君こそまさに
「……本当に、なんともないようですね」
「ああ」
王宮の一室へと運ばれたハデスは、すぐに医師によって診断を受けた。
とはいえ死の呪いがあるハデスの素肌に、触れることはできない。
ゆえに医者といえど手袋越しになるため、少々苦労しているようだった。
時間をかけて判断を出した医師からの言葉に、部屋にいる者たちはみな安堵の息をこぼす。
「よかった、ハデス。君が誘拐されたと知った時は、心臓が止まるかと思ったよ」
「兄上。いろいろ手配をしてくださったと聞いております。本当にありがとうございます」
「弟のためなのだから、当たり前だよ。……シオンも無事だ。しばらくは動けないだろうけれど」
「……重ね重ね、ありがとうございます」
ハデスが休む部屋には、パンドラとアルのほかに、彼の兄であるゼノと姉のヘスティアもいる。
国王は同席はしていないが、ハデスが帰ってくるまで一睡もできていなかったようだ。
そんな状態で仕事をしているらしく、国を収めるということの大変さを感じた。
「しかし薬は確かに使われたのだろう?」
「はい。王宮で一瞬の隙をつかれ気を失い、目が覚めた時にはもう馬車に。森の中で受け渡しをされた際に、薬を打たれました」
「それなのになにもないなんて……。マーレは薬の調合でもミスったのかしら?」
ヘスティアのその言葉に、ゼノは顎に手を当て考える。
「……それはないだろう。あのマーレだ。必ず何度も人体実験を行い、確証を得てからハデスに使ったはずだ。そうでもなければ、下手をしたらハデスが使い物にならなくなるかもしれないだろう」
パンドラは人知れず眉間を寄せた。
ゼノの言いかたに違和感を覚えたからだ。
使い物にならない。
まるでハデスを物のように言うなと、そう思ってハッとした。
ゼノは間違いなくハデスを弟として愛している。
しかしその言い様がとても冷たくて、しかしこれが彼にとっては普通なのだと気がついたのだ。
ゼノは王族であり、王太子である。
いずれは人の上に立ち、必要ならば切り捨てなくてはならない。
それは大切な家族であっても、だ。
だからこそ、ゼノは務めて冷静に話をしているのだろう。
ゼノは王太子として、ここにいるのだ。
「君を誘拐した相手がマーレであると言う証拠を手に入れたかい?」
「……いいえ。奴らはなに一つ、証拠を残しませんでした。口頭でもマーレという名は一言も発しませんでした」
「…………なら、問い詰めることはできないな」
至極残念そうに肩をすくめたゼノは、難しい顔を一瞬で消し去った。
「ハデス。君はなぜ自分が無事だったと思う?」
「…………」
ハデスはちらりとパンドラを見た後、ふう、と息をついた。
「――パンドラのおかげだと思います」
部屋の中の人たちの視線が、一瞬でパンドラへと向けられた。
注目を浴びていることに思わず一歩下がってしまったパンドラは、慌てて首を振る。
「わ、私はなにも……!」
「自分も、殿下と同じ意見です。……奥様にはなにか、不思議な力があります」
しかし否定しようとしたパンドラよりも大きな声で、アルが告げた。
それに納得するように、ハデスも頷き出す。
「私も同じことを思っている。それは呪いだとか、そういうものじゃない。……人を救える、素晴らしい力だ」
「――旦那様……」
そうだろうかと己の手のひらを見つめる。
確かにハデスを見つけ出すことはできたけれど、彼の体を治したのは本当に自分なのだろうか?
確固たる証拠がない限り、自信を持つことはできそうにない。
そんなパンドラの思いとは逆に、話はどんどんと進んでいく。
「つまりパンドラがハデスを見つけ、その毒を中和したと?」
「奥様が見つけ出してくださったのは間違いありません。……俺は、奥様こそ妖精に愛されていると思います」
「私もそう思う。……パンドラが育てた花は長く、そして美しく咲き誇る。まさに妖精の加護だ」
ハデスとアルの話を聞いて、ヘスティアは片眉を上げた。
「それじゃあパンドラちゃんが妖精姫みたいね?」
「確かに。……ハデスの呪いは妖精によるもののはず。それに触れることができなかったあの妖精姫より、パンドラのほうがその名を名乗るに相応しい気がするね」
「…………」
どう反応すればいいのだろうか?
自分ではそうは思えないため、口を開くことができないでいる。
そしてそんなパンドラに気づいたのか、ハデスがゼノへと顔を向けた。
「ひとまず、パンドラのおかげで助かりました。いろいろご迷惑をおかけしました」
「いや。……相手を特定できず、なにもできない僕を許してくれるかい?」
「もちろんです。……私こそ、もっと気をつけます」
ゼノはヘスティアの肩を叩くと、部屋を出て行こうとする。
だがその前にと、パンドラに声をかけてきた。
「パンドラ、弟を助けてくれてありがとう。――君のおかげで、戦争が回避できたと言っても過言じゃないよ」
「いえ、私は……」
「礼は素直に受け取るものだよ。……それじゃあ、みんなゆっくり休んでおくれ」
それだけ言うと、二人は部屋を後にした。
戦争とはなんのことだろうと不思議がっていると、アルがあー、と声を発する。
「もし仮に殿下が行方不明のままだったら、王太子殿下はどんな理由でもマーレを攻めたでしょうね」
「表面上では友好的でも、今回のようなことをしてくる国はある。……兄上は昔から、マーレを嫌っているからな。でっちあげでもなんでも、あの国に宣戦布告するだろうな」
「そんな……」
本当にハデスを救えてよかった。
そうでなければ、多くの人の命が奪われてしまっていたことだろう。
いろいろな意味でほっと息をついた。
「ひとまず、しばらく私は王宮にいることになるだろう。だから……」
「もし許されるのなら、どうか旦那様のおそばにいさせてください。……お願いいたします」
せっかく救い出したのに、また離れてしまうのは少し寂しい。
ゆえにそう願い出れば、ハデスはふわりと綻ぶように笑う。
「私も、同じことを願おうとしていた。……よければそばにいてくれ、パンドラ」
「――はい! もちろんです、旦那様」




