ぷかぷか
〇ぷかぷか
「なにあれ」
私達二人は授業をサボって旧校舎の屋上に来ていた。私は落下防止用フェンスを背もたれに紙パックのトマトジュースを飲んでいた。その隣で立って紙パックの牛乳を飲んでいた虹香がもう一度言う。
「まじなにあれ」
「え? なに?」
私は座ったまま身体をねじって振り向く。が、虹香が何を差して言っているのか分からなかった。見えるのは新校舎の真新しい壁と、窓から覗く授業風景だけだった。
「なに。どれ」
「いやあれあれ。上上」
虹香が空を指さす。
「うえぇ?」
私は少し面倒に思いながらも立ち上がった。そして虹香が指さす先の空に顔を向けた。
「は…。なにあれ」
私は虹香と同じ言葉を漏らしていた。新校舎の先のグラウンドよりさらに先だろうか、距離感はうまく掴めないがその遥か上空に半透明のなにかがぷかぷかと浮いている。
「七海ぃ、あれなんだか見える?」
「いや、わっかんないけど…なんかすっげーでかいっぽくない?」
「ね」
二人で目を凝らすがその何かはおそらく巨大であることは分かるが、その正体は距離が遠い上に半透明のため容易に判別が出来ない。
「七海ぃ、視力1.5あんだろぉ〜?」
「いや、さすがにきびいて。てかマジでなんだろ。気球? 飛行船とか?」
「あー、なるほどぉ〜。でもなんか透けてるくね?」
「…確かに」
二人で目を凝らす。
「あ!!」
虹香が声をあげる。
「あたしって天才じゃ〜ん」
そう言って、わきに置いていたカバンからスマホを取り出した。空にカメラを向けると、スワイプしてズームすると写真を撮る。
私は虹香の携帯をのぞき込むが、それでも空に浮かぶモノの形は良く分からない。
「分からんやん」
「七海はあほだな〜」
私は虹香のふくらはぎを軽く蹴る。
「まぁまぁまぁまぁ」
虹香はそう言うと、撮った写真をスワイプしてさらに拡大する。画質はかなり荒くなっていたがようやく空に浮かぶ謎の物体の輪郭がぼんやりとだが掴めた。
「七海ぃ…これってさぁ…」
「…うん」
「魚じゃね?」
「いやクジラだろ」
虹香の携帯画面には空に浮かぶ半透明のクジラが映っていた。
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クジラは翌日には消えていた。
だが、それが話題になるのにはそう時間はかからなかった。その日、複数の目撃者がSNSに画像をUPすれば、それは瞬く間に世間に広がった。昨日の今日なのにTVのニュースでも取り上げられたらしい。私はテレビを見ないのであまりよく分らないが。クラスのグループメッセもあのクジラの話題で持ちきりだったらしい。中でもアレを目撃して、尚且つ写真に収めた虹香は注目の的になった。休み時間も、
「虹香っち、あのクジラの写真あんでしょ? 見せて見せて!」
「あー! 私も見たい! 見せてー」
他クラスから生徒がやってくるようになっていた。虹香はというと…
「えぇ〜いいけど一回百円なぁ~」
「えぇ!! いいじゃん! 見せてよー」
「うっそ~。ほらコレ」
虹香はスマホを皆に差し出す。
「わー! すごい! なにこれぇ。意味わかんない!」
「ね。マジ謎。ウケる」
こんな調子で皆に対応していたのだが、さすがにそれにも疲れたらしく、昼休みはクジラを目撃した旧校舎の屋上に私と二人で逃げ込んでいた。旧校舎は現在も使われてはいるが、人の往来は少ない。それに屋上は原則立ち入り禁止である。でも古いせいか虹香がドアをガチャガチャしていたら開いたので、これはラッキーと、よく二人で来ていた。二人だけの秘密の場所…というわけでもなく、たまに同じような生徒を見かけることもある。
フェンスに背を預け、虹香はいつも通り牛乳とクリームパンを、私は座ってトマトジュースとあんぱんを頬張る。
私が屋上でいつも地べたに座るのは、新校舎の窓から先生に見つからないようにするためである。虹香は全く気にしていないが。
虹香は大げさにため息をつく。
「はぁ…疲れたぜ…」
「お疲れ様っす先輩」
もちろん虹香は先輩ではない。同級生である。
「有名人はつらいぜ…」
「さすがっす先輩」
私は心無く言う。
「今日はいないなぁ~。デカ魚」
「クジラな」
私も空を見上げた。空は透き通る秋晴れで、どこまでも深い青だった。
私は疑問に駆られ、言う。
「てかさ。あのクジラまじで何だったんだろう? 虹香どう思う?」
「あれでしょ~。クジラの幽霊」
「一理あるか…」
「あんのかよ」
私たちは笑い合った。
「そういや虹香、なんか知らない男子に喋りかけられてなかった?」
「あぁ~。二組のキムラね。なんかクジラの写真見せてたらついでにメッセきかれた~」
「まじか! んでどうした」
虹香はダウナーな感じだがモテる。人を選ぶ性格でもあるがモテる。性格も結構適当なのだがモテる。用は顔がかわいいのだ。連絡先を訊かれることもそう珍しいことでもないのだが…。
「(一万円になりますぅー)って言ったら帰ってった」
この調子である。
「えぐ」
「良い女の連絡先が一万円で買えるなら安かろう」
「自分で言う奴」
「七海は? なんかそういうのないの?」
「ねーなー」
「ねーかー」
虹香と違って私はモテない。虹香曰く「悪くないけど地味」とのことだった。はっきり言われたので逆にあまり傷つきはしなかった。
虹香はいわゆるギャルっぽい見た目だ。肩までの髪が揺れるたびに黒髪になじんだベージュ色のインナーカラーがちらりと見えるのがカッコいいと私は思っていた。かといって自分で同じようにしようとは絶対思わなかった。黒髪ショートが最高なのだ。痛まないし。手間もかからないし。そんな風に思っているから地味なのだろう。
不釣り合いだとも思う。片方はモテるギャル。片方は地味な女子高生。こんなのとなんで友達なのだろうと…。そんなことを考えていると虹香が私の顔をのぞき込む。
「どしたん」
「なんでもねーです」
「そ」
強い風が吹く。秋晴れで日差しはあるが風が吹くとちょっと寒い。
「うぅ~さぶさぶ」
虹香はそう言って私の隣に座ると、私の腕にしがみつく。
「あったけぇ~」
「…まったく」
虹香は私の心にちょっとだけ開いた穴をそうやってすぐ埋める。私も虹香の方に頭を預けた。
「虹香」
「なに?」
「好き」
「わお。やったぜ。じゃぁ付き合うか~」
「十万な」
「たっけーなぁ~」
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あとで騒ぎになっていて知ったが、クジラは今日も別の空に現われていたらしい。




