呪われた二人
紅茶とクッキー。
そして先ほど回収した薔薇を飾り、パンドラはエルとアルと共に席に着いた。
「殿下……ハデス・マグリア様は生まれながらにして、妖精の呪いを受けています」
「……妖精様の?」
死神王子こと、ハデス・マグリア。
やっと名前がわかったと、パンドラは心の中でほっとした。
それにしても妖精に呪われているとはどういうことだろうか?
「マグリスには妖精がいません。昔はいたそうですが、ある時を境に妖精はこの国から消え、呪いだけが残りました。我々は妖精の怒りを買ってしまったのです」
「その怒りってのが、代々王族に受け継がれる死神の呪いなんですって」
「王族に……?」
王族に伝わる呪い。
それがハデスが死神王子と呼ばれる所以なのだろうか?
「百年に一度、呪いを受けた赤い目の王族が生まれるのです。……呪いの内容は…………」
「触れたものの命を奪うんすよ。人も植物も何もかも、等しくその命を奪う」
あ、とパンドラは唇に力を込めた。
彼はずっと手袋をしている。
パンドラと同じように。
それはその呪いのせいなのだろう。
他人を傷つけないための、守るための行動。
だからあの時、花を手渡そうとした時傷ついたような顔をしたのだ。
呪いのことを知って、恐れたのだと。
「妖精姫なら妖精の呪いも解けるんじゃ、なんて国王陛下が考えたようっすね」
「それで今回の婚姻がなされて……。殿下はお望みではなかったことなのです」
「……なるほど。そういう事だったのですね」
死神王子とは、触れたものの命を奪うその呪いからつけられたのだ。
なんでひどい名前をつけるのだろうか。
自身もパンドラと名付けられたことで、そのつらさはわかる。
名を呼ばれる度に思い知らされるのだ。
己の存在を――。
「…………ですがその呪いは本当なのですか……?」
「本当ですよ。殿下の母君は生まれたばかりの殿下を胸に抱きながら絶命されました。助産師も同様に殿下を取り上げて……」
「殿下が花を持つと一瞬で枯れるんす。……それが証拠ですかね……」
「………………」
呪われた我が身を思う。
人に触れられることは叶わず、人に触れることを恐る。
一緒なのだ。
死神王子ことハデスとパンドラは。
「……なんてことでしょう」
だというのに、パンドラはこの場所で穏やかな時間を過ごしてきた。
自分と同じ境遇のハデスが、今もなお苦しんでいるというのに。
なに不自由なく暮らせているのは、彼のおかげだというのに……。
「死の呪いのせいで殿下はつらい幼少期を過ごされました。……その能力のせいで誘拐されたことも一度や二度ではありません」
「うまく操れば、その力を自分のものにできると考える愚か者もいるんすわ」
パンドラは両手を強く握りしめた。
自分だけがこのしあわせに甘えていたなんて。
「私と旦那様は、似たもの同士なのですね」
「似たもの同士? それは違うんじゃないっすか?」
「妖精姫は妖精に愛されているのですよね? ならむしろ真逆な存在なのでは?」
「…………私、旦那様に会いに行って参ります」
「え、ちょっ! 奥様!?」
後ろからアルとエルが止める声が聞こえたが、パンドラは足を進めた。
国王が妖精姫に求めたものがなんだったのかわかった。
そしてそれを知った上でハデスが、パンドラを近寄らせなかった理由。
そんなの簡単だ。
――ただ怖かったのだ。
自分のせいで人が死んでしまうことが。
たとえ見知らぬ人であろうとも、己のせいで他人に被害が及ぶ。
その恐怖をパンドラは知っている。
誰かの責めるような目も、言葉も、行動も。
全部パンドラの中にトラウマとなって残っている。
そしてもしハデスもそうだというのなら、パンドラは彼に伝えなくてはならない。
スタスタと足を進めたパンドラは、一つの部屋へとやってきた。
ここに着いた時から、近寄らないよう言われていたハデスの私室。
そのドアをノックしてから、パンドラは部屋の中に入った。
「失礼致します。旦那様、お話があります」
部屋の中でハデスは一人、書類に向き合っていた。
彼は書類から視線を上げ、急にやってきたのがパンドラだとわかると目を細めた。
「――君は人の話を理解できないのか? 私に関わるなと言っているんだが?」
「存じております。ですが旦那様のお耳にどうしても入れておきたいことがあるのです」
パンドラに花を突き返したあの時。
手に触れなかったパンドラを見て、怒りのような、しかし傷ついたような顔をしたハデス。
もしかしたら彼は期待していたのかもしれない。
――妖精姫なら、己に触れることができるのでは、と。
なら彼に伝えなくてはならないだろう。
ここに妖精姫はいないのだと。
「……申し訳ございません。私は、あなた様が望む妖精姫ではないのです」
「………………なんだと?」
パンドラは己の胸に手を当てる。
「妖精姫は妹のアリーシャ。……私はメイア国第一王女、名前をパンドラと申します」
「パンドラ……? 聞いたこともないが……?」
「隠されて育ってきました。この世の災いが全てこの身に宿るとされていたためです」
「…………それはっ」
ハデスの眉間に皺が寄る。
その様子を見ながらも、パンドラは深く頷いた。
きっと彼ならわかってくれるはずだ。
同じ過去を辿ったものとして。
「見ることも触れることも災いとされた私は……旦那様と同じ、呪われた存在なのです」




