自信を持って隣にいたい
シオンとの会話が頭から離れず、パンドラは次の日もぼーっとしてしまっていた。
庭の花を剪定しつつも、ふとした時に考えてしまうのだ。
己の存在は、ハデスにとって邪魔なのだろうかと。
そしてその考えが頭に浮かぶと、思わずため息が溢れてしまう。
「どしたんです? なんか悩んでる感じっすか?」
「……奥様、なにかございましたか?」
「あ、えっと……」
アルとエルに気を遣わせてしまった。
隣でため息ばかりついていたら、さすがに声をかけざるをおえないだろう。
「申し訳ございません。ため息ばかりついていて、気を遣わせてしまいましたよね……?」
「いや。むしろ奥様って抱え込みそうだから、わかりやすくてありがたいっす」
「我々は奥様がよりよい日々を暮らせるようお手伝いするものですから。なにかございましたら、お気軽にお申し付けください」
「……ありがとうございます」
この二人にも感謝しても仕切れない。
なにか恩返しができればいいのだが……。
「それで? なに悩んでるんすか?」
「……私がここにいることで、旦那様にご迷惑をかけているのではと」
「…………誰かになにか言われました?」
鋭い。
もちろんシオンだとは言わないが、黙ったパンドラに確信を持ったのかアルが腕を組んだ。
「なーるほど? ちなみに奥様がいて殿下に迷惑かけてるなんてこと絶対ないっすからね。俺、断言できます」
「私もです。奥様のおかげで、むしろ殿下は前よりずっとしあわせそうです」
「そう……でしょうか?」
双子揃って頷かれると、少しだけ心が軽くなった気がした。
「それにしてもそんなこと言われるなんて……。奥様、嫉妬されてるっすねぇ」
「嫉妬……ですか?」
嫉妬とはパンドラがアリーシャに感じたあの感情だろうか?
それを誰がパンドラに向けている?
そんなこと本当にあるのだろうか?
「殿下って、呪いがあっても王子という立場に、あの美貌ですから。令嬢たちから人気がなかったわけじゃないんすよ」
「結局呪いのせいで敬遠されてましたけれど。それがわかっているからこそ、殿下からも人と距離をとっていました。それが奥様のことは自ら触れるのですから、面白くないと思う女性がいてもおかしくはありません」
アルとエルの言うことはわかる。
ハデスの美しい見た目に、好感を持つのはごく自然なことなのだろう。
だからそんな人のそばにいるパンドラが、嫉妬の心を向けられるのは普通なのかもしれない。
もしかしてシオンはハデスのことが好きなのだろうか?
そうだとしたら、確かに彼女の視線や行動が納得できる気がした。
「でも殿下には奥様しかいないから、あれこれ言われても毅然とした態度でいるのが一番攻撃力高いっすよ。殿下に愛されてるのは自分だけだって、そう思って過ごすといいっす」
「確かに。奥様、自信を持ちましょう。殿下には奥様しかいらっしゃいません」
自分に自信を持つことができたら、ハデスの隣を胸を張って歩むことができるのだろうか?
「自信……。はい、もちます。私、自信を持って旦那様の隣を歩みます!」
そうだ。
ハデスに迷惑だなんだと、他人に言われるのは嫌だ。
信じるのはハデス本人の言葉のみ。
そう思って両手を強く握りしめた時だ。
「私の隣がどうした?」
「旦那様――!?」
庭園にハデスがやってきたのだ。
――後ろにシオンを連れて。
彼女はパンドラを見ると、睨みつけてきた。
パンドラにはその目が、訴えかけてきているように見えた。
今すぐにハデスの元を去れ、と。
「…………」
「パンドラ? どうかしたか?」
「――いえ。それより旦那様はなぜこちらに?」
花に触れることのできないハデスは、迷惑をかけないようにとこの庭園に近づくことはあまりない。
なのでどうかしたのかと問えば、ハデスはパンドラへと近づいた。
「昨日やることがあると帰してしまっただろう? せっかく傷の手当てをしてくれたのに。……だからこれをすまないとありがとうの気持ちを込めて持ってきたんだ」
ハデスは懐から小さな箱を取り出すと、ぱかりと音を立てて開けた。
中には可愛らしい蝶のチャームがついたブレスレットが入っている。
「君の好みに合えばいいのだが……。もし合わないようなら今度一緒に買いに行こう」
「そんな……! とても可愛らしいです。……ですがよろしいのですか? このように素敵なものを私がいただいて」
「私が君にあげたいと思ったんだ。だがすまない。こういったプレゼントは初めてで……おかしくはないか? 君の好みに合っているだろうか?」
不安そうなハデスの表情に、パンドラの胸は大いにときめいた。
たくさん悩んでくれたのだろう。
パンドラのことを想像して、選んでくれたのだ。
そう思うと胸が熱くなり、パンドラは箱ごと彼の手に触れた。
「もちろんです! 素敵すぎて……つけるのがもったいないくらいです」
本当に綺麗で、ずっと見ていられる。
大切なものになること間違いなしのそれを、つけるのが少しだけ怖い。
傷つけたりなくしたりしないだろうか?
それくらいなら部屋に飾っておくほうがいいかもしれないと思っていると、ハデスがブレスレットを箱から取り出した。
「つけているところを見せて欲しい。……どうだろうか?」
「……はい!」
ハデスにそう言われたのなら、つけるより他に選択肢はない。
差し出したパンドラの手に、ハデスがつけてくれる。
手首でキラキラと光る美しいブレスレットに、パンドラは目を奪われてしまう。
「本当に綺麗です。……ずっと見てしまいます」
「喜んでもらえてよかった。だが私は自分のセンスに自信がないから、次は一緒に選びに行こう。君の好きなものが知りたい」
「…………はい、よろこんで」
次があることが嬉しい。
それにハデスほどの人でも、自信がないことがあるのだと驚いた。
ブレスレットは本当に素敵で、一瞬でパンドラ一番の宝物になったのに。
自信がないことが、悪いことではないのだと気づけた。
「旦那様。本当にありがとうございます」
「こちらこそ。手当てをしてくれてありがとう。……本当に、うれしかったんだ」
照れくさそうに笑うハデスに、胸の高鳴りが止まらない。
パンドラはすすす……っと近寄ると、ハデスの腕に己の腕を絡めた。
「旦那様。よろしければ一緒に昼食をとりませんか? 私も、旦那様の好きなものが知りたいです」
「……そうだな。一緒に食べよう」
ハデスはパンドラの背中に手を回し、押してくれた。
それに合わせて足を進め、庭園を後にする。
その頃にはパンドラは満足感ですっかり、シオンからの威圧など忘れていた。
「旦那様は食べ物でなにがお好きですか?」
「そうだな……。さっぱりしたものが好きだから、フルーツとかだな」
「私も好きです!」
「一緒だな。……うれしいよ」
パンドラは知らない。
忘れていた牽制を、無意識にしっかりやっていたことに……。




