9話 ファディック地区3
今の時期はファディックの特産品、オレンジが旬を迎える時期という事もあり、商店街は大変な賑わいをみせている。3人は食料の買い出しがてら、辺りを散策してみる事にした。
目にも鮮やかなオレンジ色で溢れており、爽やかな香りがうっすらと漂っている。おまけに空はスカッと青く、歩いているだけで晴れやかな気分だ。
「オレンジを使ったチーズはいかがかね!」
「うちの香油を使えば気分爽快!」
「オレンジの蜜漬けはどうだい? 日持ち抜群さ!」
ノルとチラはあちこちの店から聞こえる、呼び込みの声や美味しそうな匂いに誘われ、こっちへふらふら、あっちへふらふらとしていた。
昨日のパフォーマンスが大成功に終わり、懐があたたかかったからか、サミューも多少の買い食いは許してくれたのだ。
だがノルには美味しい物と同じくらい気になる事があった。すれ違う人々にちらちらと伏目がちに見られている。
しかもその殆どが女性だ。男女のそう言った関係に疎いノルでも見当は付いた。皆、サミューを見ているのだ。
「(やっぱりサミューさんはかっこいい部類に入るんだ。店先で商品を食べてるだけで客寄せになりそう。そしたら沢山売れたお礼にって負けてもらえたりして〜)」
周りの視線にサミューは眉根を寄せた。外を歩けばかなりの確率で、ご婦人方に熱を帯びた視線を向けられるのだ。大人しそうな表情で言い寄って来たかと思えば、急に体を触って来たりもする。気付けばすっかり女性が苦手になっていた。
また今は自警団や騎士団に目をつけられている可能性が高い。絶えず周りを警戒していても、こう熱烈に視線を送られては気が休まらない。
自分1人ならどうとでもなるが、ノルとチラがいるとなれば勝手が変わってくる。ノルの視線を感じたサミューは、思わずため息を吐きながら尋ねた。
「……どうした、腹でも減ったのか?」
「ええ、あそこの串焼きとかどう? かっこいいサミューさんがいれば、負けてもらえそうな予感がするの。美味しい物を安く食べられたら、もっと美味しく感じると思わない?」
サミューは思わずクスッと笑った。熱を帯びた視線を送って来ないノルは一緒にいて楽だ。
「そうか? ところで……チラはどこへ行った?」
「えっ!? チラちゃん? チラちゃーん?」
ノルは慌てて周りを見回したが、チラの姿は見当たらない。先程まで確かに手を繋いでいたはずだ。一昨日、自身が攫われ掛けた事実が頭をよぎる。
「私っ……探して来る!」
「いや待て。今さっきまで一緒にいた事を考慮すると、まだ近くにいると思う。こういう場合は離れず一緒に行動すべきだ」
「そっ、そうね」
2人で探し回るとサミューの予想通り、チラはそう遠くない場所に居た。山積みにされたファディックの雲の袋に手を伸ばしている。
ノルがホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、チラは手にしたファディックの雲の袋を開き、手を突っ込もうとする。
「あっ……ダメーっ! …………あー」
時既に遅し。チラはマシュマロをひとつ口に入れてしまった。ノルは売り子さんに事情を説明し、代金を支払うと頭を下げた。今度は逸れないようにチラの手をしっかりと握る。
「いい? チラちゃん。お店の売り物はお金を払わないとチラちゃんの物にはならないの。チラちゃんも自分の物を勝手に誰かがめちゃくちゃにしたら困るだろうし、イヤだよね?」
「うんっ、ごめんなちゃ……さい。…………ボク悪い子になっちゃったの?」
「いや、お前は悪い子では無いさ。しかし、店の人に謝ったのはコイツだ。お前が立派なお兄ちゃんだと言うのなら、自分のしでかした事の責任は自分で取らないとな」
「うんっ、ボク謝ってくる!」
♢♦︎♢
宿屋通りへ続く広場に人だかりが出来ている。近付いてみると、吟遊詩人が歌を歌っていた。曲目は――。
「「あっ、花吹雪の冒険譚だ〜!」」
内容は、周辺の村を襲う巨大な魔物を冒険者花吹雪が討伐する話。目を輝かせ人だかりへ近付いて行くノルとチラをサミューが引き止める。
「こんな話のどこが面白い? 俺には理解出来ないな。花吹雪とは頑なに正体を明かさない輩なのだろう? 怪しいとは思わないのか? どうして吟遊詩人が語る内容を信じる?」
「えーそんな事言わないで、面白いのに。1回最後まで聞いてみて。聞くのはタダでも良いんだし、ね?」
サミューは渋々頷いた。だが終始「巨大魔物と力で渡り合うなど、花吹雪は化け物か何かか?」だの「生身の人間がそれほど高く跳べるはずがないだろう」だのと言うものだから、ノルは満足に楽しむ事が出来なかった。
