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妖精とまたたきの見聞録【改訂版】  作者: 甲野 莉絵


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7/10

7話 ファディック地区

 3人は道なりに歩き続け、気がつけば昼過ぎになっていた。道沿いの林が途切れ、小高い丘の天辺へ差し掛かった所で、サミューがリュックを下ろした。冷たい空っ風が吹き付け、どんよりとした雲が辺りに影を落とす。


「ファディックが見えて来た事だし、そろそろ昼飯にするか」


「やったー! ちょうどお腹が空いてたんです。……えーっと、ファディックってどの辺りですか?」


「あそこだ。暗くなる前には着くだろう」


 サミューが指さす方に、石積みの屏で囲まれた石造りの家々が見えた。その周辺にはオレンジ畑が広がっている。


 目を輝かせるノルとチラの横で、サミューは腰から剣を外してリュックに立てかけ、テキパキと食事の準備を始めた。まな板も無しに、ナイフで器用にパンを切りながら尋ねる。


「俺の血が止まった件について、そろそろ尋ねても良いか?」


 ノルはサミューの手元をじっくり夢中で見ていたため、不意打ちのような形で受けた質問に背筋を伸ばした。

 

「はっ、はいっ! 母が不思議な楽譜を持ってて、その曲を演奏すると題名通りの効果が出るんです」


 今がチャンスとノルはサミューの正面に腰を下ろし、ずっと気になっていた疑問をぶつけた。


「じ、実はサミューさんのそばに、その……亡くなった人の魂が見えて、凄く気になってたんです。私の秘密を話したんですから、サミューさんの事も聞かせて欲しいなぁ〜なんて?」


 サミューは僅かに目を見開いたが、大きなため息を吐きノルとチラに干し肉を挟んだパンを押し付ける。


「あっ、嘘じゃないんですよ! お母さんっ……いいえ、母がシャーマンで私も死者の魂が見えるんです」


「……ほう」

 

 サミューは頬杖を突き、胡乱な目でノルを見つめた。その目からは軽蔑の色すら感じる。ノルはゴクリと唾を飲み、目を閉じた。


 シャーマンとは、祈祷や占いで人々を導く不思議な力を持った人間のことだ。一部には亡くなった人の魂と会話する事が出来る者もいる。


 先の事を知りたくなった時や人生に迷った時、亡くなった人と会いたい時に頼るシャーマンは、需要の高い職業だ。そのため真偽の定かでは無い怪しい者も多い。


 ロエルは知識、実力共に申し分の無いシャーマンだった。祈祷の効果は折り紙付きで、植物への造詣が深い。また薬草や香木を焚きながら音楽に合わせて踊ると、亡くなった者の姿と声を周りの者でも見聞きする事が出来たのだ。


 結っていた艶やかな髪をさらりと下ろし、薄く煙った中でスカートを翻しながら舞う魅惑的な様子はノルの目に焼き付いている。オルゴールの不思議な音に合わせてステップを踏み軽やかに飛びながら、踊る姿は今でもノルの憧れだ。母の血を引くノルは幼い頃からシャーマンの心得を教わっていた。


「ええとその魂は……サミューさんの家族で女の人ですね。何故かとても弱ってるみたいで魂の形がはっきり見えないんです。でもサミューさんをすごく心配してるみたいですよ」


 ノルが恐る恐る目を開けると、衝撃を受けたような表情のサミューと目が合った。無言のサミューに促されている、そんな気がしたノルは話を続ける。


「あのオルゴールには死者の霊を呼び出す儀式に使う曲も入ってて、音に合わせて踊ると普通の人でも亡くなった人とお話しできるんです。あのオルゴールを直したい本当の理由は、弟をお母さんに会わせてあげたいからなんですよ。その人もサミューさんとお話しできたら、安心するんじゃないかな〜って思うんです」


「……ほう」

 

