旅の始まり編 7.「すっごくどうでもいい質問ですけど……わたしって“売れる見た目”してますか?」
空気が揺れる。
木の上から放たれた矢が、風を裂いて飛ぶ。
一射、二射、三射――。獣の死を合図にしたような、連携された攻撃だった。
「伏兵、ですね……でも」
リリィの目が、風の中を読んだ。
「――精度が甘い」
ひとつ、矢を横に避けた。その頬をかすめた矢が、背後の樹皮に突き刺さる。
リリィは即座にロングソードを構え、地面を蹴った。
「右の高枝。ひとり」
ガルドも同時に駆け出す。森を切り裂くように、枝葉の間を疾走する。
その足音に気づき、木の上の男たちが怒鳴った。
「バレたぞ、下に降りる! 下がれェ!」
ざっ、と枝を蹴って降りてくる。
軽鎧を着た三人の男たち。
服装こそ狩人風だが、その腰には銀で飾られた刃、指には黒ずんだ指輪。
「また“盗賊崩れ”か……通りすがりの旅人に矢を向けた時点で、お前らの言い訳は聞かん」
ガルドのツバイヘンダーが唸った。
「ッ――やべえ、待て! 俺たち金が欲しかっただけで――!」
「そうだ、女の子も高く売れるだろってだけで、別に……!」
「“それだけ”で命を奪う理由にはなるのか?」
近くには、片方だけの旅人靴と、無造作に切り裂かれた鞄の中身が、獣に荒らされたように散らばっている。明らかに、人の手による破壊だった。獲物を狩るように、人を狩った痕跡――それだけが、冷え切った空気の中に残されていた。
ガルドの声は低く、怒りは静かだった。
「だったら、俺たちが今ここでお前らを殺す理由にもなるだろう」
「こいつ……躊躇いがねぇ……!」
男が矢を構えるより早く、リリィが左へ展開。
「《心臓を貫きなさい》」
呪文と共に魔力が刃を伸ばし、鋭い突きが男の胸板を貫通する。
そのまま回転して、もう一人の首元を斬り払う。
「がっ……! なん……で……!」
「“矢を撃った”から、です」
最後の男が悲鳴を上げて後退しようとしたが、遅かった。
「死ね」
ガルドのショートソードが、男の腹を抉る。
倒れた盗賊が、死の間際にわずかに口を開いた。
「……わ、悪かった、俺たちは……」
その目に宿っていたのは恐怖ではない。自分が罰を受けることへの不満だった。
ガルドは冷ややかな目でそれを見下ろした。
「お前たちの死ぬ間際言葉に____価値はない」
呻きとともに男が崩れ落ち、森は再び静けさを取り戻す。
血の匂いだけが、木々の間に漂っていた。
「矢の質からして、狩人ではなかったですね」
「狩人は頭や足を狙う。最初から体の中心を狙ってた、技量の低い野党だろう」
「あの人たち、旅人を矢で一方的に殺すつもりだった……」
リリィは矢の一本を拾い、手で砕いた。
「すっごくどうでもいい質問ですけど……わたしって“売れる見た目”してますか?」
ガルドは応えなかった。
その沈黙が、たぶん何よりの答えだった。