4話 ウローヒル中心地区
──時は少し遡る。
アブラガシワの林からノルとチラが帰ると、妖精族の男が現れた。男の名はオキキ、ノーガスの友人だった。もっとも現在は疎遠になっていたが。里に響く笛の音の演奏者を探すうちにこの林へ辿り着いた。
「(ここは……アイツが大切にしていた場所じゃないか。そういえば最近姿を見ていない気がする)」
横笛を吹く少女の楽しそうな姿を陰ながら見ているうちに、オキキに心境の変化が起こっていた。友人が大切にしていたこの場所を、自身もまた大切に思う気持ちが芽生えていたのだ。
「(そうだアイツは優しく責任感が強いヤツだった。自分の息子に会えない分、里の子供を可愛がるような良い奴だ。そんなアイツが訳もなくここを放って居なくなるはずがない)」
今はいなくなってしまった友人の事をじわり、じわりと思い出していった。オキキはアブラガシワの木に手を当て考える。友人に何があったのかと。今はどこで何をしているのかと――。
♢♦︎♢
空に煌々と満月が輝く夜、ある領主の館に青年が招かれた。かなり整った中性的な顔立ちをした長身の青年だ。
青みがかった黒髪の間から覗く紺色の瞳は、青年の持つ落ち着いた雰囲気を表していた。しかしその切れ長の目は、特別鋭く吊り上がっている訳でもないが、どことなく冷たい印象を受ける。
服装はカーキ色のシャツに、くたびれた革のベストを着ており、その上に紺色のジャケットを羽織っている。カーゴパンツの裾は動き易いようブーツに仕舞われていた。
服装に一応気を使ってはいるが、動き易さ重視といった雰囲気だ。自身と似た無駄な要素を感じさせない、細長い変わった形の剣をベルトに挟んでいる。
門番に剣を預けろと言われ、渋々渡すと門を潜り、屋敷の入り口まで歩く。そのしなやかな身のこなしから、かなりの腕前だということは想像に難くない。
玄関を抜けた先にある廊下には無駄に豪華な額に飾られた絵や、太った男の胸像などがこれ見よがしに飾られてる。
「(……悪趣味だ)」
青年は趣味の悪い美術品から視線を逸らすと、執務室の扉を叩いた。
「入れ」
その声に小さく溜息を吐き扉を開ける。部屋の中では廊下に置いてあった胸像にそっくりな、脂ぎった顔の太った男が椅子にふんぞり返っていた。
「(あの椅子はよく壊れないな……)」
青年が内心そう思いつつ太った男の方へ目を向けると、その横に立つ赤いローブの人物が目に入った。月明かりに照らされたその人は、スラリと背が高くベールで顔を隠していて、如何にも怪しい。しかしこの部屋へ来るまでに、嫌と言うほど見せつけられたあの趣味の悪い絵画や彫刻よりも、よほど良い題材になりそうだ。
「(この男の新しい女か)」
太った男は女好きで名が知れた存在だ。青年の視線に気が付いたのか赤ローブは、ベールの奥で妖しい微笑みを浮かべる。青年はハッとして太った男へ視線を戻した。
「……仲間から話は聞きましたが、俺達は人攫い紛いの依頼は受けません」
太った男はニタリと笑う。だらしなく開いた口元から金歯が覗く。
「お前は腕利きとして名の知れた冒険者だろう? そのお前が盗賊活動をしていると騎士団や組合に密告されてもよいのか? お前の大切な部下がお縄を頂戴する羽目になるぞ?」
「騎士団如きに遅れをとるような間抜けは、俺の仲間にはいませんし、冒険者としての地位はとっくの昔に捨てました。どうぞご自由になさってください」
「そうは言っていられないはずだ。この方はお前の大切な者を預かったそうだぞ?」
赤ローブが手をかざす。見えたものに青年は目を剥いた。
「――ッ分かりました。依頼を受けましょう」
