導かれるがまま
ハデスがメイア国を去ってから、早くも三日が経った。
短いようで長い、想像よりもずっと寂しい時間だったことに驚いている。
そして彼が帰ってくるという報告も、まだない。
「反対意見はなくなることはないでしょう。とはいえ玉座を長期間空席にはできない。……遅かれ早かれ、あなたを認めざるをおえなくなるでしょう」
宰相、ジーンの言葉にパンドラは書類を書いていた手を止める。
女王になっていないのに、これだけ仕事があるのだ。
パンドラの代わりに代理として、国の重要事項を確認しているジーンの忙しさは途方もないだろう。
そんな中でも、彼はパンドラの元へとやってきてくれる。
そして最優先でパンドラが女王になれるよう、進めてくれているのだ。
「ありがとうございます。……ですがそううまくいきますか……?」
「うまくいくいかないではなく、そうせざるをおえなくなる、ということです。……今動ける王族はあなたしかいない。それが真実です」
暫定的にパンドラが女王になる。
しかしそれでは誰も認めてはくれないだろう。
「あとはマグリアからの書状を持って、あなたは正式に女王となるでしょう。即位式の日取りも、変更はないと思います」
「……はい」
女王となることに変わりはない。
けれどそこからこそ、パンドラの本当の戦いなのだ。
「……正直な話をすると他国の王族を王配としてくれたのはありがたいです」
「――え?」
「そうでなければ王配にぜひとも自分の身内を、と言ってくるものが後を経たないでしょう。それで下手に自国の権力者から選ばれては、そのものにいいようにされてしまいますから」
ジーンは眼鏡を押し上げると、ふんっと鼻を鳴らした。
「せっかくあの無能な王の時代から、私が死に物狂いで守ってきた国を、どこぞの坊ちゃんに好き勝手されたくないので」
今ならわかる。
メイアが国としていられたのは、もちろん妖精の加護の力も強いが、一番の立役者はジーンだろう。
有能な彼がいなければ、メイアは先代で滅んでいたかもしれない。
だからこそ、それほどまでに努力した国を好き勝手されるのは嫌なのだろう。
「……王になりたいと思ったことはないのですか?」
しかしふと、そんなにがんばって守ってきた国ならば、自分のものにしたいとは思わなかったのだろうか?
と、疑問が浮かんだのだ。
彼ならきっといい王になれたはず。
しかしジーンはさして興味もなさそうに首を振った。
「ありません。私は裏から支配する方が好きなので。なのであなたはどうぞ思う存分表に立ってください」
なんともいえない言い草だが、これがジーンの本心なのだろう。
嘘をつかれるよりよほどいいと、パンドラは頷いた。
「――旦那様がお戻りになられたら……私は女王となるのですね」
「ええ。……名ばかりにならぬよう、努力なさってください。多少なら……手助けはしますので」
厳しいこと言いつつも、ところどころ優しさを見せてくるジーン。
彼を味方にできれば、きっと心強いだろう。
そのためにも努力しなくては。
ジーンに認めてもらうことこそ、本物の女王になるだの近道のはずだ。
「――パンドラ! 話が終わったのなら、少しいいかい?」
「――シェレティア。こんなところに珍しいですね」
「おや。……妖精様がいらっしゃるんですね」
普段は私室にいるシェレティアが、執務室までやってきたのだ。
驚くパンドラの隣で、ジーンがすっと目を細める。
彼の目にはシェレティアは光の粒に見えているだろう。
そうだ、とパンドラはシェレティアを手で示した。
「はい。ここにシェレティアという、妖精の王子様がいらっしゃいます」
「――王子、ですか。……パンドラ様が妖精の女王であるとの話、少し信じられる気がします」
「信じてくれるんですか?」
ジーンのことだから、私の目で見るまでは認めません、とかなんとか言って、パンドラが妖精女王であるとは信じていないかと思っていた。
「この国で妖精の存在を疑うものなどいませんよ。……眩いばかりの光。そちらにいらっしゃるのが妖精の王子様だと言われれば納得できます。そしてそんな光が、パンドラ様のそばを離れることなく舞っているのですから、信じてみようと思えると言う話です」
「――ふーん。いいやつだね。まあ、どうでもいいけど」
シェレティアはあまり人間が好きではないらしい。
どれほど褒められようとも、結局はどうでもいいと口にする。
ハデスやアル、エルへの態度は、どうやら特別らしい。
「――って、そうだった! パンドラ、今いい? 連れて行きたいところがあるんだ」
「連れて行きたいところ? ですが仕事が――」
「行ってきてかまいませんよ。急ぎの仕事は終わっていますから」
「そうですか? ……では失礼します」
ジーンに許可を得て、パンドラはシェレティアに案内されるがまま王宮の中を歩く。
そういえばここで生まれ育ったのに、パンドラは王宮のことをなにも知らない。
どこになにがあるのか、必要最低限しかわからないのだ。
そんな王宮の中を進み、とある寝室へとやってきた。
「王の寝室だよ。君が女王になったら使うんじゃないか?」
「そうなのですね」
広々とした赤を基調とした場所だ。
長方形の部屋には、暖炉やテーブル、ソファがあり、大人が二、三人寝転がってもあまりあるほど巨大なベッドもある。
シェレティアは勝手知ったる様子でベッドの方へ向かうと、壁にかかっているカーテンを指差す。
「ここ、扉があるんだ。入ってくれる?」
「え?」
言われるがままカーテンを開ければ、確かにそこには扉があった。
まるで隠されるかのように存在するそこを開ければ、地下へと繋がる階段がある。
「できればハデスにも知られたくないんだ。――ここは妖精が生まれ、死ぬ場所だから」




