勝手にロマンス詐欺の話
事故に遭って整骨院通いを始めた私。
事故から1か月以上が経ち、
私は施術してくれる人にほのかな恋心抱くようになった。
事故に遭って弱っているところに癒しを与えてくれる人が現れたら…
そりゃあ、もう。
ここ5年ほど恋心など忘れていた私でも淡い気持ちは湧いてくる。
仕事でも「こいつ、前世ミーアキャットだったのか?」と思うほど挙動不審で、ほとんど目も合わない部下がウソをつくときだけ曇りなき眼で私の目を見つめてくるという癖まで知ってしまった時期。
あ、そうか。
人間ってこんなにもウソを平気でつけるのか…
心も闇に飲まれてしまい、
整骨院通い当初は人の目を全く見ることも出来ない状態。
そんな私に施術中に他愛のない話をしてくれる存在。
しかも、ツボを心得ている術師。
その巧みな技。
巧は話術。
私はまんまと恋に落ちてしまった。
でも私はちゃんとした大人。
そんな恋心など一切感じさせないし、
術師を前に浮足立つことなんて絶対にしない。
整骨院に行くときは、
スウェット、腹巻、5本指ソックスを着用。
何か話題を振られても、
決してウキウキ感を出さず必要最低限の言葉を発するのみ。
そもそも『小粋でポップな会話』なんてできやしないから一人こじらせ41年間独身でいるのだ。
テンション低めの私に、
趣味や休日の過ごし方などを聞いてくる術師。
それに対する答えが全く思い浮かばない私。
「あ、そうか。私自分に無関心なんだ」と気付かされた。
ある時は、
「キンモクセイさん、普段から静かというか、落ち着いているんですか? お笑いとか見て笑います?」
なんて聞かれたこともあった。
あ、そうだ。
私、お笑いが好きだった。
バラエティー番組を作りたくて就活でテレビ局を受けたり、お笑い事務所に入ろうとしたこともあるくらいお笑いが好きだったのに。
いつから笑えなくなったんだろう?
いや、そんな事を聞かれる私ってどれほどテンション低いんだ!
と、今となっては思うのだが、その質問にハッとさせられた。
術師は続けてポツリとつぶやいた。
「なんか静かとか、落ち着いているとはちょっと違うんだよなー」と。
その言葉が私の中にぶっ刺さり、原因をずーっと考える日々。
原因は通勤途中に桜並木を見た瞬間にわかった。
満開の桜。
淡いピンク色の塊。
それを見て「うす汚ねーな」と思ってしまったのだ。
そうか、
静かとか、落ち着いているとかと違うのは、
私の心が死んでいるからなのか…
術師との会話は気づきの連続。
そんなこともあり心惹かれてしまったのだ。
術師のお陰で心が少しだけ回復し、体の調子も良くなってきた。
調子がよくなる、それは術師とのお別れが近付いているという事。
少しばかりの悲しさを抱え通院をしていたある日。
私は知ってしまった…
「術師が結婚をしている」という事を。
いや、雰囲気でわかっていたけども。
そこはさ。
お互いなんとなーく触れずにきていたじゃない?
たとえ独身だったとしても私はただの客でどうこうなる相手ではないよ。
それはわかっていたけども、せめて通院最終日までは隠していてよ…
この感覚、なにかに似ている。
そうだ、あの感覚だ。
年に数回、地方にある私の会社に東京から出張でやってくるスタイリッシュなスーツ姿の男性。
「初めまして」
と挨拶をする数秒で無意識にみた左手薬指にキラリと光る結婚指輪。
それを見た時の感覚。
好きとか嫌いとか脳が判断するより前に何故か感じる『振られた』感。
術師の結婚。
それは最初から叶うはずのない、負け戦。
そっか、
そりゃそうだよな。
電気治療機を腰につけるときに腹巻を目にしたとて、
その下の「これ、野球のホームベースですか?」ってサイズの下着を見たって、
なにかを思うはずがない。
そもそも私は論外なのだから。
勝手に恋をし、
勝手に振られ、
テンション低めの私に一生懸命話掛けてくれていたのは「仕事」だから。
はぁー、あぶない、あぶない。
事故通院をやめた後は普通に通院をしようと思っていた。
巧みな術師に絆されて、整骨院無限地獄に陥るところだった。
って、術師はなにも悪くない。
私の勝手な被害妄想。
彼はただ仕事をしていただけのこと。
恋から冷めた今、私は己の事ながら「なんと愚かな…」と思っている。
恋は病。
なんと恐ろしき…
そういえば、1年前に車を買った時の事。
銀行窓口でお金を引き出す際に、
「あの、失礼ですがお金の使用目的を教えていただけますか?」
と窓口の女性に聞かれた。
えっ? なんでそんな事を聞くの? と思いつつも、
「車の買い替えで…」
と答えた私に、窓口の女性は、
「あ、そうですか。ロマンス詐欺とかあるのでー」
と微笑みながら言っていたっけ。
詐欺ではなく、
あえての「ロマンス詐欺」
傍から見たら私はロマンスに飢え、
うっかり大金を支払ってしまう人に見えているんだな。
それもそうか。
ロマンス詐欺を疑われて1年も経っているのに、
うっかり整骨院の術師に恋をしてしまったのだから…




