旅の始まり編 5.「私たちも単純な人間ですね」
雨の音が、崩れた屋根を静かに打っていた。
廃村の一角。壁が半壊した石造りの小屋に、ふたりは身を潜めていた。
リリィは濡れた外套を脱ぎ、瓦礫の隙間に小さな火を灯す。
「動物の痕跡はありますけど、人の通りは薄いですね。長居する人間はいなかったみたいです」
「十分だ。ここで雨宿りする」
そのときだった。
外でぬかるみを踏む複数の足音が、雨音に紛れて近づいてきた――
「……来たな」
「八人。剣と斧。歩き方が慣れてる。傭兵、ですね」
リリィの声に、ガルドは無言でうなずいた。
小屋の入り口に立ち、目だけを細める。
雨の帳を割って、男たちが現れた。
革の鎧に鉄の籠手、肩には薄汚れた外套。どの顔にも戦場帰り特有の雰囲気がある。
そのひとりが、口の端を持ち上げて言った。
「なんだよ、こんなとこに女の子と一緒かよ? あ? 旅のついでに……売りでもやってんのか?」
「へへっ、こりゃ当たりだな。雨宿りしに行きゃ、勝手に獲物が転がり込んでくるとはよ」
「なあ兄貴。女の方、顔も身体も悪くねぇぜ。売るにしたって、連れまわすにしたって、どっちもいけるんじゃねぇの」
「それよりあのデカいの、ツラつきがただもんじゃねぇぞ。邪魔だな、先に潰しとくか?」
言葉は汚く、どいつも笑いながらこちらを見ている。
まるで「決定事項」を前提に話しているような、悪意しかない目だった。
リリィが静かに問う。
「……どうしますか?」
ガルドは短く答える。
「問答無用だ。今、決めた。殺す」
「了解」
リリィが一歩、前に出る。
「《動きを止めなさい》」
呪文とともに足元に魔法陣が展開された。重圧の波が地面にのしかかる。
油断していた男たちが足を取られ、ぐらりとバランスを崩した。
その一瞬――ガルドがツバイヘンダーを振り抜いた。
「ぐっ……お、おい……!? ひ、一撃で……ッ」
剣が喉元を切り裂き、血が雨に混ざる。
「この野郎っ、やりやがったなぁっ!!」
怒声を上げて傭兵たちが突撃してくる。
だがリリィは、敵の視線から外れるように身を滑らせ、剣を抜く。
「《切り裂きなさい》」
魔力が刃に宿り、ロングソードがうねるように加速する。
近づいた男の胸元を一突き――鋭く、速く、正確に。
「がっ……! ……なんで……こんなガキが……!」
「“売れるか”とか、“連れまわす”とか、勝手に話してたからです」
リリィは刃を引き抜き、すぐに次の敵に振り返る。
「“値踏み”する目は、好きじゃありません」
もう一人、倒れる。
「やべぇ……なんだこいつら、ただの旅人じゃねぇ……!」
「わかったか? でも遅いぞ」
ガルドはショートソードに切り替え、後方の男の首を断つ。
「弱く見えた相手を狙い、欲をかいて――それで死ぬなら、文句は言えない」
「うるさい! 俺たちが負けるかぁ!!」
男たちの罵声が、最後の断末魔となった。
ガルドの刃が、その叫びを一閃で終わらせた。
戦いが終わった頃には、雨はやや小降りになっていた。
「……また、殺しすぎたでしょうか?」
「殺さなければ、次の女が同じ目に遭う」
「……じゃあ、殺してよかったです」
ガルドはツバイヘンダーを背に戻し、小屋の奥へと歩き出した。
リリィはその背を追いながら、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。
「私たちも単純な人間ですね」