愛されたことのないこの身を
「そうだ。パンドラ、君にお願いがあるんだ」
「お願い……ですか?」
昼食を共にしている時に、ハデスからそんなことを言われた。
小首を傾げるパンドラに、彼は大きめなため息を一つこぼす。
「先に謝っておく。……実は王宮で家族の集まりがあるんだ。そこで君も一緒に食事でもと。この間のパーティーといい、父は君を知りたいようなんだ……」
確かにこの間のパーティーも、パンドラに来るよう命令が降っていた。
もちろんハデスを一人で行かせるつもりはなかったのでそれはよかったが、今回もとなると少し考えなくてはならないかもしれない。
「……この身は呪われたものです。王族の方々に不幸を届けてしまうやもしれません」
「わかっている。わかっていてもいいと言ってるんだ。……父はおかしな人でな。私の呪いを間近で見ているのに、それを恐れていないんだ」
パーティーの時に挨拶した記憶を思い出す。
ハデスにはあまり似ていない、がっしりとした体をした人だった。
蓄えた口髭が強そうな印象を与えた、どちらかと言えば騎士団長と言われるほうが納得できる容貌の人である。
「母は私を産み亡くなった。最愛の人を私のせいで失ったというのに、あの人は私を前にしても豪胆に笑うんだ」
「……ハデス様のことを愛されているのですね」
「そうなのかもな。だがこの呪いのせいで、どう扱っていいかわからないのだろう。だからこうやって回りくどく誘ってくるんだ」
アリーシャを呼び寄せたのも、ハデスのためのはずだ。
彼の呪いが解ければいいと思ってのことだろう。
それくらい心配しているハデスの妻がどんな相手なのか、知りたいのだ。
「……かしこまりました。王族の方々がよろしいのでしたら、ぜひお伺いさせていただきます」
「そうか。……ありがとう」
ハデスの妻としてきちんとしなくては。
エルにドレスやアクセサリーなど、その場にふさわしいものを用意してもらおう。
そう意気込むパンドラの前で、ハデスは腕を組んだ。
「父は珍しい人でな。母以外の妻を娶ることはなく、母が亡くなってからも独り身を貫いた。ゆえに私の兄弟は兄が一人と姉が一人。私が一番下になる」
「ハデス様が一番下……!」
見えない。
下に兄弟がいると言われれば納得できるほど、しっかりしていると思う。
それも幼少期に甘えることができなかったことが関係しているのだろうか?
「ご兄弟とはどのようなご関係なのですか?」
「父の影響なのか、そこまで恐れられているわけではないと思う。一般的な家庭がわからないからなんとも言えないが、仲が悪いわけでは……ないとは思う」
「そうなのですね……」
呪いのせいで複雑な関係なのだろう。
なおのこと、ハデスを隣で支えてあげなくては。
「旦那様の妻として、認めていただけるよう努力いたします」
「そのままでじゅうぶんだ。私にはもったいないほど素晴らしい妻だよ、君は」
なんて嬉しい言葉だろうか。
パンドラは胸が温まるのを感じた。
「準備はエルに命じておく。欲しいものがあったら遠慮なく言ってくれ」
「かしこまりました。旦那様にふさわしくなれるよう、準備させていただきます」
ハデスの隣でも見劣りしないようにしたい。
そのためにも美容にも気をつけなくては。
今日からさっそく、トリートメントなどをやらなくてはと意気込んでいると、そんなパンドラにハデスが微笑みかける。
「君はそのままでも美しいけれど……着飾った姿が見れるのは嬉しいよ」
「…………っ」
なんだかハデスから醸し出される雰囲気が、とっても甘い気がする。
恥ずかしくて少し俯いてしまう。
「欲を言えばそのヴェールをとって欲しいと思うが……。もちろん、無理強いはしない」
パンドラはそっと己の顔を隠すヴェールに触れる。
ハデスだけになら顔を見せることはできるが、それ以外の人にはまだ怖い。
己のせいで人に不幸をもたらしてしまったら、立ち直れない気がしているのだ。
「私の弱さゆえです。……申し訳ございません」
「謝ることではない。ただ……私には君がパンドラの箱だとは思えないんだ。君は……私にしあわせをくれているから」
その話を聞いて、パンドラはふと己の過去のことを思いだした。
ハデスが家族の話をしてくれたからだろうか?
ならこの流れでと、パンドラは口を開いた。
「――私の父……現国王は、アリーシャの母親を愛していました。ですが野心家だった祖父の策略により、私の母を娶ることになったそうです。そして私の母のほうがほんの数ヶ月ですが、先に子を成しました。しかもその子どもが呪われた子で……。いらない子と言われ、愛情なんて感じたことがありませんでした」
父からも、もちろん義母からも愛された思い出はない。
幼い頃からずっとついてくれている侍女だけが、パンドラのそばにいてくれた。
だから愛情なんて知らないのだ。
この身に愛は少しも入っていない。
「だから私が誰かをしあわせにできるなんて、そんなこと……思えなかったんです。お前は不幸を呼ぶと、言われ続けていたので」
けれどもし、もしハデスの言うように彼らにしあわせをあげられるのだとしたら、それはとても嬉しいことだった。
不幸の箱は、もう嫌だから。
「なのでもし、もし私が旦那様にしあわせをプレゼントできているのなら……。これほど嬉しいことはありません」
「……パンドラ。私はしあわせをもらっている。これは紛れもない事実だ」
ハデスは立ち上がるとパンドラの元へやってきて、足元で膝をついた。
そして手袋を脱ぐと、パンドラの手に触れる。
「きっとわかる時が来る。君にしあわせをもらっている人がたくさんいることが。――その時、君の呪いは解けるのかもしれないな」
「ありがとうございます……。すみません、ぐだぐだと悩み続けていて……」
「それは私も同じだ。だから少しずつ考え方を変えていこう。一緒に」
「……はい」
パンドラが頷いたのを確認してから、ハデスは立ち上がった。
そして己の席へと帰る時、ぼそりとつぶやく。
「――国王か……。調べてみてもいいのかもな」
「旦那様?」
「なんでもない」




