あなたの隣が私の帰る場所
「奥様。その……お手紙が届いております」
「――手紙……?」
ハデスの体調もよくなり、そろそろ邸宅に戻ろうかと話していた時だ。
パンドラの元に、一通の手紙が届いた。
「誰からだ?」
「メイア国から……妹君の、妖精姫からです」
「……アリーシャから?」
王宮に用意された一室。
そこでハデスとともに静かに紅茶を楽しんでいた時だ。
エルから手渡されたその手紙には、確かにアリーシャ・メイアの名前が書かれていた。
「……手紙なんて初めてもらいました」
「――こんなのが初めてなんて、読むのをやめておこう。あとで私が君に送る」
「僭越ながら、私も奥様に差し上げてもよろしいでしょうか?」
「俺も!」
「ありがとうございます」
ハデスやアル、エルから手紙をもらえるのは嬉しい。
とはいえ、それを待ってこの手紙を読まないというのもどうかと思うので、パンドラはおとなしく封を切った。
手紙を開けば、隣に座るハデスが顔をのぞかせ一緒に読み進める。
「えっと……。不幸ばら撒き女へ…………」
「読むのをやめよう」
「まだ宛名しか読んでおりません」
「宛名だけで読むに値しないことがよくわかる文を書くなんて、妖精姫は文才があるのかもな」
今にもハデスによって手紙を握りつぶされそうで、パンドラは慌てて目を通す。
内容はそのほとんどがパンドラを馬鹿にするものであったが、いくつか気になる点があった。
「――妖精様が、助けてくれない……?」
「不作だという件の裏どりができたな」
ハデスはすぐにパンドラから手紙を奪うと、あっという間に握りつぶしてしまった。
「それにしてもよくもまあ、こんなに人を貶せるものだ。私の妻に向かってこの侮辱……。指先ではなく、顔面に触れてやればよかったか」
なにやら物騒なことを言っていることに苦笑いしつつも、パンドラは顎に手を当てた。
手紙に書いてあることが真実なら、やはり気になる点がある。
「なぜ妖精様が力をお貸しくださらないのでしょうか……? こんなこと、今までなかったはずです」
「だろうな。……メイアは妖精のおかげで、あそこまで国として成り立ったと言っても過言ではない。その加護がもらえないとなると……」
「まずいですね」
エルが追加の紅茶を用意しながら呟く。
「あそこは元々の土地柄、あまり雨が降らないと聞きます。それを妖精の加護により、定期的に雨を降らせていたはずです。……ですから」
「深刻な水不足になるだろうな」
水がなくなれば人は生きていけない。
作物は枯れ、食べるものすらなくなってしまう。
「……メイアは大丈夫なのでしょうか?」
「さてな。……だがそれをどうにかするのが妖精姫の仕事だろう。臍を曲げた妖精の機嫌を取れれば、の話だが」
確かにその通りだ。
パンドラの妹、アリーシャ。
妖精姫と呼ばれる彼女がいれば、きっと妖精もまた力を貸してくれるはずだ。
……だが。
「――それにしても、なぜ私のせいになっているのでしょうか……?」
アリーシャからの手紙には、パンドラが妖精を連れて行ってしまったせいで、メイアが大変なことになっている。
だから帰ってきて謝罪しろと、ずいぶんと身勝手なことが書かれている。
「むしろ私がいなくなったほうが、メイアはしあわせになれると思っていたのに……」
「……パンドラ。もし君さえよければ、一度メイアに行ってみないか?」
「え? それは……?」
急な申し出にどう返事を返せばいいか考えていると、ハデスは紅茶をテーブルに置きつつ話を続けた。
「君は否定するだろうが、私は君こそ妖精に愛されていると思っている。それを確かめるためにも、メイアの現状を知るためにも、行ってみないか?」
「…………」
確かに気になっていた。
本当に自分が妖精に愛されているのか。
ハデスを見つけた力も、彼に打たれた薬を消したのも、本当にパンドラなのだろうか?
その真実を知るためにも、メイアに行くのはいいことかもしれない。
「…………わかりました。私も、自分のことを知りたいと思っていました」
「そうか。――ならともに行こう。君を一人にはさせない」
「ですが旦那様はまだお加減が……!」
「医者からもなんともないと聞いただろう? 兄上が過保護なだけだ」
ハデスは目でエルへと指示を出すと、彼女にレターセットを持って来させた。
「善は急げだ。メイア国が滅ぶ前に、いろいろ見ておかなくてはな」
どうやらハデスはメイア国国王、つまりパンドラの父親に手紙を出すようだ。
内容はアリーシャからの手紙を遠回しに非難しつつも、メイア国の未来を憂いたパンドラの里帰りということにするらしい。
「謝罪をしたほうがいいのでしょうか……? 妖精様の件は私のせいだと……」
「まさか。絶対にパンドラのせいではないから、謝罪など必要ない。……彼らはパンドラに帰ってきて欲しくてそんなことを言っているんだ」
「そう……なのでしょうか?」
そんなはずはないと思う気持ちとは裏腹に、ハデスがそういうのならと信じようとする気持ちも出てきた。
だがまだ自信のなさそうなパンドラに、ハデスは真正面から向き合う。
「パンドラ。もし私の考えが正しくて、君が妖精に愛されていたとしよう。……そうだった場合、彼らはきっと君を連れ戻そうとするはずだ」
「そんな! ――私を旦那様の元へ送ったのはあの人たちなのですよ!?」
「だから、約束してくれ」
ハデスはそっと、パンドラの手を握る。
手袋越しなのが少し悲しいけれど、恐れることなくこの手に触れてくれることを嬉しく思う。
「パンドラ。私と生涯をともにしてくれ。……君にずっとそばにいて欲しいんだ」
「…………もちろんです、旦那様。私の居場所は、旦那様の隣です」
たとえ家族からなにを言われようとも、パンドラの帰ってくる場所はハデスのいるマグリアだ。
だから絶対に帰ってくる。
そんなの当たり前だ。
――と、そう思っていたのに。
まさかあんなことに、なるなんて……。




