私の家族
メイアからの返事はすぐに届いた。
ハデスの予想どおり、パンドラの里帰りを歓迎するとのことだった。
ゆえにパンドラはハデスとアル、エルとともに、メイア国に向かっていた。
「まさかあの父と義母が許してくれるなんて……」
「……必死なんだろう。外を見てみるといい」
パンドラはそう言われて、馬車の小窓から外をチラリと見る。
メイア国の領内に入ったと知らされたのはかなり前で、もうそろそろ王都に着くはずだった。
パンドラの知るメイア国の王都は、ハデスに嫁ぐために見たあの一度きり。
しかしそれでも草木が生い茂り、人々の活気あふれる場所なのは見てわかった。
だというのに今は、草木は枯れ果て、人々の顔に正気はない。
馬車の走る道は土煙を上げ、水っ気がないことがわかる。
雲ひとつない空は強い熱を発しており、人々は木や家の木陰に逃げていた。
「……本当に雨が降ってないんですね」
「パンドラがマグリアにきてから、もう二ヶ月経っている。その間ほとんど雨が降ってないようだから……厳しいだろうな」
照りつける太陽のせいで、水は干上がり作物も枯れてしまっているらしい。
なんとか隣国から水や食物をもらえているらしいが、それも長くは持たないだろう。
切羽詰まっているからこそ、パンドラを受け入れたのだ。
「とどのつまり、国王はなにかを知っているな」
「なにか、ですか?」
「パンドラの出生についてだ。君がパンドラの箱でないという、確かな証拠があるはず……」
あればいいなとは思うが、あまり期待はしないでおこう。
ひとまずはこの国の現状をきちんと知らなければ。
国民が飢えているというのはいい状況ではない。
パンドラ自身飢えを知っている。
義母の機嫌が悪い時は、食事を抜かれることはよくあったからだ。
ハデスに嫁いでからはきちんと食事がとれて、だからこそそのありがたさがよくわかる。
「なにかあればよいのですが……」
「……ひとまずは、あちらの出方を見てみないとな」
ハデスがそう言った時、馬車がゆっくりと止まった。
どうやら王宮についたらしい。
パンドラは慌ててヴェールを被ろうとしたが、その手をハデスによって止められた。
「隠す必要はない。大丈夫。私がついている」
「……旦那様。――はい」
パンドラは手にしていたヴェールを馬車の椅子に置くと、先に出て手を差し出してくれているハデスに答える。
彼の手に己の手を乗せて、馬車から降り立った。
「――…………お久しぶりです。お父様」
「――……ひ、久しぶりだな、パンドラ……」
彼のことは、幼少期のころ垣間見たくらいしか記憶がない。
しかし蓄えられた長いヒゲに、でっぷりと突き出たお腹。
そしてなにより手や首についた金銀財宝の数々に、この人が自分の父親であり、メイア国国王であることはすぐにわかった。
そんな実の父であるはずの男は、パンドラを見て口端をひくつかせる。
ハデスの手前、少しでも友好的に接しようとしているのだろう。
しかしそんな彼の努力は、隣にいる義母のせいで台無しになった。
「ちょっと! 今すぐヴェールをつけなさい! その顔を見せるだけで、周りの人がどれほど不幸になるかまだわからないの!?」
そう叫びながら慌てて顔を背けた義母は、孔雀の羽で作られた扇で顔を覆いながらちらりとパンドラへと視線を向けた。
「なんてひどい女……! 自分のせいで罪なき人が不幸になってもいいと言うのね!」
蔑んだ瞳を向けられて、パンドラは無意識に一歩下がりそうになってしまった。
幼い頃からの習慣というやつだろう。
嫌なこと、つらいことから逃げようとしたパンドラの手を、ハデスが優しく握ることで止めてくれた。
「私の妻に、失礼な物言いはやめていただきたい」
「はっ! 呪われたもの同士、傷の舐め合いでもしてるのかしら? いい気なものね。あなたたちのせいで、いったいどれだけの人が不幸な目にあったこと――」
「いい加減にしないか! いやぁ、妻が失礼なことをして申し訳ないね」
「あなた!」
王は義母を背に隠すように立った。
そのことに驚いていると、ハデスがこっそりと教えてくれる。
「今はマグリアからも支援を受けているからな。……あまり強くは出れないんだろう」
なるほど。
王としては、ここでマグリア王族を怒らせるわけにはいかないのだ。
なるほどと納得していると、そんなパンドラの耳に鈴を転がしたような可愛らしい声が届いた。
「みんなしてなに騒いでるの? ――あら、本当にきたのね」
黄色のふわふわのドレスをまとい、美しい装飾を身につけたアリーシャがやってきた。
彼女はパンドラとハデスを見ると、途端に眉間に皺を寄せる。
「よくこれたわね。あんたのせいでこの国がどんな目にあってるか――!」
「と、とにかく! まずは中に入ろう。二人を歓迎する食事を準備しているんだ! ね!?」
アリーシャが怒りに任せて怒鳴ろうとしたが、それをまたして王が必死になって止める。
周りの目があるからだろう。
とにかく中に入るよう、二人に勧めてくる。
「……わかりました。ひとまず中で話を聞かせてください」
「ああ。もちろんだ」
そう口にした王の笑顔がなんだか、仮面のように見えた。
(なにかしら……。なんだか、嫌な予感がする……)
案内する王の背中を見つめながら、パンドラはそっと二の腕をさすった。




