女王の生まれた日
晴々とした青空は、妖精たちからの祝福によるものだとシェレティアから聞いた。
「今日は絶対、青空がいいと思ったんだ!」
とは嬉しそうなシェレティアの言葉である。
当人よりも浮かれているシェレティアは、きっと誰よりもこの日を待ち望んでいたのだろう。
だからこそ楽しそうなシェレティアの姿は、パンドラに少しの勇気を与えてくれた。
「…………」
厳かな空気が王宮に流れる。
静まり返ったその中を、パンドラは歩む。
真っ赤なドレスの背中には、金色の糸で妖精の羽を模した刺繍がされている。
手には妖精の王が持ったとされる杖を。
頭には妖精の女王がつけたとされる王冠を。
――重たい。
とても重たいそれをつけて、パンドラは赤い絨毯を進む。
杖のせいか、王冠のせいか。
足取りまで重たくなってしまう。
それでも、進まなくてはならない。
足を止めることは、許されないのだから。
「――パンドラ様。お止まりください」
「……はい」
大きな扉の前で立ち止まる。
両脇にいる衛兵は、静かにパンドラを見つめてきた。
玉座の間。
長方形の部屋の中には、この国の重鎮たちがパンドラの登場を待っているはずだ。
新たな女王の誕生を祝うために。
パンドラはこのあと部屋に入り、中央を歩む。
数多の視線を受けながらも、まっすぐに進み続ける。
そして玉座に座り、真に女王となる。
「扉が開きます。どうぞそのままお進みください。玉座に座られて、あなたは女王となられます」
「……はい」
パンドラは己の隣に立つジーンを見る。
心配性らしい彼は、結局ここまでついてきたのだ。
本当なら中で待っているはずなのに。
なんだか最近は、彼のことを兄のように慕っている。
だからそんな彼が今、隣にいてくれるのはとても心強かった。
「……不安ですか?」
「とても。……だめでしょうか?」
「ここで不安に思わない人に、他者の心などわかりません。……王とは、自信家であっても、無情であってはなりません。常に真心を持ち、人を想いなさい。……あなたはそれができる人だと私は思います」
パンドラは驚きのあまり目を見開いた。
まさかそんなことをジーンが言ってくれるなんて。
何度も瞬きを繰り返せば、ジーンは片方の眉毛を上げた。
「化粧が落ちるので変な顔をしないように。……あなたが女王となる時です。自信を持って進みなさい。――愚か者共に馬鹿にされぬように」
「……はい。がんばります」
去っていくジーンの背中を見つめながら、パンドラはゆっくりと息を吸った。
そして同じくらいゆっくりと息を吐き出せば、覚悟が決まる。
「――開けてください」
衛兵たちは頭を下げて、ゆっくりと扉を開けた。
重々しい空気が漂う玉座の間が、眼前に広がるはず。
そう思っていたパンドラは、驚きのあまり大きく息を吸い込むことになった。
「……これ、は……」
キラキラと光り輝くものたち。
そう、妖精だ。
玉座の間に、眩いばかりの光を放ち、数多の妖精たちが集まっていたのだ。
「どうして……」
「女王を待ち望んでいたのは、人間たちよりも妖精のほうだよ」
そう言うのはシェレティアだ。
てっきりパンドラの私室で待っていると思っていたのに、彼は数多の妖精たちを連れてきた。
「だから見せつけてやるんだよ。……【僕らの】女王だってね」
「…………まったく。やりすぎてはダメですよ?」
「妖精たちに言ってよ。君の命令なら喜んで聞くから」
シェレティアはパンドラの肩に乗る。
どうやら一緒に行くようだ。
突如訪れた数多の妖精たちに、玉座の間にいる重鎮たちは驚き目を見開いている。
――そんな中を、パンドラは歩む。
妖精たちはパンドラの歩む道を作るかのように、左右へと別れる。
光の絨毯が敷かれたかのような道を進めば、その先にはこちらに微笑みかけるハデスがいた。
こんな時でも、ハデスの顔を見ると安心する。
彼へと微笑みかけながら横をとおり、パンドラは玉座の前へとやってきた。
「…………」
ここに座れば、パンドラは女王になる。
不安は持っていていい。
同じくらいの、真心を持っていれば。
そっと胸の上に手を置く。
高鳴る心臓は、さまざまな感情をパンドラにくれる。
思えばこんなにたくさんの感情がないまぜになることは、今までなかった。
災いを呼ぶ箱として部屋に幽閉されていたパンドラが、女王になるなんて誰が想像できたことだろうか?
「……――」
振り返る。
その瞬間たくさんの視線に射抜かれた。
憎悪も、嫌悪も、嫉妬も、好意も。
けれど不思議と不満の声は聞こえなかった。
もしかしたら、妖精が祝福にやってきたこの光景を見たからかもしれない。
「……ありがとう。シェレティア」
さまざまな思惑を受けながらも、パンドラは静かに玉座へと座った。
――こうして、パンドラはメイア国女王となった。
一章 完




