嫉妬して
「女王陛下」
「……スカーレット卿」
「どうぞシリウスとお呼びください」
結局話し合いらしい話し合いになることはなく、会議は幕を閉じた。
パンドラとしてはこのまま地方への物資支援を続けたいのだが、そのためには廷臣たちの許可が必要になってくる。
なにごともうまくいかないなとため息をつきつつ廊下を歩いていると、後ろからシリウスが声をかけてきた。
「少しだけお話をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろんです」
「庭園のほうなど少し散歩いたしませんか?」
パンドラとしても気分転換がしたかったところだ。
彼からの誘いに快く乗り、パンドラとシリウスは庭園の中を歩く。
「美しい花々です。……女王陛下のおかげですね」
「そんなことはありません。庭師のかたが丁寧に育ててくださっているのです」
確かに燃え尽きた庭園が戻るきっかけになったのはパンドラだが、その後の手入れをしてくれているのは庭師たちだ。
「お年を召したかたなのですが、この庭園を何十年と見守ってくださっているとか。……ありがたいことです」
庭師とは何度か話をさせてもらった。
本当に花々を愛し、この庭を丁寧に手入れしてくれている。
また今度差し入れでも持って話に行こうと思っていると、そんなパンドラをシリウスは穏やかな眼差しで見つめていた。
「……女王陛下は真心を持って我々臣下と話してくださいます。それが……私はとても嬉しいのです」
「……ありがとうございます。そう言っていただけると、少しだけ心が楽になる気がします」
真心を持っているだけではダメなことはわかっている。
だからこそ難しいのだ。
なにを優先すべきなのかを、見極めるのが。
「女王陛下のお心を臣下がみなよく理解すれば、きっとよりよい国になるというのに。……どうも己が利を考える輩が多いように思います」
「……そうですね。ですがわかってもいるのです。利を求めなければ成り立たないことも。人間ですから」
別にそこはいい。
そうなるのが人間としては普通なのだろうから。
しかしそればかりを求められても、パンドラは困ってしまう。
「女王陛下。そのようなことにまでお心を割く必要はありません。……どうか国民を第一にお動きくださいませ」
「――スカーレット卿。……あなたがいてくださって、本当にありがたいです。私の気持ちをそこまで汲んでくださるなんて」
「……シリウス、とお呼びいただきたいのですが、難しいでしょうか?」
「あ、えっと……。少し気恥ずかしいな、と思いまして……」
異性を名前で呼ぶのはなんだか気が引ける。
アルはエルとセットだから呼べたのだが、それ以外は少し気まずい。
ハデスのことだって名前では呼んでいないので、他の人をというのはあまりしたくないと思った。
だからお断りをすれば、シリウスは近くにあった真っ赤な薔薇を一輪手折った。
「では、せめてこちらをお受取りいただけますか? 花は心を穏やかにしてくれると言います。傷ついた女王陛下のお心を少しでも癒して差し上げたいのです」
「…………ありがとうございます」
それくらいならいいだろう。
パンドラは手渡された薔薇の花を受け取り、すんっと香りを楽しむ。
心地よい香りにほっと息をついたその時だ。
「――パンドラ?」
「――旦那様」
庭園にハデスがやってきたのだ。
会えたことが嬉しくて、パンドラはすぐに駆け寄った。
「なぜこちらに?」
「いや、パンドラにようがあってきたんだが……」
「これは王配様。お初にお目にかかります」
シリウスがパンドラの隣に立ち、軽く頭を下げた。
その様子を、ハデスはどこか冷ややかな目で見ている。
「……君は……」
「おや。名乗りもせず失礼いたしました。シリウス・スカーレットと申します」
「スカーレット家と言えば、メイア国の公爵の家名だったな」
「よくご存知で。弱輩ながらこの度父から家督を継ぎまして、女王陛下のお手伝いをさせていただいております」
「………………そうか」
しんっ……と静まり返った。
なにやら若干、空気も重い感じがするのは気のせいだろうか?
ちらり、とハデスを見れば彼は一切の表情なくシリウスを見ている。
そして間違いでなければシリウスもまた、どこか楽しそうにハデスを見ていた。
「………………」
「………………」
しばしの沈黙。
それを破ったのはシリウスだった。
「では女王陛下。お邪魔虫は消えることといたします」
「え? いえ、そんなことは……」
お邪魔虫なんて。
シリウスはパンドラの手をとると、その指先に小さく唇を落とした。
「王配様も、ご無礼をお許しください。それでは、失礼いたします」
「…………ああ」
去っていくシリウスの背中を眺めた後、パンドラはハデスをじっと見つめる。
「……旦那様、怒っていますか?」
「違う。…………己の嫉妬深さに驚いているだけだ」
「…………はぇ?」
嫉妬?
ハデスが?
なぜ……?
とそこまで考えて、すぐに答えが出た。
もしかして彼は、シリウスに嫉妬したということだろうか?
そんな考えが頭をよぎり、パンドラは一瞬で顔を赤らめた。
「え、ええ……? 旦那様が……嫉妬を……? えぇ……?」
「…………なんで嬉しそうなんだ?」
パンドラは顔を赤くしながら両頬を手で押さえる。
ニヤつく顔をうまく動かすことができない。
「だって……。私ばっかり嫉妬しているのだと思っていましたので」
ハデスも同じように嫉妬してくれているということは、同じくらいパンドラを想ってくれているということだ。
それが嬉しくてニコニコしていると、そんなパンドラの頭をハデスは優しく撫でてくれる、
「君を愛しているんだから、嫉妬するのは当たり前だろう?」
「――…………はい!」
えへへ、と笑うパンドラの頭を、ハデスはしばらく撫で続けた。




