マリオネット会長のスピーチ
生徒会執行部は、パシりである。
そんな認識は、最早常識としてこの学校の教師陣には備わっていると思う。
確かに、まともに機能している生徒会ではない。委員会なんか活動していないも同然。各委員長だけで片付けることのできてしまうような簡単な仕事しか与えられない。必然的に委員会の数も少なく、会計、保健、風紀の三種だけ。
委員長三名と、形だけの会長、副長の計五名で構成されるのが、我が竹河高校生徒会執行部だ。
その竹河高校生徒会執行部には、数年前からある噂が付きまとっているのだ。まぁその噂の話は、おいおい説明する羽目になるであろうから割愛する。
で、私はそんなぐだぐだ執行部を率いるマリオネット会長を、今年度からめでたくやるはめになった、というわけで。やる気はないけど悪い気はしない。私にも偉そうにしてみたいという願望はある。悪いが新入生には、思い切り尊大な態度で対応させて頂こうと思う。
新入生といえば、我が執行部には、ある新入生に対する権限がある。私たちの権限は、実質これ一つだけ。これは絶対的な権利で、いくら校長と言えども侵してはならないと校則で規定されている。つまり、神聖不可侵。
これから、その権利をフル活用しようと思う。
「新入生、入場」
本年度最初の行事である、入学式。放送部新部長のアナウンスを合図に、吹奏楽部のファンファーレが鳴り響く。
形だけの、とはいえ一応生徒会長である私は、壁際に並べられたボロくさいパイプ椅子に座っていた。指先でスピーチ原稿を弄りながら、更新曲に移行した管楽器のメロディを聞く。音楽の知識は皆無だから、何故うちの吹奏楽部が毎回毎回地区大会で予選落ちするのかわからない。テレビで時々耳にする全国レベルの演奏と変わらないような気がする。
ひたすらぼーっとしてる間に、新入生の入場は終わったようだ。世間一般ではやたら長いというのが常識な校長の話も、何故か三分程で終わり、早くも私の出番らしい。
「歓迎の言葉。生徒代表、たかちゅ、鷹司八重」
私の名前を盛大に噛んだ放送部部長、川久保麻美をせせら笑うと、思い切り眉を顰められた。小さな舌打ちをマイクがわざわざ拾い、スピーカーが音を増大して体育館に流す。ザマアミロ。慌ててマイクから離れた川久保を横目に、私はステージ横の階段を一段飛ばしで駆け上がった。生徒指導のなんとか先生と学年主任のうんたら先生が私を睨んでいるが、うん、まぁ見なかったことにしようと思う。
スピーチ台に立ち、原稿を広げる。実は初見だ。執行部顧問の宮間からついさっき渡されたのだから、そこは勘弁して欲しい。
「えーと……うん?」
ちょっと待て宮間。と、私は体育館の後方に目をやった。銀縁眼鏡にグレーのスーツを着てパイプ椅子に座っている、細身の中年男がそれだ。寝ている。執行部顧問だというのにその態度は何だ、というツッコミは不毛なのでしない。見た目は真面目そうなこの中年教師は、生粋のサボリ魔なのである。
そんな宮間から渡されたスピーチ原稿が、まさかまともな訳がない。そこには、三人分の名前が記されているのみだった。仕方がないので、その前後は適当に喋ることにする。
「えー、新入生の皆さん、入学おめでとう。生徒会長の鷹司八重です。先輩はみんなとは言わないけどまぁ大概優しいと思うので、ある程度は頼ってあげて下さい。私からは以上」
ざわつく。当たり前か。私もこんなだから、顧問のことをあまりきつく言える立場ではない。「いいかげんは良い加減」が私のモットーだ。
「えー、で、これから呼ぶ三人は後で生徒会室に来ることー」
ざわざわ煩いからさっきより大きめな声を出すと、きいーんとスピーカーから嫌な音。川久保が渋い顔をした。その表情から、「ハウらせんなアホ」という言葉がすんなりと読み取れる。すまんね、放送部。
会場のざわつきが程よく収まった頃を見計らって、私は宮間作のスピーチ原稿を読んだ。
「一組、沢渡京介。三組、上代新。五組、一峠数馬。以上三名。忘れるなよ」
その言葉を最後に、私はステージを降りた。また会場がざわつき始めるが、この後のことは知ったこっちゃない。再び壁際のパイプ椅子に座って、原稿を眺めることにしよう。




