少しだけ離れることに
「あの男たち……殺そうか? 体の水分をちょっとずつ抜いていけば、そのうち衰弱して死ぬよ?」
「お前はなんでそんな恐ろしいことを簡単に口にするんだ」
「人間に興味がないからかな? あ、でもハデスは違うよ!」
そう言ってハデスの頬に擦り寄るのは、シェレティアだ。
あれからずっと、パンドラとハデスのそばにいる。
元どおりに戻った王宮の一室に、パンドラとハデス、そしてアルとエルはいた。
流石に一度はマグリアに帰るのかと思ったが、ハデスはパンドラを心配してずっと一緒にいてくれている。
「シェレティア。旦那様から離れてください」
「はいはい。それでどうする? あの無礼者ども、まとめて消す?」
「消しません。……私を認められないのは、仕方のないことですから」
とはいえつらくないわけではない。
若干落ち込んでいると、そんなパンドラの前にエルが紅茶を出してくれた。
「それにしても……我々にまで妖精の姿が見えるようになるとは」
「サービスだよ。君たちがパンドラやハデスを守るのなら、僕の姿くらいは見えてるほうが都合いいし」
「なるほど? それと奥様が妖精の女王だってのも驚いたっすわ。んでメイアの女王にもなって、殿下は妖精の呪いも解け、さらには王配になると……。あ、なら殿下ってもう呼べないのか。王配様?」
「ハデスでいい。名前までは変わらないからな」
「いやはや……。波瀾万丈だなぁ」
アルが己の頰をポリポリとかく中、シェレティアが部屋の中を縦横無尽に飛び回る。
「人間に興味はないから、邪魔なら消しちゃえばいいんだよ。そうしたらパンドラは今すぐ女王になれるんでしょう?」
「それは……」
「妖精は気長だけどね。そもそも女王の誕生を今か今かと待ってたんだよ。それでやっと女王が帰還したというのに、蓋を開ければ人間たちが邪魔をしている。……黙っていられるのもそう長くはないと思うよ」
「気長じゃないじゃん」
「女王って、僕らにとって特別だからね」
シェレティアの言うことも一理ある。
これ以上パンドラが否定され続ければ、妖精たちがどう動くかわからない。
それに国としても、いつまでも王不在というわけにもいかないだろう。
「難しいです……」
どうしたものかと大きくため息をついたパンドラの手に、ハデスの手が重ねられた。
彼の手には、もう手袋はつけられていない。
「パンドラを女王とするためにも、私は一度マグリアに帰ろうと思う」
「――そ、れは……。はい、そうですよね」
ハデスは一度、マグリアに帰らなければならないだろう。
それはわかっている。
王配になるにしても、彼は彼でやらなくてはならないことが多いはずだ。
わかっているのに、今ハデスが離れてしまうということが、不安で仕方がない。
そばにいて欲しい。
けれど、そうもいかない。
そんな複雑なパンドラの心境を理解しているのか、ハデスは優しく手を握ってくれた。
「マグリアから正式に、パンドラを女王として推薦する書状を出す。メイアはマグリアに貸がある。……偽りの妖精姫を差し出した件、水や食糧を渡した件も。そこらへんを引き合いに、書状を持ってくる」
「でん……ハデス様が王配になるためにも、いろいろ手続きが必要ですからね」
「つーか俺たち、ハデス様についてくる気満々なんですけど、それでいいんすよね?」
「当たり前だ。お前たちは私が一から育てたものだ。……パンドラが気を許せるものは、多ければ多いほどいい」
きっとこれから先、この王宮は二分する。
パンドラの味方となってくれるものと、対立するもの。
そこの見極めも大切だろう。
味方のフリをして、パンドラを陥れようとするものも現れるはずだ。
そんな中で、心から味方だと思える人がいるのは強みだろう。
アルとエルは、その際たる存在になってくれるはずだ。
「私からもお願いします。……どうか、そばで支えてください」
「……奥様……」
アルとエルはお互い顔を合わせると、ふと笑った。
「もちろんです。必ず奥様の助けとなりましょう」
「俺もっす。女王陛下の側近とか、出世すごくね? 頑張りますわ!」
「――あ、そうか。奥様じゃないのか……。陛下」
「そうだった。……陛下。お守りします」
陛下。
そう呼ばれることになれる日はくるのだろうか?
違和感になんともいえない顔をしてしまっていると、それに気づいたエルが己の顎に手を当てた。
「……うん。パンドラ様、のほうがしっくりきますね」
「だな。パンドラ様で! 陛下呼びはまあ……公的な場ではしますけど、普段はこれで」
「…………はい。ありがとうございます!」
今は特に、二人の優しさが心に染み渡るようだった。
ふと肩から力を抜いたパンドラに、ハデスは優しく微笑みかけた。
「パンドラ。少しそばを離れるけれど、必ず帰ってくる。……だから少しだけ、がんばってくれ」
「……はい、大丈夫です。がんばります。お任せください!」
ハデスがいなくてもできることをしなくては。
むしろ彼が帰ってくる前に、認められるくらいにならなくては。
不安が一変。
やる気に満ちていると、そんなパンドラの隣でハデスがアルとエルに指示を出す。
「エル。パンドラのそばにいてくれ。アルは私と一緒に」
「かしこまりました」
「パンドラ様のことはお任せください。ハデス様のことは任せたぞ」
「もちろん。お前もパンドラ様のこと、必ずお守りしろよ」




