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妖精とまたたきの見聞録【改訂版】  作者: 甲野 莉絵


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10/10

10話 ストンリッツへの道中

「今日はここまでにしよう。今のうちにテントを張る場所を決めるぞ」


 サミューが歩みを止め、強い西日に目を細めながら周りを見回した。


「えっ? まだ明るいし、歩けるうちにもう少し進んだ方がいいんじゃない? 私はまだ大丈夫だよ」

 

「いや、じきに暗くなり冷え込んでくる。疲れた中でテントを張り、寒さと戦いながら火を起こすのは大変だ。今のうちに準備しておけば快適だろう?」


 サミューは街道から1番近い木の根本でリュックと持っていた荷物を下ろし、テキパキとテントの準備に取り掛かる。ノルとチラで燃料となる小枝を集めているうちに薄暗くなった。ランタン屋敷で買った星形のランタンを取り出し蝋燭の火を入れる。

 

 ノルにとっては生まれて初めての野宿だ。楽しみであると同時に緊張もしていた。しかし、火のはぜる音を聞いたり、ランタンの色とりどな温かな光を見ていると心が落ち着く。何よりチラとサミューが側にいるのだ。怖さや寂しさを感じる事を忘れ、ノルは野宿を楽しんだ。


 3人で火を囲み、ファディックで買ったパンや、ダンマから貰ったオレンジを食べる。


「パンも美味しいんだけどねぇ……」


 ノルはハッと口を押さえる。贅沢を言ってはいけないと思いつつも、つい口から本音が溢れていた。


「あと数日の辛抱だ。ストンリッツは食材が豊富で飯も美味い」

 

 サミューは苦笑しながら、足元に置いてあったファディックの雲の袋を手に取る。

 

「あっ、マシュマロ! サミューさん、ありがとう」

 

「まあ待て。お前達はマシュマロのこんな食べ方を知っているか?」


 サミューは枝を串に見立てマシュマロを1つ刺す。そして焚き火から少し離してクルクルと回しながらじっくりと炙った。次第に甘い香りが漂い、茶色い焦げ目が付き始める。


 興味津々で目を輝かせるノルとチラの様子にサミューも少し得意気だ。串に刺さって少し膨らんだマシュマロをチラに手渡した。


「熱いから気を付けて食え」


「うん! わぁ〜カリトロだぁ!」


 チラのとびきりの笑顔が全てを物語っている。ノルもマシュマロを枝に刺して焼いてみたが、あっという間に端が黒くなり火がついた。


「あれ……真っ黒」


 ノルは慌てて火を吹き消したが、マシュマロは炭と化してしまっていた。


「火に近すぎる。もう少し離して絶えず回しながら炙れ」


 サミューの指摘に気を取り直してもう1つ焼いた。その横でチラはサミューに再び焼いてもらったマシュマロを頬張っている。


 ノルは早く食べたい気持ちをぐっと抑え、じっくり丁寧に焼き上げた。ひと口かじると、衝撃を受けた。宿屋で食べたマシュマロとは全くの別物になっている。側面がサクっとしているが中はトロトロでシュワシュワだ。

 

 この感動は感謝と共にサミューに伝えなくては。だが横を見ると、サミューはマシュマロに手をつけていない様子だった。


「あれ、サミューさんは食べないの? あっ、安心して! サミューさんの分はマシュマロ焼き職人の、この私が焼かせてもらうわ」

 

 その道数分のマシュマロ焼き職人はポカンとするサミューに頷き掛け、意気揚々とマシュマロを焼き始める。ノルにしては珍しく、食べる事よりもマシュマロを焼く楽しさに取り憑かれていたのだ。


 それからサミューは3個目のマシュマロを食べ終わると、マシュマロを木の枝に刺そうとしているノルを慌てて止めた。


「も、もう勘弁してくれ……。言いそびれたが、俺は甘い物がそれほど得意ではないんだ」


 名残惜しそうな表情をするノルから隠すようにサミューは、ファディックの雲の袋をリュックに仕舞う。

 

