燃える炎の意志
「…………うん、大丈夫そうっすね。中は……地下へと続く階段になってるみたいっすね」
「真っ暗です……」
「灯りは……さすがにありますね」
アルが入り口に置かれている松明とマッチを見つけた。
素早く火をつけると、松明を持って先導してくれる。
「こんだけ暗いってことは……中に人はいないのか……?」
「そんな――!」
ハデスはここにいないのだろうか?
不安に立ち止まりそうになるパンドラの手を引いて、アルは足を進める。
「ひとまず下に行ってみないと」
「は、はい……」
段数で言えば三十はないくらいだろうか?
暗闇の中気をつけながら階段を降りていく。
アルは何度も足を止めては耳を澄まし、人の気配を探っている。
「…………誰かいるっすね。呼吸音が聞こえる。……でも、これは……」
パンドラにはなにも聞こえない。
呼吸音なんてしてるだろうか?
と耳を澄ました時、アルがパンドラの手を掴んだまま階段を駆け降りた。
「アルさん!?」
急にどうしたのだろうか?
狭い階段はパンドラとアルの足音が響く。
中にいる人にバレたりはしないだろうか?
ヒヤヒヤしながらもアルと共に階段を駆け降りれば、一番下は少しひらけた場所になっていた。
降りてすぐの場所には鉄格子があり、明らかに普通ではない雰囲気だ。
カビのような匂いに紛れて、鉄のようなツンッと鼻を突く香りが漂う。
それを嗅いだ瞬間、アルが慌てて鉄格子へと駆け寄った。
「――殿下!」
「え……っ!?」
アルの声にまさかと同じように駆け寄れば、牢屋の床に倒れたハデスがいることに気がついた。
ロウソクの灯りでもわかるほど青ざめた顔をしており、パンドラは己の口元を必死に押さえる。
そうでもしないと、悲鳴を上げてしまいそうだったのだ。
「旦那様――!」
「奥様、火を持っててください! 鍵を壊します」
「わ、わかりました!」
アルから松明を受けとり、彼の手元を照らす。
鉄格子についている南京錠を、力任せに塚頭で叩きつける。
ガンッ、ガンッ、と音を立てて壊すと、アルは一瞬で牢屋の中へと入った。
「殿下! 殿下!」
「旦那様!」
アルに抱き上げられたハデスだったが、一才の返事はない。
ただただ、弱々しい呼吸を繰り返すだけだ。
「旦那様……」
一体ハデスになにがあったのだろうか?
パンドラは鉄格子越しにハデスを見つめる。
アルに揺すぶられるが、ハデスは一切動かない。
「――薬使われてるのか……」
「薬…………?」
「首の後ろに傷がある。可能性が高いっすね。ひとまず外に連れて行きましょう」
「お、お手伝いいたします!」
ハデスを支えなくては。
パンドラが急ぎ牢屋の中に入ろうとしたその時だ。
――ガチャンッ
階段の上から、扉の開く音がしたのだ。
「……今」
「……奥様、俺の後ろに――」
アルがパンドラを庇おうとした時だ。
ドンドンと音を立てて、先ほどトイレに行ったはずの護衛の男が降りてきた。
男はパンドラと牢屋の中にいるアルを見ると、腰から剣を引き抜いた。
「てめぇらなにしてやがる!?」
「――奥様!」
男がパンドラに向かって剣を振り上げてくる。
それにほぼ条件反射で手に持っていた松明を突き出したが、男が後ろに下がることで避けられてしまった。
「この女……! ぶっ殺してやるっ!」
「っ――!」
殺意を向けられた。
剣を持っている男に。
その恐怖にパンドラは、気づいた時には手に持っていたはずの松明を、男に向かって投げつけていた。
「――あぶねっ!」
しかし恐怖と力不足ゆえに、松明は男へとぶつかることなく床に落ちてしまう。
「……テメェは痛めつけて殺してやる……!」
どうやら男の怒りに油を注いでしまったようだ。
どうしよう。
どうしたらいい?
逃げればいいのかもしれない。
けれどそんなことをしてしまったら、次に狙われるのはアルとハデスだ。
二人に手出しをさせてはならない。
ぎゅっと唇を噛み締めたパンドラは、両手を広げて男の前に立ち塞がった。
「奥様!?」
アルの悲鳴に近い声が上がる。
カタカタと音を立てて体が震えているが、パンドラは引くことはしない。
そんなパンドラに向かって男が額に青筋を立てて、近づいてくる。
手に持つ剣が、松明の光を浴びてキラリと光った。
――その時だ。
「――あ?」
男が奇妙な声を上げた。
パンドラが投げた松明から、火が燃え上がったのだ。
瞬く間に火柱を上げたそれは、あっという間に男へと襲いかかる。
「ぎゃああぁぁっ!」
「…………なにが……おきてるのでしょうか……?」
火だるまになった男に、パンドラは目を見開いたまま固まってしまう。
大きな悲鳴に二歩ほど下がった時、その肩をアルが掴んだ。
「ひとまず外に!」
「……あ、はいっ!」
確かにアルのいうとおりだ。
今はハデスのことが最優先である。
パンドラは素肌に触れぬよう注意を払いつつハデスを背負うアルと共に、階段を駆け上がる。
「………………」
早く外に出なくちゃ。
そうは思いながらも、パンドラは一度だけ足を止めて振り返った。
あんなふうに炎が上がるなんておかしい。
まるであの男めがけて、火が意志を持って動いたかのようだった。
「…………っ」
パンドラはそっと肩を押さえる。
まただ。
また、肩甲骨の間が熱を持っている。
前回は気のせいだと思ったが、二度目ともなると間違いないだろう。
(……いったい、なにが起こっているの……?)