 サミューはそう言ったきり黙りこくってしまい、話しかけてもしばらくは曖昧な返事しか返って来なかった。


 母からその手の話を信じない人は多いと聞いていたが、サミューがそうだとは。ノルはしょんぼりとしながら、硬いパンをモソモソと口に入れ、水で飲み下した。


 昼食を食べ終わり、寒さで色褪せた黄土色の丘を3人でザクザクと下って行く。丘の上からは意外と近くに見えたが、いくら歩けどファディックへ着かない。無言の気まずさに耐えかね、ノルは愛想笑いを浮かべつつサミューの腰の剣を指さした。

 

「そ、そう言えば、サミューさんの剣って珍しい形をしてますね」


「これか? これは剣の師匠から譲り受けた物でな、師匠はこれを刀と呼んでいた」


 普通に返事が返って来た事に安堵し、ノルは刀をじっくりと見つめる。

 

「へえ〜、刀って初めて聞きました。剣にも色々な種類があるんですね。当たり前だけど世の中は私の知らない事で溢れてるんだ」


 ノルは目を閉じ、息を大きく吸い込んだ。

 

「──この旅でどれくらいの新しい事に出会えるんだろう? 想像しただけでワクワクしてきた!」


「チラも、チラも!」


 ノルとチラは瞳をキラキラと輝かせながら意気揚々と歩みを進めた。雲の切れ間から太陽が顔を覗かせ、2人を明るく照らす。その後ろでサミューはハッとした――。


 そうだ、旅とは楽しいものなのだ。旅慣れていくうちに楽しむ心をすっかり忘れしまっていたが、自身も初めて旅へ出た時は、新しい世界を前に目を輝かせていた。


 サミューは2人を追いかけ日の光に照らされ黄金色に輝く丘を下る。本人は気付いていないが、その顔には柔らかな微笑みを浮かべていた。


 

 ♢♦︎♢


 

 ファディック地区へ到着し、宿屋の場所を確認しようと3人で周辺図の立て看板を見ていた。しかし夕暮れ時と言うこともあり、いまいち見難い。サミューは立て看板から目を離し後ろを指さす。


「確かこの道を――」


「君達、もしかして宿を探しているのかい?」

 

 細長い棒を持ったふっくらしたおじさんが手を振っている。3人と目が合うと、被っていたカッチリとした帽子をちょこっと持ち上げた。紺色のローブに刺繍された模様が、夕日に照らされキラキラと金色に光っている。


「(もしかしてこの人がトニーおじちゃんの言っていた自警団?)」


 そう思うと何も悪い事はしていないはずなのに緊張してくる。


「ええ、どうして分かったんですか?」


「ハハッ、そりゃこの時間にキョロキョロしながら歩いている人達を見ればそう思うだろ?」


「ところでその棒って……?」


 ノルはふっくらおじさんが肩に担いだ棒をじっと見つめた。

 

「(キョロキョロしてて怪しく見えたって事? もしかしてあの棒で私たちを捕まえるつもり?)」


 ノルの見当違いな警戒心がますます強まる。ふっくらおじさんはその様子には気付かず、『よくぞ聞いてくれました』と言わんばかりに帽子をクイッと被り直した。


「僕はこの辺りの街灯をつける仕事をしていてね、この魔道具で火をつけるのさ。他の場所では普通の火を使っているみたいだけど、魔法を使った街灯はここの自慢のひとつだと僕は思っているよ」


「おじさん、すごいお仕事をしてるんですね」


 ふっくらおじさんはニコッと笑った。自警団では無いと分かり、安心したノルが発した何気ないひと言に、気を良くしたのだろう。

 

「へへっ、良かったら宿屋通りへ案内しようか? あそこなら宿屋が幾つかあるから、部屋も見つかると思うよ。街灯に火をつけながらになるけど」


 3人は顔を見合わせ頭を下げた。

 