「それより今夜の話をしよう。何かあったときのためや、あのランタンの火が消えないように夜は交代で見張りたい。まずは俺が見張りをするからお前達は寝ていてくれ。交代の時間になったら起こす」


「うん、分かった。ひとまずおやすみなさい」

「おやすみ!」


「ああ、おやすみ」

 

 ノルはチラと一緒にテントへ入り眠った。はずだった――。

 

 しかし気がつくと木々が鬱蒼と茂る、薄暗い森の奥深くで1人佇んでいた。いや、ここは見覚えがある。サナリスの森にある秘密基地の側だ。


「(えっ、どう言う事!? 確かサミューさんにおやすみなさいって言って、テントに入ってチラちゃんと寝たはず。それならこれは夢って事……?)」

 

 首を傾げながら茂みを抜ける。すると――。


 エアが手を振っているではないか。やはりこれは夢なのだと直感的に理解した。だが例え夢の中、幻だったとしてもエアの姿を見られて、飛び上がるほど嬉しい。ノルは一目散にエアへ駆け寄り飛び付いた。


「エアーーっ!!」


「よっ、久しぶり。って……うわぁっ!」


 勢い余って2人共に倒れ込み、落ち葉の絨毯の上でゴロリと横になる。


「いきなり突進して来んなよなー?」


「ごめんね〜。エアに会えたのが嬉しくって、つい。それより聞いて!」


 空を見上げながらエアが眠りについてからあった事を話した。初めは相槌を打ち、楽しそうに話を聞いていたエアだったが、旅の話になると次第に表情が曇ってくる。ノルはその表情を見て不安になった。


「……どうしたの?」


 せめて夢の中ではエアに笑っていて欲しい。いや、自分の思い描く夢だからこそ、今まで苦しい思いをしたであろうエアには幸せであって欲しいのかも知れない。しかしエアの答えは意外なものだった。


「ノルもチラもあいつに気を許し過ぎじゃないか?」


 エアの言い方は不貞腐れたようにも聞こえる。

 

「えっ? 『あいつ』ってもしかしてサミューさんの事?」


「……それ以外誰がいるんだよ。ちょっと優しくなったからって、何で受け入れちゃうわけ? 忘れたのかよ、あいつ初めは凄く偉そうでヤな奴だったんだぜ?」


 確かにノル自身が以前、感じていた事だ。しかし今は違う。

 

「もう〜、今は私とチラちゃんの事を考えてくれてるんだから、そんな事言ったら失礼でしょー? それにね、もしお兄ちゃんがいたらあんな感じなのかな〜って思うの」

 

 ノルのへにゃっとした笑顔を見て、エアは唇を尖らせ背中を向けた。


「ノルとチラがそう思ってても、俺は認めないから。だって、あいつ凄く強そうなのにノルを守れなかっ――」


「えっ?」


「とっ、とにかくっ! 俺の兄弟はノルとチラだけなんだ! 例えあいつがドジなノルの面倒を見てくれてたとしてもなっ!!」


「えー私、ドジじゃないよ? それより、サミューさんが私を守れなかったって何?」

 

 エアの羽がピクピクと動いている。ノルは初めて見るエアの羽をじっと見つめた。薄く柔らかな淡い緑色の羽は、光の反射で虹色に光って見える。


 とても美しいが、エアの羽を見ると改めて弟は妖精族で、親は同じでも自分とは違う種族なのだと痛感させられた。


「……ねーってばー」

 

 そんなエアの無防備な背中を見たノルはある衝動に駆られた。そっと人差し指をエアに近づけ、スーッと背中をなぞる。


「──おわっ!」


 ビクッと体を震わせたエアは奇声をあげ、ガバッと起き上がった。


「くそーっ、ノルにしてやられるなんて!」


「まーた呼び捨てになってる。これでも私、お姉ちゃんなんだよ?」


「そう言われてもなぁ。『姉ちゃん』って呼んで欲しいんならもう少し、しっかりしてくれよ」


 ノルは小さく笑った。自分の想像の中でもエアは子憎たらしく、言う事を聞いてくれない。記憶の中にいるエアそのものに会えて嬉しいが……。


 ノルはゆっくり起き上がり、母ロエルの笑い方を真似しながらエアの髪をそっと撫でる。

 

