表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

ep4 自分の気持ちと、

 目が覚めたら、逞しい腕に抱かれていた――なんて、社会人になってあるべき事じゃない。

 驚いて離れようとするより先に、腕がぎゅっと抱き寄せてきた。

 

「湊――おはよう。」


 その声と、下半身の鈍い痛みで実感する――自覚なく、受け入れてしまったのだと。


 ――どうしよう。


 嫌な訳ではないし、おそらく無意識に惹かれていたと言える。

 けれど、筋の通った考えをする彼に、今更覚えていないとは言いにくい。


「赤城さん……」

「淳と呼べ。」

 

「じゅん、さん。」


 顔に熱が集まりながら名前を呼ぶと、満足そうに頷かれた。

 あまりにも恥ずかしくなってばっと起き上がった。

 

「あ、あの、俺帰ります……!急用が……!」

 

「湊!」


 服を拾い集めてから急いで着て、はっと昨日の料金を払っているか不安になって、けれども聞けずに無言で玄関に一万円を置いた。

 そうして、ばたばたと外に出て――ようやく、駅でひと心地ついた。

 

 呆然とこちらを見ていた赤城は、もしかしたら呆れていたかもしれない。

 動揺してどんな表情をしているのか見る余裕がなかった。


 心臓はまだ落ち着かない。

 酔って、誰かと寝てしまうなんて。

 

 しかもあんなに魅力的な人と――考えれば、どろりとした感情が湧く。

 どうせ、俺なんか、という思いが勝手に腹の底から話しかけてきて、自分を否定する。


 やめろ、やめろ。

 黒い感情に泣きそうになって否定する。

 

 いまだに、“僕”にも、“俺”にもなれない。

 そんな未熟な自分に恋など早い。そんなこと、分かっている。

 

 がんがんと痛む頭は二日酔いだけではない気がした。


 きっと、まだ“俺”は“俺”でいてはいけない。


 自分にそう言い聞かせて、電車のシートに身を預けた。


 ***


 Afterglowに顔を出さずに一ヶ月が過ぎた。

 足が向かないようにすればするほど、ふとした瞬間に思い出してしまう。

 感情は正直で、どうしても彼に会いたくなる。


 何故なのか、理由は分かっている気がした。

 

 きっとただ純粋に、彼に惹かれているのだ。

 でも魅力的な赤城は、酔って身体の関係を持っただけに過ぎない。

 このままのめり込めば、直樹と同じものが繰り返されるだけの気がした。


 なのに、なぜ。

 またAfterglowの近くを彷徨いてしまうのだろうか。

 うろうろしても入店する勇気はない。

 はあ、と自分に向けたため息をついて、とぼとぼと歩き始めた矢先、ぽんと肩を叩かれた。


 はっとして見上げる――知らない顔だ。

 

「君、前にAfterglowに居た子だよね。」

「ええと、」

 その言葉で思い出した。

 確か初めの頃、今晩どうかと口説いてきた客だった。丁重に断っても少ししつこかった記憶が蘇る。

 

「多分そうです、でも、今日もちょっと。」

 断りから入ったからか、相手はむっとした様子だった。

 

「自意識過剰じゃない?声かけただけなのに。」

「ごめんなさい……。」

 確かにそうだと思って素直に謝ると、ぐいと肩を抱かれた。

 

「やっぱり、君いいね。今夜一緒にどう?全部奢るよ。」

 

 ――先ほどの言葉はどこにいったのか。

 

 否定したくても、言葉が出ない。

 ぐいぐいと肩を抱かれて歩かれる。危険を感じて周囲を見やる――知り合いなんて、居るはずもなかった。

 どうやって逃げようか、そう思っていたところに、明るい声がかかった。


「あら、湊ちゃんじゃないのぉ。」


 真澄だった。

 いつも見る服装とは打って変わって、地毛と思われる肩にかかる黒髪に、黒いコートにを着込んでいて、化粧もしていない。

 正直、容貌が違違いすぎて話し方で判別してしまった。

 

