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妖精とまたたきの見聞録【改訂版】  作者: 甲野 莉絵


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8話 ファディック地区2

 ノルが部屋を出て夕食の買い出しへ向かった事を確認し、サミューも部屋を後にした。スミスの手紙に書かれていた部屋へ向かい、ノックして扉の下に手紙を差し込む。直ぐにスミスが扉を開け、サミューを部屋へ上げた。


「ブラウンから手紙を受け取れたようで良かったっス」


 スミスは鍵をかけながら安心したように頷く。

 

「最近は別行動も多い影響か、ブラウンも手紙の運搬に慣れてきたようだな。そのついでか知らんが、部屋に置いてあるマシュマロを食い尽くして行ったぞ」


 サミューがジトっとした目で見ると、スミスはサァッと青くなりガバッと頭を下げた。


「マシュマロってファディックの雲の事っスよね? それは申し訳ありませんでした……。それにしてもアニキの方から来るなんて珍しいっスね?」


「ああ、話しておきたい事があってな。それにしてもこんなに近くに泊まる必要があるのか? お前、顔を見られているんだぞ」


「アニキもよく言うでしょ? 灯台下暗しって。それで話ってなんスか?」


「男爵からあいつ……ノルを渡せと催促が来るだろうが、極力引き延ばして欲しい。確かめたい事が出来たんだ」


「もちろんアニキの命令は絶対っス! いつでも支援出来るよう近くに控えているんで、何かあったら呼んでくださいね」


「ああ、頼りにしている。頼んだぞ」


「アニキぃ!」


 目を輝かせ、肩を振るわせるスミスに言葉の選択を間違えたと思うサミューだった。


 

 ♢♦♢


 

 ノルは宿屋へ帰る道を歩きながらにへらぁっと笑う。頭の中は手に持ったほの温かい袋の中身、先程買ったパンのことで占められていた。夜道が暗いおかげで、締まりの無い表情になっていても、あまり気にする必要はなさそうだ。


「ここの特産、オレンジをふんだんに使ったパン。チーズを挟んだパン。チラちゃんの好きなドライフルーツがたっぷり入ったパウンドケーキ。ああ〜どれも美味しそう、今から食べるのが楽しみ〜」


 思わず独り言が漏れ、足取りも自然と軽くなる。周囲から見ると足が少し地面から浮いているように見えるかもしれない。すれ違う人達が気づかないふりをしてくれている事はおろか、後ろから後をつけてくるガラの悪い大男の存在にも、気が付かなかった。


 道を進む毎にその男はジリジリとノルへ近付いて来ている。宿屋通りへ入ろうとした瞬間、男は一足飛びにノルヘ近づいた。


 その気配でノルは振り返ったが、既に逃げられないほど距離を詰められている。ノルは悲鳴をあげる暇もなく、男に手刀を決められ気を失った。抱えていた袋がドサッと落ちパンが何個か転がって行く。


 男は周りを見回し誰も居ない事を確認し、ノルを抱え宿屋通りから離れた。人気の無い路地でノルを離すと、人1人が入る大きさの袋を取り出し、ロープを手に倒れているノルに近付く。


 だが驚いたように動きを止めた。視界の端でノルの手が、ぴくりと動いた気がしたのだ。男は注意深くノルを見つめたが、動く気配は無い。気のせいだと再び歩みを進める男だったが、やはり気のせいではなかった。


 目の前で少女が首筋を押さえ、ゆらりと立ち上がったのだ。目の前の少女は、先程までとは全くの別人になったように、首を傾け男を睨み上げた。その目は月明かりを受け暗闇の中で金色に光って見える。


「――痛ぇじゃねぇか。お前ノルを殴ったな?」


 そのあまりの豹変っぷりに男が仰天していると、少女はスッとかんざしを引き抜き、髪を靡かせながら近付いて来た。


「お、お嬢ちゃん、そのかんざしで俺と戦おうって言うのかい? 舐めてもらっちゃ困るなぁ」


 男は少女を挑発し剣を向ける。頭の隅では少女の放つ気迫に己が慄いている事に気付いていた。しかし相手は子供で、ましてや少女なのだ。プライドがその感覚を許さず拒否する。


 しかし少女の武器はかんざしではない。かんざしはゆっくり剣へと形を変えてゆく。


「お前は魔法無しで充分だな。あっ、言っとくけど真剣勝負の相手を舐めた事なんて俺は無いぜ? 手加減はしてやるけどさぁ、剣を向けたって事は、それなりの傷を負う覚悟ができてるんだろ?」