「あの日は『ノル姉ちゃん』って呼んでくれたのになぁー」

 

「あっ、あのときは弱ってて、うっかりそう言っちゃっただけだ! ……恥ずかしい事言わせんなよな。じゃあ俺、寝るから! おやすみっ!!」


 エアは捲し立てるようにそう言うとドサっと寝転がる。次の瞬間ノルはテントの中で目を覚ました。


「――あれ、エア? エアっ?? なんだぁーやっぱり夢かぁ……」


 しかし夢にしては妙にリアルな気もした。エアに触れた指先の感覚をはっきり覚えている。その上、自分が知らない事を知っている様子だった。


 エアはノル自身の中で本当に眠っている――?


 今まで自身を奮い立たせるための想像でしかなかったが、途端にその考えが現実味を帯びてきた。それと同時に小さな不安が頭をよぎる。


「(私、少しづつ男の子になってるの……? もしかして私が食いしん坊なのもそのせい?)」


 ノルが見当違いな濡れ衣をエアに着せながら、自身の体を触っているとサミューが顔を覗かせた。

 

「ん? 眠れなかったか?」


「ううん。今起きたところだよ。ねぇ、私に変なところってないよね?」


「……別にいつも通りだと思うが? それより交代の時間だ」


 寝ているチラは起こさず、2人でテントの外に出て焚き火のそばに座ると、サミューがポケットからある物を取り出し、ノルに手渡した。


 それは一流の旅人なら大体は持っていると噂で聞く、子供なら誰でも憧れる物だった。掌にすっぽり収まるくらいの、丸く平べったい道具を見てノルは目を輝かせる。


「これって懐中時計!? お菓子の時間とか、ご飯の時間とかが分かるんだよね? ねっ?」

 

「……これは正確な時間が分かる道具だ。言っておくが、飯は明日の朝まで無いからな? この短いほうの針がここを指したら、見張りを代わるから俺を起せ」


「うん! わぁ、すご〜い。私、懐中時計を持ってるんだ。何だか大人になったみた〜い」

 

 初めて見る懐中時計を興味津々でこねくり回すノルにサミューが釘を刺す。

 

「……分かっていると思うが、貴重な道具だ。壊さないよう丁寧に扱ってくれ。何か異変を感じた場合もすぐに俺を起こすんだ。分かったな? それでは頼んだぞ」


 サミューはそう説明するとテントへ入って行く。それからすぐに眠ったのか、辺りは静寂に包まれた。


 夜は音が少ない。ノルはしばらく静かな世界を楽しんだ。目を閉じると初めはシーンという音が耳元でうっすらと聞こえる。


 更に耳へ意識を向けると、焚き火が燃えてパチパチとはぜる音や、時折吹く風が木々の間を通り抜ける音、フクロウの鳴き声などがよりはっきりと聞こえた。


 それからどれくらい目をつぶっていただろうか、ノルはハッとして目を開いた。野生動物か魔物か判断のつかない鳴き声が聞こえてきたのだ。以前見た魔物の姿を思い出すと身が竦む。

 

 しかし視線の端にランタンの明かりを捉えられた事で、恐怖で縮こまった心が僅かに落ち着いた。そうだ、先ほど聞こえた声の小ささを考慮すれば、声の主はまだかなり遠くにいる。とにかく落ち着かなくては。


 それでも夜の静けさの中、ノルがたった1人で座っている事に変わりは無い。自身の心臓が脈打つ音が耳元で聞こえる。だが声の主は離れて行っているらしく、声は小さくなり聞こえなくなった。

 

 ノルがほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、テントの中から微かに呻き声が聞こえる事に気が付いた。これは……恐らくサミューの呻き声だ。

 

 思い返してみれば、自宅でもこの呻き声を聞いた気がする。聞いているこちらまで不安で心を締め付けられるような気分になる、とても苦しそうな声だ。


 懐中時計を見れば交代の時間が近づいている。まだ少し早いが起こしてしまおう。テントに駆け込むと、案の定サミューが額に脂汗を滲ませ、苦悶の表情でうなされていた。急いで揺り起こす。


