旅の始まり編 9.「じゃあ、帰ろっか。途中までは一緒に歩こう」
霧の中を踏みしめる足音が、湿原に低く響いた。
金属の擦れる音――だが、規律ある兵のそれではない。練度と威圧感があるが、装備には私物の癖が滲んでいる。
「……元兵士か、戦場崩れの傭兵か。鎧は本物だが、継ぎ接ぎだ」
「足の動き、慣れてますね。体重移動に迷いがない」
霧を割って現れたのは、鉄の鎧をまとった男たちだった。
先頭の男の兜は外され、肩口の紋章は削られ、胸当ての色も本来の所属を塗りつぶしてある。
その背後には、鎖でつながれた少女と、槍や斧を持った男たちがいた。
「この霧の中で魔物を倒したってんなら、大したもんだな……通行料代わりに一つ、荷を譲ってもらおうか」
「荷?」
リリィが小首を傾げる。
「そこの、お前みたいなガキだよ。妙に小ぎれいで、女として売れそうだろ?」
「あー……そういう“値踏み”の視線、慣れてきた気がします。嫌ですけど」
男たちが笑った。だが、ツバイヘンダーを抜いたガルドの動きに、誰もが反応を止めた。
「ふざけた理由で女を攫って連れ歩いてるなら、殺すしかないな」
先頭の男が剣を抜いた。継ぎ接ぎの鎧の関節部に革が混じっている――古い型。
ガルドの目がわずかに鋭くなる。
「リリィ、あの鎧……胸板は厚い。狙いは膝か、肘の内側だ」
「了解。私は視界を制限します」
リリィが素早く詠唱する。
「《見通しを奪いなさい》」
淡い光が霧に溶け、敵の視界だけを奪う魔術が展開される。
「クソ、目が――!」
その隙に、リリィが斧の男に接近。
関節を狙った横薙ぎの一閃が、斧ごと手首を斬り飛ばす。
「がっ……ぐ、うおぉッ!」
動揺する男の首に、ロングソードの追撃が走る。
地面に崩れ落ち、少女の腕から鎖が外れる。
槍の男が振りかぶるよりも早く、ガルドが真正面から突撃。
鎧の構造を見切り、槍の突きを回避すると――
「――そこだ」
右膝の皿にショートソードを突き入れた。
硬い音とともに男が崩れた瞬間、肩口にツバイヘンダーの一撃。
甲冑ごと肩が断たれ、叫び声が霧に飲まれた。
残ったのは先頭の男。怒りに任せて剣を振るが、視界が完全ではない。
「がっ……! おのれ、このっ……!」
ガルドは飛び込まず、剣の振り出しを見てから、逆に内側へ潜り込む。
「鎧の下から……首だ」
ツバイヘンダーの柄で顎を跳ね上げさせ、兜と首元の隙間にショートソードを突き立てた。
「がは……っ!」
鉄が鳴り、血が溢れ、男の膝が折れる。
「……三人とも、動かなくなりました」
「確かめろ」
リリィが頷き、踏み込んで首元を確認した。全員、即死だった。
救い出した少女は無言で立ち尽くしていたが、鎖が切られると小さく礼を言った。
「どこの村の子だ?」
「……北の畑の……家に、帰りたい……」
か細い声に、リリィが優しく頷く。
「じゃあ、帰ろっか。途中までは一緒に歩こう」
ガルドは頷くと、剣を収めて橋を越えた。