 少女は犬歯を見せ不敵に笑いながら『かかってこい』と言わんばかりに人差し指をクイっと動かした。


「うるせぇ! 大人と子供の違いってモンを見せつけてやるっ!」


 キレた男は少女目がけて斬り込んだ。



 ♢♦︎♢



「それにしてもアニキぃ、俺達を置いて行くなんてひどいっス。しかも木に縛って……。あの後大変だったんスよ。ブラウンが起こしてくれたのはいいけど、往復ビンタで顔が腫れて……」


 口を尖らせるスミスの膝の上で、ブラウンがスヤスヤと寝息をたてている。


「縄を解いてくれた人へ、言い訳を考える暇も無くて大変だったんっスから。ファディックまで馬で追いかけるのもギリギリだったっス!」


「いや、それはあいつがしたことだ。俺に言われても……。やはりお前達は出て来ないほうが良かった」


「そう言われてもあれは不可抗力っス……。ブラウンの好きな物アニキも知っているでしょ?」


 サミューは苦笑する。


「菓子とりんごにオレンジ、それから小銭だったな……。それもそうか、あいつが落としたサイフからコインが転がって行った事が、そもそもの原因だ。ブラウンは好きな物の気配なら離れていても察知するからな」


 その時、寝ていたブラウンがむくりと起き上がった。窓枠へ飛び乗り、外を見回しながら鼻をヒクヒクさせる。


「キキッ!」

 

 ひと声鳴いて飛び出して行った。椅子から腰を浮かせたスミスをサミューが制止する。


「あいつが外に出ている可能性がある。俺達は一緒にいない方が良いだろう。お前は目立たないようについて来てくれ」



 ♢♦︎♢

 


 その頃人気の無い路地で――。

 

「ぐはっ……!」


 男は少女に足をかけられ、体勢を崩したところを頭に剣の柄頭を叩き込まれ、気絶した。


「なーにが『大人と子供の違いってモンを見せつけてやるっ!』だ。本っ当、口ほどにもないのな」


 少女は地べたにだらしなく伸びた男を見つめ鼻を鳴らした。手にした剣を振ると、刀身が燃え上がり灰となって風に飛ばされて行く。服についた灰を払い落としながらぼやいた。


「弱いくせにノルを殴るからこんな事になるんだぞ。って、もう寝てるし聞こえないか」


 少女が男の太ももをつま先で小突きながらどうしようかと思案していると、物音が聞こえた。音がした方をこっそりと覗くと、尻尾にピンクのリボンを結んだ猿がパンを手に目を輝かせている。少女は慌てて手にしたかんざしで髪を結おうとした。しかし上手く結えない。


「(うわっ、ノルはどうやってかんざしで髪を結ってるんだ?)」


 そうこうしている間にもう1つ足音が近づいて来た。少女は慌てて座り、壁にもたれ掛かって意識を手放した。



 ♢♦︎♢



「ブラウンはこの方向へ駆けて行ったように見えたのだが……」


 サミューは宿屋通りの端の方へ来ていた。この時間は人通りが少ないため、ブラウンの目撃情報は得られそうに無い。


「ウキ〜ッ」


 鳴き声は思いの外近くから聞こえた。声がした方へ駆け寄ると、ブラウンが地面に落ちていたパンを食べている。違う種類のパンも数個、転がっていた。


「お前が好きなオレンジとドライフルーツが入った甘いパンだな。誰かの落とし物か? お前は運が良いな」

 

 ブラウンを抱き上げようと手を伸ばすと、通りを曲った直ぐの場所に、袋が落ちている様子が見えた。地面に転がっていたパンはこの袋から溢れたに違いない。とりあえずサミューはパンを拾う事にしたが、直ぐに違和感を感じた。パンの中にはまだ温かい物もあるのに、周辺には誰も居ない。


「この辺りで何か起きたようだな」


 警戒しながら近くの路地を覗き込みハッとした。今までの癖で、つい模範的な対応をしそうになったが、今の自分は冒険者ではない。何か起きていたとしても対応する必要は無いのだ。しかし来た道を引き返そうとしても、足が動かない。


「――くそっ! 何か起きていたら寝覚めが悪い!」


 サミューはブラウンを肩に乗せ、パンの入った袋を抱えて周辺の路地を捜索する。細い路地へ視線をやると、闇に紛れるようにぼんやりと人影が見えた。


「(酔っ払いか? ――いや、あれは)」

 

