」


 私はその声に、思わずペンをいじくっている手元から目を離した。

 丹羽が発した一言は、見事端的に二人組の片割れを表していた。多分、180後半はあると思う。ほんとにでかい。でかいぞ。


「俺もそれなりに高いはずなんだけど」


 丹羽が頭の上で手のひらを水平方向にひらひらさせる。確かこいつも180弱あったはずだ。しかし如何せんそいつがでかすぎるので、全然背が高いようには見えない。


 つんつんしたスポーツ刈りの頭と、捲った袖から覗く健康的に焼けた腕が、いかにもスポーツ少年な風貌を際立たせていた。でもなんか少しアホっぽい。なんでだろ。スポーツ少年はアホっていう偏見のせいだろうか。


「えっとここ、生徒会室……」

「あ、うん合ってるよ。まぁ入って入って」


 丹羽が体を引いて二人を生徒会室に招き入れた。


「あ、俺一峠、です」


 私と目が合うと、少しどもりながらもそりとそう言った。スポーツ少年は、一峠数馬だった。そうなると、


「後ろのあんたが沢渡?」


 そう声を投げてみると、一峠の背後からひょっこりと顔が出た。そこで初めて、一峠の影に隠れてあまり見えなかった片割れの顔を確認した訳だ。


 ひょっこりと顔を出したそいつは、なんかこう、スポーツ少年ぽい一峠とは真逆だった。文系だな、こいつ。いやこれも偏見だけど。

 黒縁の眼鏡の奥のちょっと冷めた感じの目に、警戒心と世の中に対する無関心さがちらついていた。まだ思春期真っ只中か、少年よ。残念ながら隣のでかいスポーツ少年と比べると小さい。まぁ平均ぐらいだとは思うのだけれど。


「沢渡です、あ、京介です」


 と、よくわからない自己紹介をして、文系少年もとい沢渡京介は、ゆるゆると頭を下げた。そのぬるーい所作に、私も思わずつられて、


「あぁどうもどうも」


 ぐらりと頭を下げてしまった。


「んん、お京?」


 私が頭を上げるよりも先に驚きを含んだ声をあげたのは、興味なさそうにきいきいと椅子を回していた上代だった。よく見るとさっきよりほんの少し目を開いて、わかりにくい驚きの表情を浮かべていた。表情の変化少なすぎだと思う。


「あぁ……やっぱり、お前か」


 沢渡は上代の姿を確認するようにじっと見たあと、ため息交じりにそう零した。何かに呆れたような、同時に諦めたような、苦労人のため息だった。おいおい、その年で何があったんだ少年。


「うわーほんとにお京だ。どしたの? なんでいんの? ていうか学校同じだったの? 知らなかったんだけど」


 突然の質問責め。上代って結構喋るんだね。沢渡は若干斜めに傾いた眼鏡を片手で直しながら、見るからに苦々しい、子どもが晩御飯に出てきた嫌いなピーマンを見るような表情で上代を見た。


「いや……だって言ってないし」

「じゃなんで言ってくれなかったの」

「お前が聞かなかったからだろ」

「ぼくは聞かれなくても言ったじゃない」

「ぼくぅ?」


 丹羽とスポーツ少年の声が重なった。私は何も言ってない。理由は丹羽とハモるのを避けたかったからです。それだけです。

 とにかく、二人は目の前のポニーテール少女の一人称に違和感をおぼえたようだった。私だって声には乗せなかったものの、違和感を感じざるをえなかった。だって「ぼく」だよ? 絶対普通の女子高生の一人称じゃないよ。

 それを全く気にしてなさそうな文系少年沢渡とボクっ娘疑惑浮上中の上代は、そのまま気の抜ける口論を続けていた。


「別に受ける高校わざわざ言う必要もないじゃないか」

「えーでも同じなら教えといてよね。びっくりしたじゃん」

「ていうかさっきこの会長さんにお前と一緒に俺の名前も呼ばれてただろ?」

「寝てたし聞いてなかった。担任に呼ばれてたって言われたから来たの」

「お前は昔っからホントに……」

「え、ちょっと待って待って」


 割って入った丹羽にグッジョブと親指を立てよう。癪だけど。


「二人は友達なの?」

「いや……友達、というか」


 沢渡が歯切れ悪く答えるのを見て、上代は少し唇を尖らせてみせた。


「家がたまたま隣で小中学校がたまたま同じたっただけっす。ただの知り合い」

「それって幼なじみって言うんじゃ」

「知り合いっす」

「あ、そうなの……」


 幼馴染という関係性を頑なに否定する上代と苦虫を噛み潰したような少年を見て、こいつら仲いいなと思った私は捻くれてはいないはずだ。


「さて、と」


 私の声に四人が振り返る。

 丹羽はにやにやと底意地の悪い笑みを浮かべ、上代はやはりぽやんとした無表情、一峠は少し緊張した面持ちで、沢渡は私の表情から何かを読み取ったのか、眼鏡の奥の眉間に皺を寄せていた。

 この四人。そして私。役者は揃った。顧問の宮間敬一という重大なポジが抜けているが、そこはいつも通りなのでスルーしよう。


「全員揃ったところで、突然呼び出した訳を教えまーす」


 組んでいた足をほどき、壊れかけのオフィスチェアから立ち上がる。


「私を含めたこの五人がーー」


 部屋中の視線、と言ってもたったの四人分だけど、それでもその全てを受けて、私は口角を意図的に吊り上げた。軽く手を広げて、(おど)けた表情を作る。


 芝居がかってるなんて、私が一番知っている。


「本年度の竹河高校生徒会執行部だ」


 生徒会執行部が唯一許された権限。それは、新入生の中から数名、執行部員を自由に選別できる、というもの。

 唖然としているな、一年生諸君。もう一度言っておこうか。この権利は絶対的、だ。つまり。


「君らに、拒否権は、なぁーい」


 去年の会長と同じ仕草、同じ表情、同じ言葉で、私はこの話を締め括った。





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