挙げ句の果てに、おひねりを入れようとするノルを静止し、「こんな与太話に支払う必要は無い」だのと言われれば我慢強いノルでも流石にイラッとする。
「普通、吟遊詩人のお話はそう言うものだと理解して聞かない? サミューさんが同じ冒険者としてやきもちを焼く気持ちも分かるけど、花吹雪を悪く言わないで! 私が好きなお話のヒーローなのっ!!」
「チラもっ!」
「それは悪かった。だが花吹雪は実在するかも定かでは無い、冒険者組合が作り上げた広告塔とも言われているだろう?」
「……もう、知らないっ!」
ぷりぷりするノルとチラの後をサミューは大きなため息を吐きながら追いかけていたが、ふと1軒の露店の前で足を止めた。露店の布地の屋根には“ダンマのオレンジ店”と書いてある。スミスが連れている猿のブラウンへ手土産にオレンジを買おうと思ったのだが……。
まるでその店の周りにだけ暗雲が垂れ込めたような陰鬱とした空気感だ。あまりにもどんよりとした雰囲気に、この店での買い物はやめようと思った瞬間、店主のダンマと目が合ってしまった。
「……いらっしゃい」
ダンマは背中を丸め、大きなため息を吐き、心ここに在らずと言った様子だ。どんよりとした雰囲気は明らかにダンマから出ている。店に置いてあるオレンジは減っていて売り上げは良さそうなのだが……。
「オレンジを1つ……いえ、2つください」
「……まいど」
サミューは支払いを済ませ露店から離れようとしたが、チラがダンマに声をかける。
「おじちゃん、どうしたの? そんなに深いため息ついて、どこか痛いの?」
ダンマは頬杖を突いたままチラを見て、ため息と一緒に吐き出すように事情を説明した。
「え? ああ昨日帽子を持っていたぼくか。そうなんだ、腰が痛くってね。見ての通り僕はオレンジ農家なんだけどさ、ギックリ腰で収穫作業が止まってるんだよ。1年で1番の稼ぎ時にこんな風になるなんて本当笑えるだろ? おまけに妻が風邪をひいちまってさ。腰に爆弾抱えて看病までしなくちゃならないんだ」
まるで笑い話としてでも誰かに聞いてもらわなければ、やっていられないといった雰囲気だ。
「それなら私、これから暇だしお手伝いしますよ」
「いやー、お嬢ちゃんの申し出はありがたいけど、支払える報酬がないんだ」
「気にしないでください。困ったときはお互い様って母が言ってましたから。私への報酬はオレンジを数個いただければ大丈夫です。あっ、2人は先に宿屋さんへ戻ってて」
「ううん、チラもサミューも立派なお兄ちゃんだから頑張るよ! ねっ、サミュー!」
「……ん? そ、そうだな」
「わぁ〜2人が手伝ってくれたら収穫作業も捗りそうね」
「本当かい? 感謝するよ、それじゃあ畑へ案内するね。よっこいしょっと……」
ファディック地区の外れにあるダンマのオレンジ畑は、階段のように何段かが重なっていて、それぞれの段の淵は大きな石を積んで補強してあった。その畑に等間隔で植えられたオレンジの木は、瑞々しいオレンジをずっしりと実らせ、枝をしならせている。
風が吹くと草を焼いたような煤けた匂いがうっすらと香り、深緑色のオレンジの葉を風でさわさわと震わせた。その風景や香り、音はどこか懐かしいような、心安らぐ効果がある。
日の光に照らされ、黄金色に輝く草地をザクザクと歩きながらノルは首を傾げた。
「不思議な形の畑ですね」
「これはご先祖様の知恵だね。狭い場所だけど、日の光が均等に当たるし、水捌けも良いんだ」
「なるほど。それでは早速収穫に取り掛かります」
サミューが手近にあったオレンジに手を伸ばすと、チラがズボンを引っ張った。
「ううん、その子はまだダメだって! えっとね〜ここら辺の子はいいって!」
サミューに肩車してもらい、オレンジを収穫するチラを見てダンマは驚いた様子だ。
「驚いた、あの坊やは収穫に適した物が分かるのか」
「え、ええ。あの子は自然が好きですから。さぁー、私もオレンジ収穫職人になって沢山収穫しなくっちゃ〜」
あれは間違い無く精霊の力だ。ノルは目を白黒させながらどうにか誤魔化し、収穫に取りかかる。
昼を過ぎた頃には収穫が終了し、木陰で昼食を食べる事になった。サミューとダンマが準備をする中、暇を持て余したノルとチラは畑の淵に腰掛けていた。チラは足をパタパタさせながらニコッと笑う。
「ノルの笛が聴きたいな〜」
チラの髪の端が光に透けて、ふわふわと揺れている。ノルもつられて笑いながら"元気になる"の曲にアレンジを加え演奏した。
優しい音色が軽快に響き渡り段々畑を包み込む。それと同時に、風が吹いてオレンジの葉もそよそよと揺れた。風とのセッションはノルの笛の音をより味わい深いものに変えてゆく。