「――っ! ……ああ、もうそんな時間なのか」


 何事も無かったかのように取り繕いテントから出て行くサミューに、どのような夢を見ていたか聞く事は出来なかった。



 ♢♦︎♢

 


「くそっ! お前がっ! お前がしくじったせいでっ! こっそり依頼を出していたと知られて、パパに怒られたじゃないかっ!!」


 鞭がしなり空を切る音、体に当たる鋭い音と男の低い呻き声が室内に響く。早朝で周辺がしんと静まり返っているため、それらはより一層響いて耳へ届いた。

 

 手足を縛られ床に蹲った大柄な男を、青白い顔の男が鞭打ちしている。薄暗い天井裏からこっそりとその様子を見ていた男は、小さくため息を吐き、ハッとした様子で口元に手を当てた。サミューの義賊仲間、ウィリアムズだ。


 ファディックでノルを襲った男の後を追って辿り着いた先は、何とファッツ男爵の屋敷だった。そこで元々小柄で影が薄く、気配を消すのに長けているウィリアムズは、男爵邸に潜り込み情報を集める事にしたのだ。

 

 ウィリアムズは天井板の隙間から下を見回す。室内は幼女向けの服や靴、幼女の絵画や彫刻で埋め尽くされている。


「(……この男、狂ってるな。部屋が悪趣味なうえ、言動もおかしい)」

 

「ですからっ! あの娘がめっぽう強くて……ぐっ! う、うおぉぉーっ! 痛ぇ、痛ぇです! もう、やめてくれぇーー!」


 大柄な男の野太い悲鳴を聞き青白く痩せ細った男、ファッツ男爵の息子ラナリーは興醒めした様子で、振り上げた鞭を下ろした。


「はぁーやめだやめ、牢へ連れて行け。やはり相手はうら若き乙女でないと。鞭を打った時の弾けるような感触とあの悲鳴がたまらない。捕らえている中で1番若い女を連れて来い。間違えても愛玩用の娘は連れて来るなよ?」


「坊ちゃま、それが……」


 部屋の隅に控えていた男爵家の私兵が口ごもる。

 

「どうした? 僕の鞭がお前へ飛ぶ前に早く連れて来い!」


「今朝確認したところ、地下牢がもぬけの空になっておりまして……。誠に申し訳ございません!」


「(その子達ならば昨日のうちに1人残らず逃してやったさ)」

 

 ウィリアムズは天井裏でほくそ笑む。数日間、男爵邸を観察したが、このラナリーは男爵以上にタチの悪い男だと言うことが分かった。少女を愛でる趣味と、うら若き乙女を痛ぶる趣味を併せ持っているのだ。

 

「何だと……? 僕がどれだけ苦労してあのコレクションを揃えたと思っている!?」


 だが誘拐紛いの方法で連れて来ていた為、大手を振って探す事は出来ない。ラナリーは親指の爪を噛む。


「……欲しい、やはりノルと言う娘が欲しい。どうせパパは木の在処を吐かせたら処分するつもりだろう。それなら僕が貰い受けて妾と言う首輪を着けてしまえば、逃げられても連れ戻す事が出来るし、反抗的なら調教すれば良い。確か12だったか。まだ愛らしい見た目をしているだろう」


 ラナリーはレースをふんだんに使ったドレスをトルソー毎抱き抱え、蕩けるような笑顔でくるくる回る。


「賊のリーダーの心が折れるよう、あの方が手を打ってくれたとパパは言っていたが、……ああっ悠長に待っていられる訳が無い! 幼い娘の愛らしい時間は刻一刻と減って行くのだから。こうなったらパパを急かしに行こう」


 ほくそ笑み、部屋を出るラナリーを見て、ウィリアムズは頭を抱えた。


「(アニキの心が折れるような事とは何だ……? だとしても、ノルさんがあの三十路男に捕まるのを、黙って見てて良い訳が無い……)」


【See you next time!】

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