 ノルだ。建物にもたれて座り、髪が乱ているように見える。その手前には大男が倒れていた。辺りには煤けたような匂いが漂っている。


「ノルっ!」


 血相を変えてサミューが駆け寄り状態を確認する。


「良かった、眠っているだけのようだ。しかし……何があったんだ?」

 

 横にいる男は全身青あざだらけで、頭にはたんこぶがある。サミューの声と足音で気が付いたのか男は目を覚ました。


「ヒィィーッ! バ、バケモノ!! 二重人格!」


 寝息をたてるノルを見てそう叫ぶなり、脱兎の如く逃げて行った。


「……スミス、今の奴らを追ってくれ」


 サミューはブラウンを地面に降ろし、指示を出した。


「承知したっス。おいでブラウン」


 スミスとブラウンの足音が遠ざかってゆく。


「今回はブラウンのお手柄だな……」


 サミューはそう呟くとノルを揺すり起こした。


「ん……あれ、サミューさん? どうしたんですか――じゃなかった。どうしたの?」


「……それはこちらのセリフだ。男が倒れていたが、お前が倒したのか?」


「えっ、えっ?! 私? 私はパンを買った帰りに道を曲がろうとして……。あれっ? 思い出せない」


「まあ、相手は十中八九まともな連中では無いだろうな」


 ノルは首を傾げながら尻についた土を叩き立ち上がる。サミューが持つパンの入った袋を覗き込み口を尖らせた。


「あー、パンに土が付いてる。……汚れた所を千切ればどうにか食べられるかな?」


 袋からパンを取り出し、手で叩くノルをサミューは呆れた表情で見る。

 

「いや、土で汚れたパンを食おうとするな。途中で何か買って行けば良い」


「そうね……。あーあ、夜でも焼きたてのパンを買えるお店を探して、買い物しただけなのにまだ首が痛いし、本当ツイて無いな。……あっ、お財布っ!」


 ノルはポケットをまさぐり財布を取り出した。盗られていない事に安堵しつつ、中身を確認する。

 

「良かった〜、中身もちゃんとある。えっ……待って。それじゃ私が攫われそうになったって事……?」


 それまでブスッとしていたノルの顔がサァッと青くなる。足元に落ちている大きな袋とロープの意味が嫌でも理解出来た。

 

「それに私を襲ったはずの人が倒れていたのは、何で? えっ……え……? ここって悪い人がそんなに多い場所なの…………?」


 怯えと混乱で震えるノルの目から隠すように、サミューは大きな袋を畳みロープでぐるぐる巻きにして、小脇に抱えた。


「……帰ろう、外は冷える。チラが腹を空かせて待っているかもしれないぞ」


 

 ♢♦♢


 

 翌日の早朝、サミューの部屋へスミスが来た。


「昨夜ノルさんを襲った男の監視はウィリアムズに任せて来たっス」


「ああ、引き続き頼む。そのウィリアムズはいいとしてジョンソンとムーアはどうした?」


「ジョンソンは近くで待機していて、ムーアの奴は単独で調査に出るからしばらく不在の予定だそうっスよ」


「そうか。ところで仔羊の蹄亭であいつを攫おうとした奴等について何か分かったか?」


「あっ! 相手はサーヴァル兄弟だったそうじゃないっスか! 奴隷商と裏で繋がりがあるって噂されているけど、証拠が掴めないって有名な」


「ん? 言ってなかったか?」


「聞いてないっスよ。まあ、アニキと腕っぷしの強さでも有名なサーヴァル兄弟がぶつかって騒ぎにならなかったのは不幸中の幸いっスかね?」


「ああ、あそこで通報でもされていたら大変だった。そう考えると、サーヴァル兄弟のおかげであいつと繋がりを持てたんだな」

 

「ジョーンズによればサーヴァル兄弟もファッツ男爵から依頼を受けたようっスね。調査続行中だそうっス。『尻尾を掴んでやるぜ!』って息巻いてました。いやぁ……まったく、あの男爵は無理矢理オレ達に依頼しといて、何を考えているんスかねぇ?」


 サミューは拳を握りしめる。その拳は力んで震えていた。


「だが俺は奴に逆らう事が出来ない。それがあいつ……ノルを捕まえ、アブラガシワの在処を吐かせるため、拷問にかけるかもしれないと分かっていてもな。お前は俺達が義賊だと言ったが、やろうとしている事は盗賊と代わり無いんだ……」