笛の音は少しづつ、少しずつ皆を元気にしていったが、それは演奏しているノルも同じだ。気がつけば皆、目を閉じて心地良い音に耳を傾けている。演奏が終わってもしばらくは余韻に浸っていられた。
「お嬢ちゃん、心に沁みるいい演奏をありがとう。おかげで腰の痛みも和らいだ気がするよ」
ダンマはスッと立ち上がり、3人にオレンジを手渡した。
「忘れないうちに渡しておくね、これが今日の報酬だ。現物支給で申し訳ないけど、うちの自慢のオレンジさ」
それから4人はオレンジの木の下で、楽しく昼食を食べたのだった。
♢♦︎♢
その晩、夕食を持ってサミューがノル達の部屋を訪ねて来た。
「明日の朝ここを出発しようと思うが、いいか?」
「ええ」
「チラもいいよー!」
2人の返事を聞くと、サミューは机の上に地図を広げた。
「以前も説明したが、明日出発して次に着く街がストンリッツだ。距離は大人が急いで歩いて3日前後だな。乗り合い馬車の運行は無いから、4〜5日は掛かると考えておいてくれ」
「歩くのは慣れてるから大丈夫」
「チラも!」
「それは頼もしい限りだ。ストンリッツはルカミ山脈のすぐ近くにある。道中に大小様々な湖や泉があるから飲み水の心配は無いが、あの辺りはこの時期、既に雪が降っている可能性がある。防寒着を持って来ていると思うが、すぐに取り出せるようにしておけ」
「はーい」
「それから、今日は早めに寝て明日の朝は早く起きてくれ。しばらくベッドでは眠られないから存分に寝ておけよ」
♢♦︎♢
翌朝まだ日が昇る前にサミューは、ノルとチラを起こすため2人の部屋の扉をノックした。しかしノルはもう着替えまで済ませ準備は万端で、チラもあくびをしながらカーテンを開けている。
「驚いた、今朝はずいぶんと早く起きたんだな」
「おはよう。ええ私、お姉ちゃんだからね!」
胸を張るノルを見てサミューは少し寂しそうな顔をする。
「サミューさん? どうしたの、大丈夫?」
「ああ、問題無い。そうだな、お前はお姉ちゃんだもんな」
「ええ、サミューさんだけに準備をさせていたら、きっと弟に笑われちゃう」
サミューは寝癖で髪が跳ねているチラを見て首を傾げる。
「そうか? では俺はもう少ししたら朝食を買ってこよう」
朝食を食べ終わると、3人は荷物を持ってファディック地区を発った。しばらくは農道が続き、収穫したオレンジを積んだ馬車とすれ違ったり、土を耕す人と会釈し合ったりしたが、ファディック地区が見えなくなって来ると当たり前だが、人が少なくなる。
更に歩き、森に沿った道へ出るとすっかり人と会わなくなった。煤けたような匂いから、湿った土の匂いに変わる。しかし往来はあるらしく、地面に馬車の轍が見えた。
「昨日の話だと、森を迂回する道を通ってくみたいだけど、森を突っ切ったほうが早くない? ねー?」
「うん! ボクもそう思う!」
ノルとチラにじっと見つめられサミューは真面目な表情で答えた。
「森を甘く見てはいけない。無闇に入れば道に迷い、凶暴な生き物に襲われる可能性だってある。サナリスの森近くで暮らしていたお前達なら知っていると思ったが?」
「ええ、蜂に刺された時は凄く腫れたし、迷いかけた事もある……」
「それは運が良かったな。……ときにお前達、こんな話は知っているか?」
サミューは森の方をちらっと見て声をひそめる。
「「どんなお話ー?」」
興味津々で耳をそばだてるノルとチラを見てサミューは悪戯っぽく笑った。
「森には精霊がいるらしい。気に入った者には優しいが、そうでない者には……」
ノルとチラがビクッと飛び跳ねる。サミューはオロオロしながら、2人を落ち着かせようと両手を前に出した。
「す、すまない。まさかそこまで怖がると思わなかった。まあ精霊の存在は眉唾ものだろう。心配するな。俺も信じてはいない。だがいるとすれば一目見てみたいものだ」
サミューは眉を八の字にして苦笑する。チラは笑顔でサミューに手を差し出した。
「ボク、サミューとも手を繋いで歩きたいな」
「しょうがないやつだな」
サミューはそう言うとチラの手を取り、ゆっくりとチラの歩幅に合わせて歩き始めた。
「あれー? サミューの手は硬いんだね?」
「ああ、剣ダコで覆われているからな。俺の手は握り心地が悪いだろう」
「ううん、チラのお肌も本当は硬いんだよ!」
「……ん?」
首を傾げるサミューをノルは苦笑いで見る。しばらく3人で手を繋ぎ、他愛もない話をしながら木漏れ日が揺れる道を横1列で歩いたのだった。
【See you next time!】




