さよならバイバイ、いらないもの
「――これ、は……」
王宮へ辿り着く頃には空は濃紺に染まっていた。
嘲笑うかのように細い三日月が真上に輝く中、パンドラが見たのは大きく崩壊した白亜の城であった。
少し離れたところでは炎が木々を焼き、威力を増している。
「殿下! 奥様!」
「少し中に入りましたけど……。思ったよりも崩落が激しく、探索は困難かと」
「――そうか。……生きてる人は?」
「使用人たちの何人かは出てきてますが……。王族の方々の行方はわからないとのことです」
どうやらかなり混乱しているらしい。
まああれだけの地震のあとにこの騒ぎだ。
誰も彼もが逃げるのに精一杯だったことだろう。
「無事だといいのですが……」
「妖精のみぞ知る、だな」
できることなら無事でいてほしい。
彼らの口からきちんと話してほしいのだ。
その罪を、白日のもとに。
「……それにしても、これではどこにも行けなさそうだな」
諦めて崩落や炎が落ち着くまで待つしかないのだろうか?
そんな考えが頭をよぎった時だ。
パンドラの横を、淡い光が一つ横切った。
それはふわりふわりとまるで誘うかのように、王宮へと向かっていく。
「……旦那様。あれは……」
「……行ってみよう。妖精が導いているのかもしれない」
ハデスの言葉に頷くと、パンドラは光の導くまま王宮へと入る。
轟々(ごうごう)と燃える火も、光が通るところはまるで火が避けているかのように道ができていた。
そしてその光は上へ上へと上がっていき、とあるバルコニーへとパンドラたちは向かう。
――そして。
「やあ、パンドラ。やっと会えたね」
「……妖精、様?」
そこにいたのは、小さな紫色の羽の生えた人だった。
眩いばかりの金色の長い髪に、自然を思わせる緑色の瞳。
柔和な笑みを浮かべるそれは、思い描いていた妖精像にそっくりだった。
「あ、いや。やっと会えたは違うか。僕はずっと君のそばにいたんだから」
「――え?」
妖精は嬉しそうに微笑むと、パンドラのそばへとやってくる。
「それに僕らは君が子どもの頃に、顔を合わせたことがあるんだよ?」
「……私が、小さい頃? そんなはずは……」
そんな記憶はない。
だって自分は妖精なんて見えない。
それができるのは、妖精姫であるアリーシャだけ――。
「だって君、ずっと思ってただろう? 自分に妖精なんて見えるはずがない。それができるのは妹だけだ――って。存在を君に否定されては、見えるものも見えなくなるよ」
確かにそのとおりだ。
パンドラはずっと思っていた。
特別なのはアリーシャでパンドラは違う、と。
「だが今は見えている。……それは私たちもだ。どういう理由だ?」
ハデスの疑問に、妖精はほおに人差し指を当てた。
人間らしい仕草に、なんだか不思議な気持ちになる。
「パンドラはきっと、人間たちの願いを聞いたんだね。その時思ったんじゃない? 自分に妖精の姿が見えれば、彼らの思いを伝えられるのに――って」
「そ、それは……」
パンドラはあの悲痛な祈りを聞いて、自分に何かできないか考えた。
その時に確かに思ったのだ。
もし自分に妖精の加護があるのなら、彼女の願いを伝えられるのに、と。
「君はほら、僕に呪われてるから。僕との繋がりがあるから見えるんだよ」
「――ちょっと待て。……お前が、私を呪っているのか……?」
「正確には君の血を、だね」
妖精はにやりと笑う。
パタパタと紫色の羽を羽ばたかせながら、ハデスの周りを回る。
「僕を責めるのはお門違いだよ。君の祖先が僕の母様を誘拐したのが悪いんだから」
「…………母様? それじゃあ、お前は――」
「うん。妖精たちにとって、僕は王子ということになるかな? 改めまして、僕の名前はシェレティア。今は王も王女もいないから、僕が妖精たちを束ねる存在ということだね」
今目の前にいる妖精が、彼らの王子―シェレティア―。
妖精たちを束ねる存在。
なぜそんな存在がここにいるのだと、パンドラたちは息を呑んだ。
「だからパンドラと君以外の二人には僕は見えてないよ。虚空に話しかける変な人になってるから、早々に説明したほうがいいと思う」
「――アル、エル。あれが見えてるか?」
「…………いえ。殿下と奥様のご様子から、あの光と意思疎通ができていることは理解しておりますが……」
「俺にはただの光がふよふよしてるだけに見えますね」
「…………なるほどな」
ハデスはあの妖精の言うことを理解したようだ。
アルから自然を逸らすと、改めてシェレティアへと視線を向けた。
「つまりお前を説得さえできれば、この惨劇を止められると言うことか?」
そうだ。
シェレティアが彼らのまとめ役なら、それを説得できれば妖精の加護をまた受けられるはず。
そうなればこの国はまた豊かになるはずだ。
炎は止まり、雨が降り、大地は緑が生い茂る。
そんな国になるためには、シェレティアの一声が必要なのだ。
「……そうです。まずはこの国の状態を改善しなければ――」
人々の嘆きを聞いた。
みんな妖精に願いを捧げていたのだ。
どうか助けてくださいと。
そしてそれをできるのは、今目の前にいる存在なのだ。
ならシェレティアさえ説得できれば――。
「え、なんで? こんな国、もう滅んでいいよ」