「……アニキぃ」


「済まない、お前達にそんな顔をさせたかった訳では無いんだ。ただ俺にも希望が見えたかもしれない。俄には信じられない事ではあるがな」


 サミューは困ったように笑っていたが、顎に手を当て呟く。


「それにしても……少し豊かになったからと言って、よくスカベル地区に目をつけたものだ。そこからあいつを見つけ出すなんてな。普段は本当に愚鈍な男だが、金が絡むと途端にやる気を見せる」


「確かに……もう少し男爵の周りを念入りに探ったほうが良さそうっスね。ウィリアムズに伝えておきます」


「おっと、忘れるところだった。これはブラウンへの差し入れだ」


 サミューはポケットから、昨日ブラウンがかじったオレンジ入りのパンを出し口角を上げた。その笑い方は少し悪戯っぽくもある。


「……アニキぃ」


 スミスは半目でサミューからパンを受け取り部屋を後にした。


 

 ♢♦︎♢

 

 

 昼過ぎ、サミューのギターに合わせて踊る練習をするため部屋を出ると、チラがノルを見上げコテンと首を傾げた。


「チラのおち……お仕事は?」


「そうねぇ、チラちゃんは帽子を逆さまにして持つ係をお願いできる? その帽子にお客さんがお金を入れてくれたら、笑顔でしっかりお礼を言うの。うひひひ〜どれくらい貰えるかなぁ?」


 ニマニマ笑うノルを見てチラは首を傾げた。


「お金稼ぐの? お金には良く無いものが付いてるんでしょー?」


「たーくさんのお金はね。だけど自分で一生懸命稼いだお金は、良いお金なんだよ。いっぱい稼げたら、みんなで美味しい物食べよ?」

 

「うんっ! チラは立派なお兄ちゃんだからね、ボクも頑張るよ!」


 宿屋の前ではサミューが椅子に座り、ギターを弾いていた。その様子を道行く女性達が遠巻きに見ている。ソワソワと頭を動かしながらも、その場から動かない。まるで風に揺れる花のようだ。ギターへ視線を落とすサミューをノルはじっと見つめた。


 かなり整った顔立ちをしているが、血色が悪く目の下にはうっすらと隈も見えた。もっとも、ノルが日の光の下でじっくり見て、やっとその事に気付くくらいだが。


 微かに眉間に皺を寄せ、一見気難しそうな印象を受ける表情も、口元を見れば微かに微笑んでいるように見える。

 

「(もしかしてサミューさんがただ座ってるだけで、お金を稼げるんじゃ……?)」


 中性的な顔立ちをしていて、一見華奢な見た目ながら、骨格や筋肉の付き方は男性のものだ。軽やかに組まれた長い足や、弦を爪弾く細いながらもがっちりした指は男らしい。ノルは気付いていないが、それらのギャップが女性に受けるのだ。

 

「……おい、この曲なら知っているか?」


 サミューのつまらなさそうな声でノルは現実に引き戻された。サミューの眉間の皺が深くなっている。


「え、ええ。有名な民謡ね。初めはもう少しゆっくり弾いてもらえない?」


「これくらいか?」


 サミューが再びギターを弾くと、ノルは髪を下ろし踊り始めた。ノルの動きに合わせてスカートの裾がふわりと広がる。リズムに合わせてステップを踏みながら、スカートの裾を掴みひらひらと動かした。手拍子を打つと道ゆく人々が更に集まりだす。


 リズムに合わせウェーブのかかった栗色の髪が揺れ、日の光を浴びて淡く煌めく。ノルの踊りは見ていると自然と笑顔になり、身体の奥からじわりと力が湧いてくる。そして自然と一緒に踊りたくなってくる不思議な魅力を持っていた。ノルがとても楽しそうに踊っているからだろうか。


 サミューの弾くギターの音色が音のシャワーのように辺りへ広がり、泡が弾けるように散って行く。その音は意外にも可愛らしく楽しいイメージだ。


 2人はいつしか練習だということを忘れてすっかり夢中になっていた。見物客が新たに人を呼び、サミューのギターが足を止めさせ、ノルの踊りで目を釘付けにする。

 

 2人が気付いた時には周りに人だかりが出来ていた。呆気に取られるノルとサミューを拍手が包み込む。チラは逆さまにした帽子を持ち、笑顔でおひねりのお礼を言いながら走り回っていた。


【See you next time!】

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