真実の鍵
――パンッ!
案内された部屋に入った途端、破裂音と共にパンドラは鋭い痛みをほおに感じた。
勢いに勝つことができず、己の意思とは関係なく体が倒れていき床に手をつく。
「――パンドラ!?」
ハデスが慌てて支えてくれて、なんとか上半身だけは上げることができた。
いったいなにが起こったのだと、打たれた頰を押さえながら鼻息を荒くする王を見上げる。
「……お父様?」
「お前……っ! このっ、疫病神がっ! 育ててやった恩を忘れやがって!」
王は倒れ込むパンドラに向かって、近くにあった花瓶を投げつけてくる。
それをハデスが己の手で受けることで、パンドラを庇ってくれた。
腰のあたりの床は水に濡れて、花瓶に飾られていたであろう花が散る。
「旦那様!?」
「大丈夫だ。それより……」
重たいものが骨に当たる音がした。
慌ててハデスの手を確認すれば、真っ赤に腫れている。
花瓶は床に落ち粉々になっていた。
娘の夫とはいえ、ハデスはマグリアの王子だ。
他国の王族を傷つけたと言うのに、当の王は頭に血が昇っているのだろう。
怒り狂ったように怒鳴りつけてきた。
「お前が妖精たちを誑かしたんだろう!? だから我が国がこんな目に……! 全てお前のせいだ!」
「いったいなんの話を……」
この男はなにを言っているのだ?
なぜ今の国の惨状が、パンドラのせいになるのだろうか?
わけがわからないが、とにかくまずはハデスの手当てをしなくてはと、立ちあがろうとしたパンドラをハデスが手で制した。
「なぜメイア国の惨状がパンドラのせいだと?」
「――その女が妖精を誑かしたからだ!」
「おかしなことを言う。そちらには妖精に愛された妖精姫がいるじゃないか。それなのに妖精たちはパンドラの言葉を聞いたと?」
「――そ、それは」
一瞬たじろいだ王の姿を、ハデスは見逃さなかった。
「妖精に愛されているのは、パンドラのほうなのではないか?」
「――なにを言っているの!? そんなわけないじゃないっ!」
ハデスの言葉に噛み付いたのは、他ならぬアリーシャだった。
彼女は可愛らしい顔を怒りに歪め、足音を鳴らしながら近づいてくる。
「あたしこそが妖精姫よ! そんな女に妖精の姿が見えるとでも!? ……呪われた女が妖精姫なわけないわ!」
「……その呪いだが、本当にあるのか? 君の父親はパンドラの呪いのことをよく知っているはずだろう?」
ハデスは王へと視線を向ける。
正確にはその、パンドラを叩いた右腕をだが。
「パンドラを叩いた時、あなたは素手だった。……触れたら不幸になるのではないのか?」
「…………っ」
視線から逃れるように手を隠したがもう遅い。
ハデスはパンドラを支えながら立ち上がった。
「あなたは知っているんだ。……パンドラに触れても不幸になんてならないことを」
「違う! その女はパンドラの箱で――」
「ならなぜ、この国は今こんな状況になっているんだ? ――パンドラがいなくなったから、妖精たちが助けてくれなくなったのでは?」
「…………っ、このっ……っ!」
王は顔を真っ赤にしつつも、ハデスの言葉に言い返すことができずにいる。
その姿を見て、パンドラの中にもしかしたらという考えがよぎった。
ハデスやアルたちに言われても、そんなまさかと思っていた。
けれどもし、もしその考えが本当だったら。
「――そこの妖精姫は妖精に愛されてなんていない。愛されているのはパンドラのほうだ」
「――黙れっ! 黙れ黙れ黙れーっ! そんな女が愛されているはずがない! 私の娘こそが、妖精姫だっ!」
そう叫んだ王に、違和感を覚えたのはなぜだろうか?
そう扱われることには慣れていたのに。
なぜか、ふと言葉が出てきたのだ。
「私も……あなたの娘ではないのですか?」
パンドラのその言葉を聞いた時、王はわかりやすくしまったと言いたげな顔をした。
それを見てしまっては、違和感は拭えなくなる。
「そ……それは…………っ」
「――まさか。パンドラは……あなたの娘ではないと……?」
「………………っ」
王はさっと顔を背けたが、もう逃げることはできないと思ったのだろう。
なにやら不貞腐れたように鼻を鳴らした。
「ああ、そうだ。その娘は兄の子どもだ」
「……兄? お父様に、お兄様がいらっしゃった……と?」
「お前は閉じこもってたから知らないだろうがな。……甘っちょろいことばかり口にする、無能な男だったよ!」
パンドラを閉じ込めていた張本人だと言うのに、なんで言い草だと眉間に皺を寄せた。
(それにしてもどういうこと……?)
パンドラは現国王の娘のはず。
それなのに実は兄の娘だったなんて。
なにが起きているのだと困惑していると、ハデスの顔色が変わる。
「――失礼ながらあなたがたを調べさせていただいた。そこで知ったのは、あなたの兄が前王太子であったと言うこと。妻が出産するほんの少し前に、不慮の事故で亡くなったこと。そしてその妻も、出産後に亡くなったということ」
ハデスは深く眉間に皺を寄せる。
釣り上がった目尻のまま、力強く王を睨みつけた。
「うわさも聞いた。……王位欲しさに弟が兄を殺したという。――まさか、本当なのか?」
「――え?」
パンドラは今一度、父だと思っていた人を見つめる。
なにがなんだかわからない。
ハデスの話も、王の話も半分くらいしか理解できていない。
だってそうだろう?
唯一の家族だと思っていたのだ。
例えどれだけ冷たくされようとも……。
「……本当なのですか? お父様……?」
「――父と呼ぶなっ!」
父だと思っていた。
唯一の肉親だと思っていたその人は、残酷にも冷め切った瞳をパンドラへと向けてきた。
「あの愚か者の娘に、父などと呼ばれたくない! 私の娘は、アリーシャだけだ!」