「「「よろしくお願いします」」」


 ふっくらおじさんは細長い棒を肩に担ぐと、デコボコとした石畳の道を歩いて行く。道の両脇には石造りの家々が立ち並んでいた。

 

 クリーム色の石壁が夕日に照らされて柔らかくオレンジ色に輝いている。屋根は茶色を主にしてピンクやグレー、青の薄い石を葺いてあり、2階建ての屋根からは出窓の見える家が多い。


 レースのカーテンの掛かった窓からは灯りが漏れており、薄暗い中でぼんやりと暖かく光っている。夕食の準備をする家庭が多いのか煙突からは煙が上がり、美味しそうな匂いにノルのお腹が小さく鳴った。


 ふっくらおじさんはすれ違う住民と、今日あった事や夕飯のことなど軽く話しながら火をつけて行く。ノルはチラにこっそり尋ねた。


「チラちゃん、火怖くない? 大丈夫?」


「うん平気だよ! あのおじちゃんの魔力はとても優ちくって気持ちいいの」


「魔法の火って時々はぜて、それがキラキラって光るのがとても綺麗。なんだか火が楽しそうに見えます」


「そうかい? 嬉しいな。この夜の景色の一部を僕が支えているのさ」


「おじちゃんの着てる服も素敵。まるで夜空と星みたい」

 

「だろ? この制服は代々この仕事をしてきた我が家に受け継がれてきた物なんだ。昔この地に綺麗な流星を降らせた人物がいたんだって。流星が見られたのはごく僅かな時間だけだったけど、疲れた人々の心を癒すくらいとても美しくて暖かな光景だったらしい」


 ふっくらおじさんは自慢げに着ているローブをバサっと翻す。

 

「これはそんな風にこの地を照らしたいって考えた僕のご先祖様が、その人の身につけていたものを再現したらしいよ」


「私もその流星を見てみたかったです」


「チラも!」


「さあ、宿屋通りについたよ。ここは暖かくなるとさらに色々な花が咲き誇って美しいんだ。またその頃にぜひ来ておくれ」


「「「ありがとうございました」」」


 3人は宿屋で2部屋取って素泊まりすることにした。ノルとチラは手続きをサミューに任せ、部屋へ荷物を置きに向かう。扉を開けるとひんやりとした空気が漂っていた。


 蠟燭に火をつけ部屋を見回す。暖炉があり壁にタペストリーが掛かっていて、床には絨毯が敷いてあった。石で出来た部屋を少しでも暖かく保つ工夫だろうか。


 暖炉に火を入れてしゃがみ、体を温めながら机に置いてあったお菓子をつまむ。ファディックの雲という白くて丸いお菓子、マシュマロだ。甘くてふわふわ、もちもちした食感で、口の中で少しづつ溶けて消えてゆく。


「とっても美味ちいね! だけど火はおじちゃんのほうがキレイだったなー」


 そう言うとチラは暖炉から離れた。ノルもベッドに腰掛ける。


「うわぁ、ベッドもすごいふかふかしてる~」


「えっ、本当ー!?」

 

 チラはもう1つあったベッドに飛び込んだが、勢い余ってゴッツンと大きな音を立てベッドの淵に頭をぶつた。目から星を散らしながら目を潤ませ頭を押さえる。


「うぅぅ〜」

 

「そっか、初めて見るお部屋とふかふかなベッドで盛り上がっちゃったのね」


 ノルはチラの頭を撫でながら、幼い頃転んで泣いていた自分に母ロエルがかけてくれたおまじないを思い出した。チラの頭に手をかざし、おまじないの言葉を唱える。


「では私が魔法をかけてあげましょう。痛いの痛いの飛んで行け〜! さあ、あとはこのお菓子を食べればチラちゃんは元気になれるはず~」


 マシュマロを1つ手渡すと、チラはもぐもぐと頬張る。願わくばマシュマロに夢中になっている間に、痛みを忘れてくれれば良いのだが……。


 

 ♢♦︎♢


 

