美味しいご飯にニコニコ
夫として求めないでくれ。
そんなとんでもないことを初対面で言ってきた人の元では、どんな生活が待っているだろうかと、若干不安には思っていたパンドラ。
しかしそれは杞憂であったと、すぐに気づくことができた。
「スープは根菜のポトフ。サラダには柑橘系のドレッシングを使用しております。メインは豚肉とキャベツのミルフィーユ。デザートにはミルクアイスをご用意しております。お飲み物は赤白のワイン、レモネード、果実水などございますがいかがなさいますか?」
「………………えぇ?」
思わずヘンテコな返事をしてしまった。
パンドラはベール越しの眼下に広がる温かな湯気を立たせる食事の数々に、思わず喉をならしてしまう。
こんな食事今まで食べたことがない。
スープにはゴロゴロの野菜や牛肉が入っているし、サラダはなにやらおしゃれに盛られている。
メインからは絶え間なく美味しそうな香りがしていて、お腹がきゅるると音を鳴らす。
これにさらにデザートまであるのかと驚きつつも、パンドラはアリーシャになりきる。
「そ、それでは……果実水を……ください」
「かしこまりました」
そういって果実水が入ったグラスがテーブルに置かれた。
なんて美味しそうなんだろうか。
こんな食事が食べれることに感謝しなくては。
パンドラはいつもどおり妖精に感謝を伝えるため、両手を握り瞼を閉じる。
「妖精様。本日もお見守りくださりありがとうございます」
パンドラが祈りを捧げれば、彼女の周りをキラキラとしたものが飛ぶ。
それを見ていたエルが声を上げた。
「――奥様!? そ、そちらは一体……?」
「妖精様です……? あ、そうでした。こちらでは妖精様はいらっしゃられないのですよね?」
「ええ。……はじめて見ました。さすが妖精姫。この国にまで妖精様がいらっしゃるなんて……」
尊敬の眼差しを向けられて、パンドラは居心地が悪くなってしまう。
妖精姫と呼ばれる資格はないのに、そう偽らなくてはならないのはやはりつらい。
苦笑いを浮かべたパンドラは、祈りをやめた。
「……そ、それでは。いただき、ます」
「……奥様、差し出がましいですが、ベールや手袋はおつけになったままで?」
「――あ、これは……その」
パンドラの姿を見たり触れたりしたら、彼らが不幸になってしまう。
だからこそせめてと身につけているのだが、エルに突っ込まれてしまった。
「――自国の慣わしなのです! 嫁いだ先では旦那様にのみ、素肌をお見せするという」
「………………そうなのですね。失礼いたしました」
「いえ! あは、あはは……」
無理があったかも知れない。
しかしこれ以外に思いつかなかったのだ。
もっといい言い訳を考えることを今後の課題にしつつ、パンドラは改めてスプーンを手に取った。
それにしても本当にこれを食べていいのだろうか?
こんなに贅沢な食事を、しかも一人で?
なんとか平常を装いつつも、パンドラはスープを口に含んだ。
「――! お、美味しい……!」
「お口にあいましたか?」
「お、美味しすぎて……。温かいスープってこんなに美味しいんですね」
「え?」
「あ、いえ! なんでもありません!」
いけないいけない。
パンドラは今、妖精姫のアリーシャなのだ。
温かいスープくらいで喜んでいてはダメだ。
だと思うのにあまりにも美味しすぎる食事に、口角がへにゃりと落ちてしまう。
サラダも甘酸っぱいドレッシングが最高だ。
シャキシャキとした野菜の食感もたまらなくて、あっという間に食べてしまう。
「……お肉」
ごくり、ともう一度喉を鳴らした。
お肉を食べるのは久しぶりだ。
しかもこんなにいい香りがしている。
「…………っ!」
もうダメだ、我慢できない。
パンドラはキャベツと挽肉のミルフィーユをナイフで切り、口に運んだ。
ジュワッとした肉汁とキャベツの甘み。
そして煮込むときに使われたのだろう、赤ワインの芳醇な味わいが口いっぱいに広がって、思わず頰を押さえてしまう。
「――なんて美味しいんでしょう! シェフ様は天才でいらっしゃるのですね!」
「……シェフ、様?」
「――! い、いえ。なんでもありません」
美味しい食事が嬉しすぎて、ついつい素が出てしまう。
気をつけなくてはと軽く咳払いをして、食事を進めていく。
しかしすぐにお腹いっぱいになってしまい、手が止まりそうになってしまう。
「――奥様? お残しになってもよろしいのですよ?」
「…………い、いいえ! そんなもったいないことはいたしません! 必ず……全て食べ切ってみせます……!」
とはいえ元々少食なパンドラだ。
こんなに豪華な食事を食べきれる自信がない。
それでもフォークとナイフを離さないでいると、それを見ていたアルがパンドラの隣に座った。
「オレが食べましょうか? そうしたらもったいなくないですし」
「――よいのですか!?」
「アル! 奥様になんて失礼なことを!」
「でも、エル。このままじゃ奥様吐いても食べ続けるぜ?」
「そ……それは……」
そのとおりだと思ったのだろう。
エルが黙りこんだすきに、アルがパンドラの前から食事をとってあっという間に食べていく。
パンドラがあれだけ苦戦した食事が一瞬で消えていくのを見て、その爽快さに思わず笑ってしまう。
「アル様はたくさん召しあがられるのですね」
「……奥様。使用人に様はつけてはいけません。アル、とお呼びください」
「――……し、失礼いたしました」
使用人に様付けなんて普通はしない。
王族にあるまじき行為だ。
恥に顔を赤くしたパンドラを見て、アルはフォークを握りながら小首を傾げた。
「んー……。奥様は使用人にも丁寧に接してくださるんですね。とっても嬉しいっす」
「……そ、そうですか?」
「ええ、さすが妖精姫様! お心が優しいっすわ」
どうやらうまく隠せたようだ。
アルの言葉にホッと息をついていると、そんなパンドラの前にデザートのアイスが置かれた。
「奥様がお優しくご丁寧なのは承知いたしました。しかし我々のことはどうぞ、エル、アルとお気軽にお呼びください」
「――わ、わかりました」
気をつけなくては。
パンドラが妖精姫ではないとバレてはならない。
ふぅ、と息を吐いて気を引き締めてから、パンドラは前にいるアルに微笑みかけた。
「もしよろしければご一緒にデザートもいかがですか? エル……も一緒に。みんなで食べるほうが楽しいです」
「………………」
パンドラの提案に大きく目を見開いたエルとアル。
二人はお互いを見合うと、しばしの沈黙ののちにくすりと笑う。
「ありがとうございます。……お言葉に甘えて、ご一緒させていただきます」
「ごはんめちゃくちゃ美味かったです。デザートも楽しみっすね」
「私もです!」
「殿下。お話ししたいことがあります」
「奥様のことです」




