君を支えるために
「――旦那様!」
「パンドラ! ……ただいま」
ハデスが帰ってきた。
出迎えたパンドラは、我慢ならないと彼に抱きついた。
「よかったです。……無事に帰ってきてくださって」
「パンドラも。……無事でよかった」
やっと会えた。
無事でよかった。
嬉しい気持ちが全面に溢れてきて、パンドラはハデスから離れることができない。
そんなパンドラの心境に気づいてくれたのか、ハデスは優しく頭を撫でてくれる。
そんなしあわせいっぱいの二人のそばで、ジーンが大きく咳払いをした。
「――ゴホンッ! ……感動の再会の中申し訳ございませんが、書状をお預かりしても?」
ジーンのおかげでここにはたくさんの目があることに気づき、パンドラは慌ててハデスから離れる。
「す、すすすすみません! 感激のあまり……っ」
「いや、私こそ。……ひとまず中に入ろう」
「――はい」
そうだ。
ハデスはマグリアからの書状を持ってきてくれたのだ。
それはパンドラをメイア国の女王に推薦するものであり、それを持って、パンドラは正式に女王となる。
執務室へと入ったパンドラは、ハデスからジーンへ書状が手渡されるのを見ていた。
「――確かに。こちらを持ってパンドラ様は女王となられる。……速やかに準備を進めます。即位式は早ければ早いほうがいい。馬鹿どもが騒がないうちに」
「わかりました。……よろしくお願いします」
ジーンが頭を下げて去っていくのを見てから、パンドラはハデスへと向き直った。
「なにごともなく帰ってこられてよかったです」
「……いや、なにごともなかったわけではない」
「――お怪我を!?」
慌てるパンドラに、ハデスは静かに首を振った。
「いや、怪我はない。やることが多くてな。屋敷の譲渡に使用人たちの再就職先など、いろいろと。……それに呪いがなくなったことにより、王位継承権の破棄が少し難しくなったんだ」
「殿下……ハデス様は呪いのせいで王位継承できないとされていたので。なくなったなら、継承権があるとされたんですよ」
アルの言葉にハッとした。
確かにハデスが書状を持ってきたのなら、王配になる話も進んでいるのだろう。
そしてその際に、王位継承権を破棄したはず。
「……本当によろしかったのですか?」
「言っただろう? あの国にはもう兄上いる。今更骨肉の争いなんてしたくない」
「ですが……」
「パンドラ」
少し強めに名前を呼ばれて、パンドラは慌てた口を塞いだ。
ハデスは小さく笑うと、パンドラの頭を撫でてくれる。
「君が心配してくれる気持ちはわかるが、本当に大丈夫なんだ。パンドラのそばにいると決めたのは私の意思。……家族も理解してくれている」
「……旦那様」
ハデスの言葉に勘当していると、そんなパンドラの肩でシェレティアがうんうんと頷く。
「そりゃそうだよね。あ、ちなみにパンドラを裏切って祖国に残るようなことをすれば、祝福はたちまち呪いになるよ!」
「だろうな。そんなつもりはないから安心してくれ」
ハデスの即答にシェレティアは驚いたような顔をした後、嬉しそうに微笑んだ。
「んー、やっぱりハデスのこと好きだなぁ!」
「わ、私のほうが好きです!」
「いやいやぁ。僕の方がずーっと好きだよ」
「違います! 私です!」
「……なんの言い合いをしているんだ」
若干ほおを赤らめたハデスは、小さく咳払いをして話を変えた。
「とにかく、マグリアはパンドラを女王とする推薦状を送った。……私、ハデスを王配とすることを条件に」
「はい」
「マグリアとメイアの繋がりは濃くなる。……とはいえ、国同士のことだ。手助けできないこともあるだろう」
「……はい、わかっています」
マグリアにおんぶに抱っこでいいはずがない。
「だからこそ、私がそばで支える。……不安だろうけれど、きっと大丈夫だ」
「…………はい。なすべきをなします。私にできる精一杯を」
緊張している。
本当にパンドラができるのだろうかという、不安もある。
失敗なんて許されない。
自分が苦しむくらいならまだいい。
しかし国を背負うということは、そこに住む何万人という人の人生も背負うということだ。
だから怖い。
怖くて怖くてたまらない。
――でも、やらなくては。
たとえ認められなくても。
たとえ許されなくても。
なすべきをなせ。
己にできる、精一杯を。
「……パンドラ」
名前が呼ばれて、パンドラはハデスに抱きしめられていた。
そこで自分の体が小刻みに震えていることに気づいたのだ。
「不安だろう。……きっと怖いと思う。君が望んでその地位にいるわけじゃないことは、ここにいる誰もが知っている。……押し付けてすまない。君にばかり背負わせて……すまない」
「……旦那様」
目頭が熱くなる。
じわりと溢れた涙は、一粒ほおを伝った。
そしてそれは、堰を切ったように絶え間なく流れる。
「だからせめて、君の隣にいる。君が傷つきつらい時、支えられるために。――そしてそれは、私だけではない」
「ですね! 俺らも絶対お支えしますんで!」
「どうぞお気軽にお申し付けください。……パンドラ様の笑顔をお守りいたします」
不安はなくならない。
恐怖もなくならない。
けれど不思議と、肩から力が抜けるのがわかった。
どうなるかはわからない。
わからないけど、きっと大丈夫な気がした。
だってパンドラは――一人じゃない。
「ありがとうございます。――私、がんばります!」
そして、即位式を迎えた。




