自国と隣国
「それでは、そのようにお願いいたします」
「……ふむ」
いつもどおり書類にサインをして、パンドラはジーンへと渡した。
メイア国の地方にある、シュレーンと呼ばれる街。
そこを統括する貴族から、食料の追加を依頼されたのだ。
メイア国の王族が妖精の怒りを買い、穀物が不作に陥ってしまってからまだニヶ月あまり。
国の備蓄を渡すことでなんとかなっているが、まだまだ人々の暮らしは楽になったとはいえない。
なのでこうして催促をされれば、国のトップとしてすぐに送るようにしている。
それが女王として、国民にできることだと思っているのだが、ジーンは手渡された書類を見て眉間に皺を寄せた。
「また、ですか……」
「また?」
「シュレーンは今月になってもう三度目の催促です。……いくらなんでも多すぎる」
ジーンに言われて、パンドラは己の記憶を辿る。
確かにシュレーンからの催促は多い気がした。
しかし。
「シュレーンは確か、あの震災の際に家を失ったものたちを受け入れていると聞きました。備蓄を求めるのも、それが原因なのでは?」
備蓄の配布はジーンの指揮下の元、その土地に住む人たちにじゅうぶん行き渡るように配置されたはずだ。
にも関わらず追加の催促がくるのは、あの震災で家や家族を失ったものがあちこちに分散してしまったからである。
シュレーンをまとめる貴族はそういった人たちを快く受け入れていると聞く。
なのでこうして催促が来ることも不思議ではないと思うのだが、ジーンは納得いっていないようだ。
「あなたは私を馬鹿だとお思いですか? それも全て配慮した上で配っているに決まっているじゃないですか。……備蓄とて数に限りがある。あまりこういったことが続くというのは、困りものですね」
「……確かに、そのとおりですね」
言われてみればそうだ。
あのジーンならば、それすら配慮してくれているに決まっている。
たとえジーンの想像よりも多い人数が難民となっていたとしても、同じ月に三回も物資の追加を頼むなんておかしい。
「――なら、今回は送るのをやめましょうか?」
なにか手違いがあったのかもしれない。
今回はお断りをしようと、改めてサインし直そうとしたパンドラの手を、ジーンが優しく止めた。
「いえ、送りましょう。……民が困っているのなら、手を差し伸べるべきです」
「――」
ジーンはもっと冷酷なのかと思っていた。
しかし誰よりも民を思う、優しい心の持ち主だ。
やはり彼がパンドラの部下であってくれてよかった。
こうして間違いを正してくれるのだから。
「わかりました。今回も前回と同じ量を送ってください」
「……ありがとうございます」
ジーンがお礼を言うことではないのに。
彼の優しさに思わず笑ってしまえば、一瞬にして冷たい視線が向けられた。
「――あなたはそもそも、部下の意見に左右されすぎです。最終決定を下し責任を持つのはあなたなのですよ。……そんな状態では、いいように使われるだけの愚王になってしまいます」
耳が痛いと、パンドラは苦笑いを浮かべた。
「……大丈夫ですよ。ジーンさんのことは信用していますから」
だってジーンはいつだって本音を伝えてくれる。
ただ耳触りのいい言葉を言うだけじゃない。
それがわかっているからこそ、ジーンの言うことなら信じられるのだ。
そんなパンドラの思いが伝わったのか、ジーンは大きめなため息を一つこぼした。
「わかっているのならいいんですけどね。……まあ、頑張っているとは思いますよ。あなたは国を納める勉強をしていない。国を納めつつ、その勉強もして、さらには廷臣たちとの交友関係も深めなくてはならない」
言葉にされると己がとんでもないことをしているのがわかる。
パンドラがもっと普通の王族ならば、せめて貴族たちとの関係作りはもっとスムーズにできていたのだろう。
それだけでも重荷はだいぶ減るのだが、そううまくはいかない。
「……がんばります。近隣諸国との関係も進めないとですし、自国ばかりに目を向けるわけにはいきません」
「そうですね。隣国からは災害前と後で支援をもらえましたが、その返もしなくてはなりませんし……。なにより」
きらりとジーンのメガネが光る。
「――王配の件では、かなり揉めましたからね」
「…………そうですね」
王配をハデスにすること。
それを持ってパンドラはマグリアから手助けを受け、女王となれた。
しかしそれを面白く思わない国も多い。
妖精の加護が戻ったメイア国を欲する者が多いのだ。
自然豊かで本来なら災害の心配もない。
特にパンドラが妖精たちの女王となるのなら、その力を欲しいがままにできると思っている。
そんな人たちが邪魔だと思うのは、パンドラ唯一の王配であるハデスだ。
実際各国から自国の王族を王配にと、進めてくるところも多い。
「私の王配はハデス様だけです」
「とはいえ、他国だけではありません。自国からもいろいろ言われるでしょうが、まあ強い意志を持っておいでください。こちらもしても、あまり不用意に愛人など増やされても困りますから」
「――あ、愛人!? 増やしません!」
夫の話をしていたのに、なぜ愛人なんてものになるのか。
顔を真っ赤にしたパンドラに、ジーンは大きく目を見開いた。
「…………まさかお二人は……。いえ、なんでもありません」
なにやら気まずそうな顔をしたジーンは、書類を持ってさっさと部屋を後にした。