 サミューは手続きを済ませ部屋の扉を開けた。暗い部屋の中に小さく光るものが2つ見える。驚き身構えたが、すぐにその光の正体が明らかになった。


「ウキッ?」


「なっ……ブラウン? どうしたんだ?」


 スミスが連れている猿のブラウンが机の上でマシュマロを食べていた。ブラウンはもう1つマシュマロを口に入れ、蝋燭に火を付けるサミューに手紙を押し付ける。


「何々? スミスからか、俺も丁度話したい事がある。お前のご主人は3つ隣の部屋にいるんだな」


 ブラウンはサミューが手紙を読んだ事を確認し、マシュマロの空き袋を残して窓から去って行った。マシュマロの空き袋にはファディックの雲と書かれている。

 

 サミューが椅子に腰掛け、フロントから持って来た新聞に目を通していると、隣の部屋から大きな鈍い音が聞こえた。


「……まったく、あいつらは何をやっているのだか」


 しばらくすると、扉をノックする音がした。


「サミューさん、ノルとチラです。明日からの予定を相談したいから入ってもいいですか?」


「ああ、鍵は開いている。入ってくれ」


「お邪魔します」


 キョロキョロと内装を見回すノルと、その足元にぴったりとくっ付くチラへ、サミューの視線が移動する。


「今さっき大きな音が聞こえた気がしたのだが?」


 椅子に座り足を組んだサミューは、ひときわ不機嫌に見えた。注意されることが多いため、ノルは緊張しながら答える。

 

「チ、チラちゃんがベッドに頭をぶつけちゃって……」


 新聞を無言で畳みスッと立ち上がったサミューを見て、チラはノルの後ろに隠れる。

 

「あっ、怒らないであげてください……」


 ドギマギするノルの前でサミューはしゃがんだ。

 

「怪我は無いか?」


「……うん。でも痛かったの」

 

「えらいぞ、よく泣かなかった。立派なお兄ちゃんだな」


「うんっ! ボク立派なお兄ちゃんなの!」

 

 目を輝かせて頷くチラを見て、サミューは小さく微笑み立ち上がる。

 

「お前もチラのように楽に話せ。堅苦しいのは苦手だ」


「えっ? え、ええ」


 突然態度が軟化したサミューにノルは首を傾げつつ頷いた。

 

「話は変わるがお前達に相談したい事がある。これからは少しペースを落とし、路銀を稼ぎつつ旅を進めようと考えている。時間と金銭に余裕があれば旅先での楽しみも増えるはずだ。どうだろう?」


「私達は嬉しいけど、サミューさんは無駄が嫌いなんじゃ?」


「お前達、旅は初めてなのだろう? 少しくらい思い出に残るような事があっても良いと思ってな。嫌ならこれまで通り急がせてもらうが」

 

「いいえ、賛成! 観光して美味しそうなお土産を買ったり、食べ歩きを楽しんだり、行った先の街のグルメを堪能したり――」


 ヨダレを垂らしながら、にへら〜っと笑うノルをサミューが現実に引き戻す。


「食い倒れが出来るほど俺達の路銀に余裕は無いぞ。そこで考えたのだが、お前踊れると言っていたな?」


「私の踊りを見てもらうのね? とっても良いアイディアだと思うけど、踊るには音楽がないと。オルゴールは壊れてるし、踊りながら笛を吹くのは難しいかな……」


「音楽なら俺が演奏しよう。ただしギターだが、合わせて踊る事は出来そうか?」


「たぶんできると思う。念の為明日曲に合わせる練習をさせてもらえたら嬉しいな」


「分かった、それではこの話は終わりだ。俺はこれから用事があるので失礼する、悪いが今日の夕飯は各自で済ませてくれ。チラを忘れるな」


 気づけばチラは話に飽きてしまったのか眠っている。ノルはチラを自室のベッドへ寝かせ、パンを買いに出かけた。


【See you next time!】

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