戸惑いの表情を浮かべた青年には、そう答える以外の選択肢は残されていなかった。
「初めからそう答えればいいものを。報酬はしっかり払うのだから、この依頼くれぐれも頼んだぞ」
「……了承しました」
「お前は私の言う事さえ聞いておれば良いのだ。ねぇ?」
どっぷりと優越感に浸った様子で太った男は赤ローブを見つめたが、返ってきたものは冷ややかな視線だけだった。青年が退室する際に、ヒラヒラと手を振る赤ローブと再び目が合う。その妖しい笑みに、青年は蛇に睨まれたカエルとはこのような気持ちなのかと身震いする。
再び玄関を抜ける頃には、受けたくも無い依頼を受けてしまった自分に嫌悪感を抱いていた。そして門番から剣を奪い取るように受け取り屋敷を出ると、青年は夜の闇の中へ消えて行った。
♢♦♢
翌朝ノルはリナにチラを預け、オルゴールを手にウローヒル中心地区へ向かう乗り合い馬車に乗り込んだ。
馬車の中は狭い。そのため聞き耳を立てている訳でもないが、乗り合わせた客の会話が耳へ届く。
「そういえばファッツ男爵が盗賊と手を組んだって話よ」
「ええー私たちからむしり取った税金で何してるのやら、お貴族サマの考えてることは分からないねぇ」
ファッツ男爵はここウローヒル群の領主だ。何よりも金が好きでその次は女、いわゆるゲス貴族としても名が知れ渡っており、世間話に疎いノルでもその存在を知っている。
「ええと何だっけ奴らの名前……。そう、紙吹雪のスカーフ団! 名前から取ったのか、変なスカーフをつけているそうよ」
「へぇ〜、もしかして冒険者の花吹雪にでもあやかったのぉ? 花吹雪が謎に包まれた存在なのを逆手に取るなんて考えたわねぇ。まぁ違かったとしても迷惑な話だわ。一時期はあんなに名前を聞いたのに、奴らが出てきてからとんと名前を聞かないもの」
「本当よねぇ! 花吹雪も頭にきてるんでしょうから、そんな盗賊なんてさっさと討伐しちゃえばいいのよ!」
ノルは乗り合い馬車を降り、鉄で出来た大きな門に圧倒されながらウローヒル中心地区へ足を踏み入れた。生まれて初めてスカベル地区から出たノルには見る物全てが新鮮に、輝いて見える。
ウローヒル群はフィッツボール王国では中規模の大きさだ。旅の商人が中心地区には、そこそこの楽器店があると言っていたのを思い出し、オルゴールを持ち込む事にしたのだ。
2階建や、3階建ての建物が立ち並ぶ間を通る石畳の道を歩く。物珍しい光景にノルはキョロキョロしながら歩き、噴水のある広場へたどり着いた。
なんと人が多い事か。子供たちのはしゃぐ声、威勢がいい呼び込みの声、荷馬車の車輪や馬の蹄の音、陽気に笑う男達は冒険者だろうか。スカベル地区では偶にしかお目にかかれない吟遊詩人も何人かいる。とにかくここはとても賑やかだ。
ノルがお上りさん丸出しでキョロキョロしながら噴水の淵に腰掛けると、あまりの冷たさに身震いした。今日はまるで急ぎ足で真冬がやってきたかのような冷え込み方だ。
こんな時はどこか店に入って暖まろう。考えてみればもう昼近い。そう思うと途端にお腹が空いてくる。再びキョロキョロしながら食事処を探し、広場からほど近い場所にある"仔羊の蹄亭"へ入る事に決めた。店選びの決め手はいい匂いに吸い寄せられたからだ。
威勢のいい女将さんが切り盛りする店内はガヤガヤと賑やかだった。ノルもテーブルに座って料理を注文する。出てきた料理は『私を食べて』と誘惑するかのようにいい香りをさせていた。
まずチキンステーキを頬張る。香草と下処理によって肉は柔らかく、香ばしく焼かれた皮目はパリッとしていてとても美味しい。口の中で香草の香りのする肉汁が広がり、飲み込んだ後からほんのりとニンニクの香りが追いかけてくる。味付けは塩だけなのに香り付けのセンスが抜群だ。
