都合のいい存在として扱われること
「はじめまして。あなたが死神王子ね? あたしはアリーシャ・メイア。あなたがお望みの妖精姫よ」
なんて可愛らしいのだろうか?
パンドラは現れたアリーシャを見て、心の中でそう思った。
薄黄色のふわふわとしたドレスは、まさにアリーシャのために作られたのだと思うくらい、彼女に似合っていた。
二度目の逢瀬となった腹違いの妹は、なにからなにまでパンドラとは違う。
だってアリーシャは自分自身に自信がある。
まっすぐ前を向いて歩む姿に、妖精姫と愛された彼女の過去が透けて見えた気がした。
そんなアリーシャの隣にはパンドラの元婚約者、ラルフもいる。
「死神王子。あなたの呪い、この妖精姫が解いてあげましょうか?」
アリーシャはふふんっと鼻を鳴らしそう告げる。
それにざわつき始めたのは周りだ。
ハデスの呪いのことを彼らがどれほど知っているのかはわからないが、みな口々に妖精姫を讃える言葉を紡ぐ。
「死神王子の呪いは妖精によるものだ。やはり妖精に愛された姫なら解けるんだ」
「そうなったら王位争いが始まるかも……」
「好き勝手って言われているな」
ハデスはそんな人々の話を鼻で笑うと、整った片眉を上げた。
「君は身代わりを送った謝罪にきたのでは? なら黙って己のできることをしたほうがいいと思うが?」
ハデスは黒い手袋を脱ぐと、ちらりと近くのテーブルへと視線を向けた。
そこに飾られている黄色の花を一輪手にとり、アリーシャへと向ける。
「あら、くれるの? もしかしてあたしのこと――」
「触れないほうが身のためだぞ」
アリーシャが受けとろうとしたが、その前にハデスが止めた。
するとまさにそのタイミングで、美しく咲いていた花が枯れ果てたのだ。
床に茶色い花びらが散り、それを見た人々が息をのむ。
ハデスの死の呪いをまざまざと見せつけられたのだ。
会場にいる誰もが顔を青ざめさせた。
「――なによ、それ……」
とくに怯えたのは目の前で花が枯れたアリーシャだ。
彼女は木の枝のようになってしまった花の残骸を見て、静かにつぶやいた。
「そんなの……どうしろっていうのよ……」
「妖精によってこの呪いをかけられた。妖精に愛されている君なら、解けるんじゃないのか?」
「…………」
アリーシャは押し黙った。
怯えているのだろう。
青ざめたまま動かないアリーシャに、周りから疑問の声が上がり始める。
「まさか妖精姫でも無理なのか?」
「妖精に愛されているとは言っても、その力を好き勝手には使えないんじゃないか?」
「そもそも本当に特別な力があるものなのか?」
周りから聞こえる疑問の声が耳に届いたのか、アリーシャはおずおずと口を開く。
「……い、今は無理よ。この国に妖精はいないんだもの。メイアにきてもらって、そこで特別な儀式をしないと――」
「妖精がいない? そんなことはない。……パンドラ」
名前を呼ばれ、ハデスへと近づく。
「はい、旦那様」
「いつものように祈りを捧げてくれないか?」
「……? ――あ! はい、かしこまりました」
なるほどそういうことか。
納得したパンドラはハデスの命令がままに、妖精に祈りを捧げる。
瞬く間にパンドラの周りを光が飛び、それを見た人々が驚きの声を上げた。
「あれは……妖精?」
「まさか……。この国で見れるはずが……」
「――これでこの国にも妖精が現れることは証明されたな。妖精姫と謳われるなら、この国でも呪いを解くことはできるだろう?」
祈りを止めたパンドラが目にしたのは、下唇を強く噛み締めているアリーシャだった。
「なんで……っ、あんたがそんなことできるのよ……!?」
「さあ、この呪いを解いてくれ。妖精に愛されているんだろう?」
ハデスがアリーシャに向かって手を差し出した。
近づくことを恐れるかのように、アリーシャは一歩後ずさる。
しかし周りの人々の手前逃げることができないのだろう。
しばしの沈黙ののち、アリーシャはゆっくりとハデスの手に己の手を伸ばした。
「っ、解けばいいんでしょう!? あたしならこんなの簡単に――」
