会うのが怖い
「パンドラ。ここにいたのか」
「旦那様。どうなさいましたか?」
ハデスとのやりとりがあってから、パンドラの生活は大きく変わった。
朝の食事は可能な限りハデスも共にしてくれるし、他の時間もこうして会いに来てくれるのだ。
誰かが自分に会いに来てくれる。
それがうれしくて、パンドラは花を抱えながら微笑んだ。
「今日もお花がたくさんありますので、旦那様のお部屋に飾ってもよろしいでしょうか?」
「ああ。ありがとう。……君のおかげで、花を愛でることが苦ではなくなった」
触れれば枯れる花を見ることを嫌がっていたらしいハデスの言葉に、パンドラは一輪の花を差し出した。
白百合を手袋越しに受け取ったハデスは、小さく目尻を下げる。
「――そうだ。君に話があったんだ」
「まあ、なんでございましょうか?」
なにかあったのだろうか?
思い出したように顔を険しくしたハデスを、パンドラも不安そうに見つめた。
「今度王宮でパーティーがあるんだが……。そこに出席するよう国王より命令が下った。君と一緒に来るように、と」
「…………なるほど。そういうことですか」
見定めたいのだろう。
妖精姫だと言われてやってきた、偽物の娘を。
「しょうじき結婚式もできていないのに、君をパーティーに連れて行くのはどうかと思っているんだ。……私と一緒にいれば、奇異の目にさらされるだろうしな」
「旦那様……」
確かに結婚式はしていない。
この屋敷に直接やってきて、屋敷の前で顔を合わせただけだった。
それはきっと彼の王宮での立場が、関係しているのだろう。
死神王子と恐れられる彼に、好意的に接してくれる人はきっと少ない。
だからこそ王族でありながら王宮ではなく、このような森の中で暮らしているのだ。
そんな彼がパーティーに出れば、きっとつらい思いをするだろう。
だったらなおさら一人にはできない。
パンドラは抱えていた花をアルに渡すと、ハデスの手を優しく握る。
まだ触れられることになれていないのだろう。
ハデスの手がピクリと跳ねた。
「ありがとうございます。旦那様の優しさに、私はいつも救われております」
「そんなことはない。……私は」
「旦那様のためならば、私はなにを言われようとも大丈夫です」
両手で大切な宝物を握りしめるように、ハデスの手を包み込んだ。
「旦那様のおそばにいさせてください。それが私が望むことです」
「……パンドラ」
ハデスの手が握り返してくれた。
見つめ合う二人のそばで、アルがごほんと咳き込んだ。
「仲良いのはいいんすけどね。パーティーに行くならそれ相応の準備しないと」
「そうですね! 今日から美容に注意しつつ、ドレスやアクセサリーなども改めて買わないと」
「え!? この間買っていただいたものがありますよ……?」
「王室主催のパーティーとなりますと、新しくオーダーするくらいじゃないと!」
そこまでしなくてはならないものなのか……!
少し考えが甘かったかもしれない。
パンドラはハデスの手を離すと、グッと握りしめた。
「そういうことなら気合いを入れて頑張ります……!」
「奥様……! 最近の流行りなどはお任せください。私が最高のドレスを用意させていただきます」
「ありがとうございます! 改めて礼儀作法なども学ばなくては」
あれこれ言われるのだとしても、付け入る隙を与えたくはない。
ゆえに完璧な令嬢を演じなくてはと意気込むパンドラに、ハデスはなぜかさらに険しい顔をした。
「……実はそれだけじゃないんだ。メイア国に正式に抗議文を出してな、それの謝罪をするために妖精姫がパーティーに参加するらしい」
「――アリーシャが、ですか……」
なるほどそれは一波乱起きそうだ。
ハデスとしても、己を騙した女に会うのは気が引けるのではないだろうか?
と、そんなことを思っていた時パンドラの脳内に別の考えがよぎった。
元々国王はハデスのために、妖精姫を妻にと考えていたはずだ。
そんな彼女を謝罪のためとはいえパーティーに招待する。
そしてそこにパンドラとハデスを呼ぶなんて、なにか考えがあってのことではないだろうか?
「……旦那様。もしかしたら国王陛下は、アリーシャと旦那様を会わせようとしているのではないでしょうか?」
「そうだと思う。私の呪いが解けていないから、妖精姫にどうにかさせようとしているんだろう」
ハデスは己の手のひらを眺めながら、ふむと片眉を上げた。
「妖精姫の力でどうにかなるのなら、それはそれでありがたいが……」
顔を上げたハデスは、もう一度パンドラの手を握った。
「君に触れられなくなるのは嫌だ。……だからまだ、解けなくていいと思っている」
「旦那様……!」
「なに言ってるんすか! 殿下の呪いを解いて、それから奥様の呪いも解けばいいじゃないっすか」
「殿下がこの国で確固たる地位にお付きになることこそ、奥様をお守りする手段だと思いますが?」
双子からの提案になるほどと納得し始めるハデスを見つつも、パンドラはどこか不安を覚える胸をそっと押さえる。
もし本当にアリーシャがハデスの呪いを解くことができたのなら、自分は不要な存在になるのではないだろうか?
そうなったらハデスのそばにいられないかもしれない。
不幸を振り撒くだけの自分なんて……。
(……アリーシャに会うのが、少し怖い)