ロールパンもふんわりとしていて、バターの香りとほのかな甘さのある、それだけで食べても満足できるパンだ。そのパンにチキンステーキの肉汁を吸わせて食べると、2つの味が合わさりまた違った美味しさを楽しめる。
豪華な食事を夢見心地で食べ終わり、デザートでも注文しようかと周りを見回した。
それを見ていた若い男2人がノルに声をかける。ひとりは筋骨隆々で、もうひとりはひょろりとした卑屈そうな男だ。
「お嬢ちゃん、良い食いっぷりだねぇ〜。俺オススメの店でおやつを食っていかないか? この店より美味いもんが食えるし、お土産もあるよ。お嬢ちゃんかわいいし、奢っちゃおうかな」
男達は周りからの棘がある視線に気が付かない。だがちょうどチラへのお土産を考えていたノルは、話だけでも聞いてみようと思い立ち上がると、斜め後ろから声がした。
「――騙されるな」
ノルが振り返ると声の主であろう僅かに眉間に皺を寄せた青年と目が合った。その傍には見たことがない形の細長い剣が置いてある。
「子供を騙して金を稼ぐペテン師の常套句だ。ついて行けば身ぐるみ剥がされ、金を巻き上げられるぞ」
「金を巻き上げるー? お嬢ちゃん安心して、俺達そんな事はしないからね」
卑屈そうな方の男がノルに向かいヘラっと笑う。青年はその雰囲気を体現するような、深い紺色の瞳を男2人へ移した。
「よく見れば、お尋ね者のサーヴェル兄弟じゃないか。だとすれば……奴隷として売り飛ばすつもりだったのか? そもそも人身売買はこの国で禁じられているはずだが」
青年は眉間の皺を一層深め、苦虫を噛み潰したかのような表情で吐き捨てるように呟いた。青年は呟くような話し方をするが、不思議な事にその声は良く通る。
「黙って聞いてりゃ、好き放題言いやがって!! 俺達がサーヴェル兄弟だと知って商売の邪魔したのか?」
サーヴェル兄弟の卑屈そうな方がニヤリと笑うと、もう1人の筋骨隆々の方が手をボキリと鳴らす。
「それならその綺麗なお顔がぐちゃぐちゃになっても文句は言えねぇよなぁ? 善人ぶった色男さんよぉ〜!」
サーヴェル兄弟は難癖をつけ、青年に飛びかかる。青年は剣を手に取り、目にも留まらぬ速さで相手の懐に入り込むと、2人続けて顎を柄頭で打ち上げた。
あっという間の出来事にサーヴェル兄弟はなす術無く崩れ落ちる。店主は財布から食事代を抜き取ると、首根っこを掴み店の外に放り投げた。
「いいぞ! サミュー」
「さすが腕利きは違うね〜」
一連の流れを見ていた客たちはワッと盛りがる。サミューと呼ばれた青年は何事も無かったように、再び席へ戻り、気疲れした様子でため息を吐く。
先ほどは余裕でサーヴェル兄弟を伸していたのだが。あまり注目を浴びるのが好きでは無いのかもしれない。
「見苦しいものを見せて悪かったね。好きな飲み物一杯タダにするよ」
女将さんの一言に店内はお祭り騒ぎになっていた。喧噪から逃げるようにサミューと呼ばれていた青年が店を出てゆく。ノルは後を追った。
「あのっ! さっきはありがとうございました」
「別にお前のためではない。あの店で変な騒ぎが起きてほしくなかっただけだ」
「でもサミューさんでしたっけ? あなたのおかげで私は攫われずに済んだんです」
サミューはため息を吐く。
「元はと言えば、お前が金のたくさん入った財布を人前で出すから狙われたんだ。1人で歩くのならもっと用心するんだな」
サミューの指摘にハッとした。
「確かに……次から気をつけます」
ペコリと頭を下げると、再びキョロキョロしながら裏通りの方へ向かうノルを見てサミューは大きなため息を吐く。