 真澄は湊に笑いかけたあと、隣の男の前髪を鷲掴んで低音で囁いた。


「おい。――あんた、柳瀬ね。悪評聞いてるわよ。

 私のこと、知ってるでしょ。私の可愛い湊ちゃんから離れなさい。秒で。

 出来ないなら……私の筋肉が相手するわよ。」


 凄んだ真澄に、男は無言で舌打ちをして退散していった。


「真澄さん、すごい。格好いい。」

「あらやだ、今更知ったの。」


 ふふんと得意げな顔をする真澄に笑った。


「今日のお洋服も似合ってますね。シックで、素敵です。」

「あらあ。分かる?新しい彼氏の趣味なの。」


 ふふ、と笑う真澄は恋人の入れ替わりが実に早い。

 傷つく事はあっても、それでもいつも真剣に恋人と向き合う真澄はすごい。


「……真澄さん。この後ご予定ありますか?良ければお礼に奢らせてください。」


 少しだけ躊躇いながら聞くと、真澄は大きく頷いた。


「いつでも大歓迎よ。美男は誘いを断らないものなの。」

「真澄さんらしいです。」

 

 思わず笑って言うと、ぽん、と頭に乗った手のひらに、心配してくれていた事を知った。


 ***

 

 近くの居酒屋に入って二時間、さんざん最近の恋人の話を聞いて人心地ついたころ。


「――ねえ、湊ちゃん、淳ちゃんと何かあったでしょ。」


 おもむろに真澄が面白げな瞳をこちらに向けてきて、びくりと肩が跳ねた。


「なにか、って。何もありません。」

「ふうーん。」

 疑うような視線が痛い。


「誰かさんがねえ。湊ちゃんが来なくなってから、ぼうっと、カウンターの端を眺める事が増えたのよねぇ。なんでかしら。」


 思わせぶりな言葉に心臓が鳴る。


「あんなに素敵な人が、そんな。あんな事で。気のせいですよ――」

 思わず声が出て、一拍置いて言葉の意味に気づいて口を押さえた――もう、遅い。


 真澄は目を弓形にして、こちらを観察するように、たっぷり数拍間を置いた。

 沈黙の間、がやがやとした居酒屋の空気が、そわそわとした思いを少し助けてくれる。


「なにか、あったのね……?」


 確信めいた真澄の声に目を逸らした。今更否定は出来ない。

 

「安心なさい。こう言った時に首を突っ込むのは野暮って事は知ってるわ。――でもね。」


 付け加えられた声音に真剣味を感じて、真澄を見た。

 少し悲しい顔をしていて、無意識に目を奪われる。


「こういった時に時期を逃すと、一生話せなくなるわよ。」


 その言葉に、心臓が動いた。


「前に話した、恋人だった男に意地を張って会わずじまいになったの、覚えてる?

 当時はそれでいいと思ってたけど――家庭も持って、父親になった男に言われたわ。

 お前があの時一生共に居てくれる覚悟を持ってくれてたなら――って。自分はもう幸せな家庭もあるのに、随分な言い様よね。」


 真澄はなんともいえない表情で、こちらに手を伸ばして、頬を撫でてきた。


「いまさら馬鹿らしいことだけど……歳を取るとね、“あの時”に意地を張らずに本気でぶつかっていれば、未来が変わったのかもって、考えたりする事もあるのよ。」

 

 色んなものが混じった表情に、尊敬を覚えた。そこまで、自分は物事に向き合ってきただろうか。

 まっすぐな真澄の性質が、胸を打った。


「結果はなんだって、いいじゃない。“今”にぶつかんなさいよ。後悔しないように。」


 唐突に、泣きたくなった。

 

「真澄さん。俺、真澄さんと話せてよかったです。……赤城さんと、話してみます。」


「そうした方がいいと思うなら、きっとそれが正解よ。」


 ウインクした真澄に笑う。

 ざっくりとした白いセーターを着た男前の真澄には、少し違和感のある仕草だったからだ。

 

「いつもまっすぐな真澄さんのこと、尊敬してます。」

「あんた、見る目あるわね。顔さえ好みだったら、私の彼氏にしてあげたのに。」

 

「今の彼氏さんに聞かれたら、怒られますよ。」

「焼きもちなんて、妬かせてなんぼよ。自分が妬くのはごめんだけど。」


 真澄らしい言い分に微笑む。

 

 彼は自由だ。

 けれど、その自由は彼自身が痛みを乗り越えて勝ち取ったものに違いない。


 会計を終えて、ふと、何となく正直に言ってみた。


「……真澄さんのこと、はじめは、変わっていて、テンションが高くて、やたら話しが長くて大変な人だなあとか、思ってました。ごめんなさい。」

 

「あんた、意外と言うわね。」

 可笑しそうに真澄が笑ってくれる。

 

「すみません――いまは、もっと素敵なところ、沢山知ってますよ。」


 泣き笑いの様な顔になってしまった自分に、真澄は今日一番、優しく笑ってくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