美しく咲く花々
マグリアにきて早くもニ週間が過ぎた。
その間夫である死神王子とは顔を合わせていない。
本当に妻としてパンドラを望んではいないようだ。
いいのだろうか? と心配しつつも、当の本人がそう言うのならパンドラに選択する余地はない。
今日も死神王子の形だけの妻として、マグリアで生きていくだけだ。
「――いい天気ですね」
祖国、メイア国での暮らしよりも、ずっと自由で平和なこの場所で。
「おはようございます、エルさん、アルさん」
「おはようございます、奥様。お食事の準備ができております」
「おはようございます、奥様。今日もめちゃくちゃうまそうっすよ」
「本当です! 今日もシェフさんにお礼を伝えに行きましょう」
言い訳が許されるのなら、努力はしたのだ。
アリーシャのようになろうと必死に。
しかしどうしても気が抜けてしまう時があり、口調が戻ってしまうのだ。
その度に慌てふためくパンドラに、アルが提案してくれた。
『オレたちに様はさすがにあれなので、さん……とかいかがっすか?』
その提案をありがたく受け入れ、今の形で落ち着いている。
そんなわけで今日も今日とて美味しいご飯を、エルとアルと一緒に食べているのだ。
「こんなところ殿下に見られたらなんて言われるか……」
「殿下ならそうか……ですみそうだけど?」
「…………そうね。そうだったわ」
エルは身分差を気にしているようだが、パンドラとしてはこの時間が嬉しくてならない。
誰かと一緒に食事をとるなんて初めてのことだからだ。
「今日のご飯もとっても美味しいです。オムレツがふわふわのとろとろで……至福です」
「やっぱオムレツにはチーズ入りですよね。もっと入れてほしいっすわ」
「オムレツには肉入りが一番よ。奥様、明日は挽肉入りをシェフにリクエストしましょう」
「挽肉入り……!? 絶対に美味しいのがわかりきってます……!」
想像するだけで口の中に味が広がる気がする。
卵の優しい味に、挽肉の強い肉汁が交わるのだ。
そんなの最高すぎる。
両頬を押さえて口をニヤニヤさせていると、あっという間に朝食を食べ終えたアルがデザートに手を伸ばす。
「奥様今日はなにしますか?」
「そうですね……。今日もお庭のお手入れをしたいです」
通称死神の館。
ここはそう呼ばれているらしい。
マグリア王都の端にあるこの場所は、山の奥に存在している。
まるで他の人から隠されるかのように建つこの建物には、手付かずの庭が存在していた。
パンドラはそこを、好きにさせてもらっている。
「奥様のお力のおかげで、庭の花が美しく咲き誇っています。……あちらも妖精姫のお力なのですか?」
「…………えっと……そう、です……」
この国にきたのに特にやることがない。
いつも通り部屋にこもり本を読み漁っていたパンドラの健康を気にしたエルが、荒れた庭を好きにしていいと死神王子に許しを得てくれたのだ。
外に出れるだけでもじゅうぶんだったのだが、花々に触れる機会までもらえたことが、特に嬉しかった。
なので気合を入れて花の種を植えたのだが、問題が起こったのは次の日。
種で植えたはずの花たちが、満開の花を咲かせていたのだ。
「一度咲いた花は枯れることなく咲き続けています。……妖精の力とは不思議なものですね」
「そうですね……」
種を植えたことなんて初めてだったが、咲くのに時間がかかることは知っている。
それこそ図鑑などを読んでいたから、季節に咲く花も理解していた。
だというのにパンドラが植えた花は季節に関係なく、一日で綺麗に咲くのだ。
そして枯れることもなく、永遠に咲き続けている。
まさに奇跡。
自然を操る妖精に愛された妖精姫の名に相応しい力だろう。
「…………」
だがもちろん、パンドラは妖精姫ではない。
むしろ呪われた存在であるはずだ。
それなのになぜ、花は咲いてくれるのだろうか?
パンドラが呪われた存在ならば、花はむしろ咲くことなく枯れてしまうのではないだろうか?
なんだか不思議なことになっているなと、若干気まずくなってしまう。
「この花切っちゃっていいんすか?」
「あ、はい! そのお花はシェフさんに。娘さんが風邪を召されたそうなので、お見舞いの品としてお渡ししようかと」
「喜びます。……ですがそちらの花は?」
「あ……これは……」
パンドラは己の前に咲く、ピンク色の薔薇を眺める。
綺麗に咲いてくれている花に感謝しつつ、ハサミで切った。
棘の処理をしてから、それをカゴに入れる。
「旦那様に差し上げてください。花を見るだけでも心が穏やかになりますから」
この国にきてから、食事の時間と庭園の手入れをする時間がパンドラの心の支えになっている。
花は人の心を穏やかにしてくれるはず。
はじめて会った時に刻まれていた、死神王子の眉間の皺が気になった。
彼の苦しみやつらさが少しでも癒されてくれたら嬉しい。
そんな思いでエルに渡したのだが、彼女の表情はすぐれなかった。
「…………奥様。殿下はその……あまり花々にご興味はないかと……」
「――あ、そ、そうですね。急にこのようなものを渡されたら、ご迷惑になってしまうかもしれませんね」
なに不自由なく暮らせているのは死神王子のおかげだ。
だから少しでもお礼をしたくて花を贈りたいと思ったのだが、改めて彼の言葉を思い出した。
妻としてなにも求めない。
そしてあの日以来会っていないことを考えても、パンドラと接点を持ちたくないのだろう。
ならこれも失礼になってしまうかと、カゴの中身を見つめていると、そのカゴをアルがひょいと持ち上げた。
「殿下の部屋に飾るくらいならいいだろ」
「まあ確かに……それくらいなら……。奥様、それで大丈夫でしょうか?」
「…………はい! ありがとうございます!」
直接渡せなくてもいい。
彼の生活に小さな安らぎがあれば、それでじゅうぶんだ。
アルが持つカゴを見つつ、パンドラはすぐにハッと息を飲んだ。
「――あ、あの……。アルさん、エルさん」
「はい? どうしました?」
「その……。ここ最近なにか嫌なことなどは起こっていないですか? 事故にあったとか、身内にご不幸があったりとか……」
「えぇ? なんすかそれ怖い」
パンドラの姿をヴェール越しとはいえ彼らは見ている。
アルに関しては直接でないとはいえ、パンドラが触れたカゴを持っている。
他にもいろいろ。
彼らの身に不幸がなかったか、不安なのだ。
「我々は奥様のお世話をさせていただき、日々感謝しながら過ごさせていただいております」
「そうそう。むしろ奥様付きになっていいことしかないっすよ。美味い飯食えてるし」
「…………そう、ですか?」
エルとアルはお互い顔を見合わせるとうんうんと頷く。
「確かに。奥様と一緒に食事をするようになってから、なんだか調子がいい気がします」
「栄養満点なご飯食べれてるからかな?」
「可能性はあるわね」
「そうですか……。よかった……」
二人の身に不幸が起きていないのなら、それに越したことはない。
パンドラは今妖精姫を偽っているが、その正体はその名の通りパンドラの箱だ。
触れたもの、見たものに不幸を運ぶ存在。
災いを引き起こす原因。
こんな自分に優しくしてくれる二人が、不幸に見舞われるなんて嫌だ。
パンドラは薔薇の花を見ながら、そっと祈るように手を握る。
(どうかこの屋敷の人たちが、しあわせでありますように……)