「待て、お前はどこへ行くつもりだ? その方向に子供が1人で行くべき場所は無いぞ」
「えっ、楽器店ですけど?」
キョトンとした顔で首を傾げるノルを見て、サミューは再びため息を吐く。
「……楽器店? しょうがない、連れて行ってやる」
「良いんですか? よろしくお願いします」
♢♦︎♢
「――申し訳ないねお嬢さん。わしにはとてもこの芸術品のようなオルゴールを修理できる腕は無いよ」
ここはノルたちの目指していた楽器店だ。店内には大小様々な笛、弦楽器、ノルが見たことも無い不思議な異国の楽器も置いてあった。
楽器店の店主は申し訳なさそうにオルゴールを返す。好々爺然とした店主の雰囲気に、ノルはしょんぼりと肩を落としながら事情を説明した。
「これ、母の形見の品なんです……」
「そうかい、大切な品なんだね……そうだ! 隣国のイルーグラスと言う街には、凄腕の修理職人がいると聞いたことがある。その職人に直せない物は無いそうだよ」
ノルは満面の笑みを浮かべ、店主に頭を下げた。
「わぁ、ありがとう。私そこに行ってみます!」
店主は少し心配そうな表情で2人を見つめる。
「かなり遠い場所だけど……お兄さんがついて行ってあげるのかい?」
「はっ? え、ええ……?」
「良いんですか!? ありがとうございます〜!」
ノルの期待が籠った視線に負け、サミューが曖昧に頷くと店主は安心した様子で微笑んだ。2人は楽器店を後にし、来た道を引き返す。
「子供だけで行くのは難しそうだな〜って思ってたんです。サミューさん強いみたいだし、これで安心だわ~」
「なぜお前はそこまでしてそのオルゴールを直したいんだ?」
サミューの質問にノルは少し考え、他人に話せるありのままを答える。
「半年くらい前に母が事故で亡くなって、その時これも壊れちゃって。母の大切な思い出が詰まったこのオルゴールは私の宝物だから、絶対に直したいんです」
ノルは自分に言い聞かせるように頷き、ニコッと笑った。
「でも1番の理由はオルゴールの音色を聞いた事が無い弟に聞かせてあげるためなんですよ。母もそれを望んでる気がするし、何より私はお姉ちゃんですからね!」
その後ろでサミューが息を呑んだが、その事にノルは気が付かなかった。
夕方を知らせる鐘が鳴る。
「ああっ! 急いで帰らないと、遅くなっちゃう」
2人は夕陽が照らす道を急いで門へ向かって歩いた。この時期は暗くなるのが早い。そのため門に着く頃には薄暗くなっていた。
「スカベル地区方面行きの馬車は先ほど出たばかりらしい。次の馬車では到着は深夜になるぞ」
「(あれ、どうして私がスカベル地区から来たって知ってるの? そっか、きっと無意識に話したんだ)」
一度人攫いから助けられているためか、ノルの中ではサミューを疑うという選択肢がなくなっていた。
「大丈夫、私には身を守る術があるんですよ!」
「夜道は殊に魔物が出やすくなる。出発は明日の朝でもいいのではないか? いい宿を紹介してやろう」
魔物とは夜になると現れ暴れ回る、普通の野生動物とは一線を画す凶暴さを持った生き物だ。動物に似た姿をしており、色々な種類がいる。目に付いたものは自分達仲間以外手当たり次第に襲うため、人々から恐れられており、詳しい事は分かっていないのだ。
すっかり暗くなった街には街灯が灯り、黒く鈍く光る石畳にはうっすらと光が反射している。街灯と店々の黄色やオレンジ色の明かりが反射して、夜でも明るく感じる街中をサミューについて歩いた。
「ここだ。主人に俺の紹介だと言えばまけてもらえるはずだぞ」
少し自慢げにサミューはそう言いながら扉を開けた。
【See you next time!】