そう言いながらハデスの手に触れた瞬間。
「――ぎゃあっ!」
アリーシャがハデスの手を振り払ったのだ。
そのままアリーシャは後ろに倒れ込み、尻餅をついた。
「旦那様!?」
「大丈夫だ」
アリーシャの爪が引っかかったのだろう。
ハデスの手からポタポタと血が流れている。
それに気づいたパンドラは、慌ててハデスの手を握った。
「血が……!」
「かすり傷だ。それより……」
ハデスは簡単に手を確認した後、倒れ込みラルフに支えられているアリーシャを見る。
彼女は手を庇うようにしながら、涙に濡れる目でハデスを睨みつけてきた。
そんなアリーシャを見下しながら、ハデスは軽く首を傾げた。
「妖精に愛されているのに、妖精の呪いはかかるんだな?」
「え――?」
アリーシャを見れば、彼女が胸元に抱く手の指先が、黒く変色していた。
「一瞬だったから、指先の壊死程度ですんだか。運のいい女だ」
「――あんた……っ!」
冷や汗をかいているアリーシャは、ちらりと己の手を見る。
黒ずんだ指先は動かすことはできず、感覚もないのだろう。
自らを見下ろしてくるハデスを、力強く睨みつけてきた。
「この……っ、化け物! あんた、絶対に許さないからっ!」
「ぎゃーぎゃー騒ぐのはいいが、そのままでは指を切断することになるぞ?」
「――っ! ……こんなの、妖精の泉につければ治るわよ……っ」
ぼそりとアリーシャがなにかを言った気がしたが、残念ながらパンドラには聞こえなかった。
ハデスは素早く手袋をつけ直すと、パンドラの腰を抱く。
「どうやら妖精姫は妖精の呪いを解けないようだ。……陛下との約束は守った。もう帰ろう」
「……はい、旦那様」
確かにハデスがこのパーティーにきた理由は、アリーシャに呪いを解かせるためである。
だが残念ながらアリーシャには、ハデスの呪いは解けなかったようだ。
だからもう用はないと踵を返したハデスとともにパーティー会場から退場しようとするその背中に、アリーシャは大声で怒鳴りつけてきた。
「呪われた化け物同士必死に慰め合ってなさいよ! あんたたちは一生、その呪いに苦しめられるのよ!」
「アリーシャ!」
そんなアリーシャを嗜めたのは意外にもラルフだった。
彼はアリーシャが黙ったのを確認してから、パンドラへと向き合う。
「――パンドラ。……元気そうでよかった。また、会おう」
「――……」
どうしてラルフがそんなことを言ってくるのか、パンドラには理解ができなかった。
彼からパンドラとの縁を切ったはずなのに。
なぜあんなに寂しそうな顔をするのだろうか?
わけがわからないとパンドラはすぐにラルフから視線を逸らし、ハデスとともに会場を後にする。
「あれが元婚約者か」
「はい。……なぜあのようなことを言われたのか、私にはわかりかねます」
アリーシャの婚約者として、しあわせに暮らしているのではないのか?
不思議というより、なんだか薄気味悪い気がした。
ゆえに顔を険しくしているパンドラに、ハデスはふむと顎に手を当てる。
「おおかた、あの妖精女の癇癪に耐えきれず、君を懐かしく思ったんじゃないか?」
「そ、そんなことなのでしょうか……?」
「まあ、失って気づいた。みたいなバカな考えなんじゃないか? 失う前に気づかなくては意味がないのにな」
「…………」
なにやらハデスが少し不機嫌そうだ。
もしや呪いが解けなくて傷ついているのだろうかと心配していると、ハデスが小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「君を傷つけておいてそんな都合のいい話があるわけがない。結局は相手を都合のいい存在と思っているというわけだ。……そんなの許せるはずがないだろう」
「旦那様……」
どうやらハデスはパンドラのために怒ってくれているようだ。
そのことに気づいた時、胸のモヤつきは綺麗さっぱり無くなって、パンドラは彼の腕にそっと寄り添った。
「……帰ったら傷の手当てをしましょう」
「……ありがとう。パンドラ」




