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花と君と僕

作者: 灯 結衣

季節は春。人々が出会いと別れを実感する季節。

例に漏れず、僕も出会いを経験してしまいました。

それもとっておきの出会いを。



「あれ?こんな所に1本だけ桜がある…」

入学式の帰り道、たまたま見つけた桜の樹。

人通りも少ないこの道に、1本だけ小振りの桜がぽつんと佇んでいる姿が印象的だった。

「…綺麗だな」

花に心を動かされるなんて初めての経験だったけれど、高校生になった今日、そんな気持ちも悪くないんじゃないかと思ってしまった。

桜の花びらが舞っているのを見ると、なんとなくノスタルジックな気持ちになる。

僕がぼんやりとその桜を見つめていると、後ろから聞き覚えのない声が飛んできた。

「その桜知ってるの?」

振り向くとそこには、長い栗色の髪を風になびかせて一人の女の子が立っていた。

ふわふわと穏やかな笑顔が印象的な子だった。

「いや、知ってるも何も今初めて見た」

「そっか」

はにかんだ様に笑う彼女は僕と同じ色のネクタイをしている。

「もしかして、君も今日入学式?」

「うん。あなたも1年生?」

「あぁ。」

それ以上初対面の女の子になんて声をかけて良いのか分からず、再び僕は桜に向き直った。

「この桜、なんでここに1本だけあるんだろうな」

独り言の様にぽつりと呟いた言葉にも彼女は答えてくれる。

「10年前にここで事故があった後、すぐに植えたみたいだよ」

「ふーん」

どうしてそんな事を彼女が知っているのか少しだけ気になったけれど、なんとなく寂しそうに彼女が言った気がしたので、僕は適当に相槌を打った。

「10年か…」

そう呟いた彼女の声がやっぱり寂しそうに聞こえたから、首だけ振り向く形で彼女を見た。

さっきまでの穏やかな笑顔とは違う悲しい笑顔。

そんなに悲しそうなのになんでわざわざ笑うんだろう。

「あのさ、なんで笑ってるの?」

気付いたら、そう声をかけていた。

「え?」

彼女は驚いたように声を上げる。

どうやら笑顔は無意識だったらしい。

「いや、なんか悲しそうなのに、なんで笑うのかなって思って」

「あ、ごめん…」

「別に、謝ることじゃないと思うけど。…嫌な気持ちにさせたならごめん」

「ううん!全然嫌な気持ちになんかなってないよ!」

ぶんぶんと手を振り彼女は言った。

「私、結構笑顔は上手だと思うんだけれどなー。友達からも、いつもニコニコしてるよねーとか言われるのに」

僕にはこんなに悲しそうに見えているのに、そんな風に見える人も居るのかと少し不思議だった。

「あのね、私お母さんと約束したの。ずっと笑顔でいるって。」

どうしてこんな話を僕にしてくるのか分からなかったけれど、彼女の視線はまっすぐ僕に向けられている。

「10年前ここで事故にあったの、私のお母さんなの」

そういって、また彼女は悲しそうに笑う。

「何かあるといつもここに来て、お母さんに色んなことを報告してた。今日も、高校の入学式だったんだよって報告しに来たの。」

「うん」

「お母さんにちゃんと聞こえてるかは分からないけれど、この桜を見てると元気付けられるんだよね」

「…ちゃんと君の声は届いてるんじゃない?よく分からないけれど、この桜がなんとなく他の桜とは違う気がするよ」

「だといいなー」

今度は本当に嬉しそうに笑って彼女は言った。

「ところで…なんで私、こんな話を初対面の貴方にしたんだろうね?」

笑顔のまま、彼女が僕に言う。

どうやら彼女も僕と同じ疑問を持ったらしい。

「僕が分かる訳ないじゃない」

「あ、もしかして運命の出会いなのかも!だって私、貴方のこと好きになりかけてる!」

「えぇ!?」

穏やかな外見の彼女からは想像も出来ないくらい大胆な言葉が飛び出した。

普段、滅多なことでは動じないと自負している僕だけど、さすがにこれは驚いてしまう。

自慢じゃないけれど、僕は女の子に告白された経験なんて無いから、こんな事を言われてもどんな態度をとって良いのか分からない。

「一目ぼれなんて自分はしないと思ってたんだけれど…お母さんが会わせてくれたのかもね!」

そう言って笑う彼女の笑顔があまりにも綺麗で、僕は俯くことしか出来なかった。


季節は春。

僕はとっておきの出会いをした。

意外に大胆な彼女に、僕はこれから振り回されていくのかな。

それを嬉しいと感じてしまうのは、きっと僕が彼女に恋をしてしまったからなんだろうなと、まるで他人事の様に思った。





ここまで、読んで頂きありがとうございました!


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